美人白書

Vol.37 尾野真千子


Nov 11th, 2015

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読後イヤな気持ちになるミステリー 、通称“イヤミス”の大ベストセラー「殺人鬼フジコの衝動」を映像化した「フジコ」が、11月13日からHuluで配信されます。この戦慄の物語で主演を務める尾野真千子さんに作品についてお伺いするほか、仕事や人生の転機についても教えてもらいました。

人と出会い、役と出会い、進み続ける輝き。
尾野真千子さんの美の秘訣

この物語をどんな言葉で語ればいいのか、今もわからない。

―― 「フジコ」は、一家惨殺事件の生き残り少女“フジコ”が、狂気のさまで幸せだけを追い求め、やがては殺人鬼となり、罪を犯し続けるという壮絶な内容。最初に台本を読んだときは、どう思いましたか?

本当に恐ろしい話で、自分のなかのどこを探してもプラスの感情が一切沸いてこないというか。何て言ったらいいんだろう…ひどいとか、むごいとか、ひと言で片付けられるでもなくて。台本をいただいた段階では、フジコをやりきれる、とは到底思えず、断わるつもりでいました。でも、悩んでいるときに映画の『凶悪』を観たら、少し気持ちが変化したんです。

―― どんな風に変わったのでしょうか。

『凶悪』を観たあと、「フジコを物語として見せてもいいんだ」「フジコをやる意味があるかもしれない」と思えたんです。自分としても大きな挑戦となるし、ドラマとしておもしろくなるかもしれないと。あ、いやおもしろい…は違うかな。

出来上がりを観て、心底「フジコをやってよかった」と思えましたし、この作品は見る人に届けられると納得できました。なので、多くの人に観てもらいたい気持ちはあるのですが…このドラマを簡潔な言葉で魅力的に紹介するのが、すごく難しいんですよ。もし、少しでも「この部分が笑えます」とか「このシーンは感動します」というのがあれば、そこに向かって「ここが見どころです!」と言えるんですけどね。

―― 見始めたら最後の6話まで止まらない感じで、引き込まれました。

「おもしろいですよ」も「いい話ですよ」も違うけど、観た人がひとつでも何かを感じてもらえればいいのかなって思いますし、「そっか」っていうひと言でもいい。何かを感じて、思ってもらえれば。

―― いろいろな反応がありそうですよね。

あんまり聞きたくないけどね(笑)。きっと厳しい意見もあるだろうし。それはその通りだとも思うので。でも、感想を聞かないと前には進めないんだろうな。覚悟してます。

役者としてフジコと出会えたこと。

―― 殺人鬼という役柄ですが、役づくりはどのように行ったのでしょうか。尾野さんはどうやって“フジコ”という女性になっていったのでしょうか。

役づくり、といっても特に何もしていないです。もしもフジコになるために役づくりをしていたら、きっと撮影期間中は普通の状態じゃいられなかったんじゃないかな。監督が思うフジコのままを演じて、そこにメイクさんがつくってくれるフジコ、衣装さんがつくってくれるフジコ、というように外側からの要素が合わさって、さらにセリフ、動きが入って、フジコがつくられていったんだと思います。私自身が役づくりをしたわけではなくて。

―― さまざまなプロの手にかかってフジコが完成したのですね。

その通りです。ひとりじゃ何もできませんからね。私が今このままカメラの前に飛び出して、フジコのセリフを言ったところで、絶対にフジコにはならないです。スタッフや共演者、美術、場の空気感、全部が合わさって、出来上がっていくんだと思います。

作品によっては、まわりの人たちのテンションにつられて、こっちの声までうわずって、その声がキャラになっていったり、恋する役でずっとキュンキュンしてたら、目だってまんまるになっちゃうし(笑)。みんながいろいろな方向から反応し合って、役ができていくんだと思います。ひとりじゃ成立しないですよ、役者はきっとみんなそう思ってるんじゃないかな。

―― 撮影期間中の精神状態は、大丈夫でしたか。といったら変ですが、切り替えはうまくできていたのでしょうか?

自分ではそのつもりですけどね。でも、思い返せば撮影をしていた1か月間はオフの日遊びにいったとしても、どこか気が張っていて芯からリラックスはできていなかったかもしれません。

翌朝になれば、「また今日も何人も人を…」と憂鬱な気持ちで撮影に向かうにこともありましたし。その分、終わったときの開放感はすごかったですね。「終わったー!!」って。演じ足りないこともない、やりきったぞ、と。でも、そんな達成感の反面で、いろいろ悩んで話し合って濃密な時間を過ごしたスタッフや共演者など仲間との別れは辛かったです。

―― 資料によると、撮影期間は2か月半だったそうです…。

あれ、そんなに? 1か月くらいだと思っていました。

―― 集中していたんですね。出来上がった作品を観て、納得したとのことですが、『フジコ』を終えて、尾野さんが得たものは何でしょうか。

出会いかな。いろいろな人と出会えたこと。フジコに会えたこと。

―― そこにはフジコとの出会いも含まれるんですね。

はい。役と出会うことで、役者は少しずつ変化していけるんだと思います。フジコとの出会いは大きかったですし、この出会いの前と後では、役者として何かが変わっているのだと思います。急には変わらないかもしれませんが、きっと時間をかけて変化は現れるはず。

―― 『フジコ』のセリフのなかで、特に印象的なのは何でしょうか?

カルマ。

―― 即答ですね。

私、このセリフを撮影の間ずっと言ってるんですね、「カルマよカルマ」って。幼いころから言われ続け、自分でも呪文のように発して、しまいには彼女の人生を方向付けてしまった言葉です。衝撃的なセリフでした。

あとは、「あなたは母親似なのよ」という言葉も。このセリフに関しては、フジコだけが過敏に反応するのではなく、多くの女の人が何かしら反応した記憶があるんじゃないかな。「似てないよ!」ってイラっとする時期があったり(笑)、時が経ってうれしく感じたり。フジコの場合は、母親似だけは嫌だ、抗いたい、と思っているのに、抗えないどころか…というどうしようもない悲しさがあるのですが。

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いつも彼女のことを思い出しています。

―― さきほど、役と出会って女優として変わっていくというお話がありましたが、尾野さんの仕事のなかで、転機となった出会いは、どなたとの出会いでしょうか。

河瀨直美監督との出会いです。

―― 15歳で、監督に見出されてこの世界に入ったんですよね。

右も左もわからない状態でこの世界に飛び込ませていただいて、当時はこの出会いが、将来の自分にとってどれほど大事かなんて、全然何もわかっていなかったですよ。今になってね、本当に最近になってようやく心底思います。今までだってもちろん思っていたのですが、どれくらい本当に感じていたかなんて、微々たるものだったと思うんです。

―― それが最近しみじみ感じるのはなぜでしょうか。

いろいろな人に出会ったからでしょうね。今、まわりに仕事で出会った大好きな人たちがたくさんいて、そのもとを辿っていけば、監督と出会ったおかげだ、あのとき人生が大きく動いたから、今自分がここにいられるんだって。

もう親と同じ距離感なので、最初はその大事さもピンときていないんですよ。離れてみて、出会った人の数が増えれば増えるほど、そのありがたさが沁みます。ふとしたときに、雑談や笑い合ったことを思い返したり、いつもいつもあの人のことを思い出しています。まぁ親と同じなんで、ときには腹が立ったりもするんですよ(笑)。でも最後には必ず感謝してしまうんです。

よくしゃべっているときは、半分照れ隠し。

―― 15歳からこの世界に入って、尾野さんにとってお芝居の醍醐味やおもしろさはどんなところなのでしょうか。

それは、演じることそのものですね。カメラを構えられたら、演じるしかない、そのこと自体が本当に好きです。

―― さきほどの撮影でも、カメラを構えられたときに尾野さんの空気がスッと変わったのを感じました。「座ってください」って、あんなにいろいろな座り方があるのですね。

もっと体がやわらかかったら、足をピシっと耳の横まで持ち上げたり…いろいろできたなぁ。

―― 動きやポーズなど、訓練をしたりするのでしょうか。

鍛えてくれた張本人(事務所の社長)が向こうで笑って座ってますね。彼をはじめ、きっとまわりの人たちに鍛えられたんだと思います。尊敬できる人や、自分が真似したいと思うほど好きな人たちの言葉は影響力がありますから。彼らが「あれはよかった」とか「ちょっと足太くなったんじゃない?」とか(笑)、直球で言ってくれる言葉の数々を糧にして、進んできたんだと思います。

―― 尾野さんはトークも得意なイメージがありますが、それも訓練したのでしょうか?

トークはねぇ、ほんと、つい楽しくなって言っちゃうんですよね、それで歯止めがきかなくなっちゃって、ブレーキかけずに突っ走っちゃう。すみません。気をつけます。

―― (笑)サービス精神が旺盛ということですか?

いや、私は決してエンターテイナーではなく、ただ自分が楽しんでしまうというだけです。あとは、ちょっと沈黙が怖いというか、しゃべっていないと落ち着かないというか。

―― 意外ですが、あの軽快なトークは照れ隠しだったんですか。

まぁ…そうです。

この世に生きる誰もが役者。

―― 尾野さんが仕事をするうえで、大切にしていることは何でしょうか。

うーん。「芝居をする」って終わりがないですからね、難しい質問ですね。言ったら今この場所だってお芝居していますもん。みなさんだってそうでしょう? 誰かといて、この人に好かれたいな、とか、失礼のないようにしなきゃ、とかそういうことを思うだけで、もう素ではない、芝居が入っていますよね。たまに「ドラマや映画で芝居をするなんて自分には考えられない」と言われたりしますが、そんな難しい話ではなくて、普段の生活でナチュラルにしているんですよ、みんな。

―― 言われてみれば、そうですね。

なので、役者としての最終的な目標は、私たち誰もが普段やっている“無意識の芝居”に近づきたいということなのかもしれませんね。

―― ちなみに、尾野さんが素になるのはどんなときでしょうか。

ひとりのときでしょうか。でもそれも寂しいね。完璧な素の状態は、寝ているときだけかもしれません。

結婚して、やっと先輩に少し近づけたという気持ち。

―― 尾野さんの思う“美しい人”とは、どんな人ですか?

いいですね、きれいなもの、美しい人、大好きです。米倉涼子さんでしょ、井川遥さんでしょ。本当にきれいですよね。手も脚の長さも違うけれど、憧れちゃう。雑誌買っちゃいますもん。

―― 尾野さんの目がキラキラしてます。では、内面で言うとどうですか? どんな人に惹かれますか?

内面か。内面は知らない。人の内面は全部知っちゃったらおもしろくないし、私、そこはどうでもいいんです。“美しい内面”なんてわからないよ。内面なんて本当に人それぞれで、おもしろいな、とか素敵だな、とかその瞬間に出会った人に対して思えればそれでいいです。

―― そんな風に言い切れるのは強いですね。

逆だと思うよ。弱いんですよきっと。勝手に期待して、勝手にがっかりするのも嫌だし。限界を見るのも、嫌なことを目の当たりにするのもきっと怖いんだと思います。だから逃げちゃうの、きれいだなって思ってウキウキするのは外見でいいって。

―― ファッションについても教えてください。普段はどんなスタイルが多いですか?

あーー弱いですよ、そこ。動きやすい服が基本で、だいたいスウェットです…。私たちって“染められる側”でしょ? だから結局仕事に行くときは、脱ぎやすいとかそういうことが基準になってしまうんです。「この服かわいい」と思って買っても、結局着ないんですよ。下着もベージュだし(笑)。

―― 服の色はどうですか?

地味です。たまにはね、買ったばかりの明るい色の服を着てみようと手に取る日もあるのですが、必ず仕事場で誰かに「珍しいね、どうしたの?」って聞かれるのがすごく恥ずかしくて。「やっぱり私はスッピン、地味な服のイメージなんだな、わかった、そうする」って(笑)。最近変わったことといえば、「毛玉の服だけはやめよう」と決めたことぐらいですね。

―― 毛玉ですか(笑)。話は変わりますが、今年ご結婚をされましたが、ご自身のなかで変化したことがあったら教えてください。

結婚も大きな転機と言えますね。他人と一緒になるわけですから。先のことなんてわからないけれど、でも、先輩に一歩近づけた気がするの。

―― 先輩? 誰のことですか?

父と母です。結婚して、今はまだ何も変わっていない気がするけど、何か変わればいいな。待ってて、ちょっと待っていてください。

―― 楽しみにしています。


最後に尾野真千子さんから
“美しくなるためのメッセージ”

男女問わず「この人好きだな」と思う人に出会うと、彼らの言葉を逃すまいと、耳が敏感になります。メイクさんに「真千子ちゃん、最近キレイになったんじゃない」って言われたら、めちゃくちゃうれしいッ!ってなりますし、どうせならもうちょい言われたいって努力したり(笑)。芝居に関しても、まわりの人の言葉に励まされながら、少しずつ欲が出て「自分だけの演技をしたい」って思うようになったのだと思います。


Vol.37 尾野真千子

今月の美人
尾野真千子(おの まちこ)さん
学生の頃、河瀨直美監督に見出され『萌の朱雀』で主演デビュー。07年、河瀨監督とタッグを組んだ『殯の森』がカンヌ国際映画祭グランプリに輝き、高い評価を得る。NHK連続テレビ小説「カーネーション」で主演を務めるほか、主な映画出演作に『クライマーズハイ』(08年)『そして父になる』(13年)『きみはいい子』(15年)などがある。現在『起終点駅 ターミナル』が公開中。
フジコ
『フジコ』
キャスト:尾野真千子、谷村美月、丸山智己、リリー・フランキー、浅田美代子、真野響子
原作:真梨幸子「殺人鬼フジコの衝動」(徳間文庫)
演出:村上正典(共同テレビジョン)
脚本:髙橋泉
音楽:やまだ豊
主題歌:「シンデレラ」斉藤和義(スピードスターレコーズ)
製作著作:Hulu 共同テレビジョン/製作協力:アスミック・エース/ジュピター・テレコム
2015年11月13日(金)からHulu/J:COMで配信スタート
©HJホールディングス/共同テレビジョン©真梨幸子/徳間書店

今月の美人
尾野真千子

学生の頃、河瀨直美監督に見出され『萌の朱雀』で主演デビュー。07年、河瀨監督とタッグを組んだ『殯の森』がカンヌ国際映画祭グランプリに輝き、高い評価を得る。NHK連続テレビ小説「カーネーション」で主演を務めるほか、主な映画出演作に『クライマーズハイ』(08年)『そして父になる』(13年)『きみはいい子』(15年)などがある。現在『起終点駅 ターミナル』が公開中。

Vol.38 田邊優貴子

Vol.36 BONNIE PINK


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