美人白書

Vol.21 永山祐子


May 28th, 2014

photo_nahoko morimoto(yuko nagayama)、nobutada omote(kiya ryokan)
hair&make_ayako oouchi
text_noriko oba
edit_rhino inc.

「ルイ・ヴィトン京都大丸店」や横尾忠則氏の美術館「豊島横尾館」などを手がけ、注目を集める建築家、永山祐子さん。ハムスターのように働いたという20代から2歳と5か月の子供を育てながら働く現在までの道のりをお伺いしました。

自分の感覚を“開いて”ひたむきに。
永山祐子さんの美の秘訣

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建築家になろう。15分で決めたバスのなか。

―― まず初めに、建築家になろうと思ったきっかけを教えてください。

父が生物物理の研究をしていたこともあって、漠然と私も生物方面に進みたいと思っていたんです。そのための大学受験の準備もしていたのですが、高3の夏も過ぎたころ、友人と進路について話をしていたら、彼女が「私は建築家になりたい」と。

それを聞いたら急に今まで考えたこともなかった”建築家”という選択肢が浮かび上がってきて(笑)。確かスクールバスに乗る前に話をして、バスに乗っている15分間考えて、降りるときには「私も建築家になりたい!」と決断していました。

―― 15分で進路変更を?(笑) 何かピンと来るものがあったのですか?

バスの中で考えているとき…家の建て替えのときに家族でモデルハウスを見に行ったことや建築家を志していた祖父の本や道具が家にあったこと、建築にまつわるいろいろな記憶が蘇ってきたんですよね。

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―― その後は変更することなく建築の道まっしぐらですか?

学生のころは、建物が完成するまでに何年間もかかるその長さにもどかしさを感じていました。もっと瞬間的につくりあげるような舞台の”空間美術”に興味が出てきて、あるとき、舞台美術のお手伝いをさせてもらったんです。白州で行われるアートキャンプで中上健次さんの『千年の愉楽』という舞台で、古い神社にかがり火を焚いた中、私は黒子として後ろから落ち葉を撒いたりして。そこで、舞台上にいる能楽師の観世栄夫さんと舞踏家の田中泯さんのおふたりの背中を舞台背後から見ていたら…。

おふたりがそこに”いる”だけで、空間が完璧にできあがっていたことに衝撃を受けたんです。もちろん、空間をどうつくるかは大切だと思うのですが、「この場で私に出来ることはない」「セットよりも人間が空間をつくっているんだ」と感じたことが強烈に自分のなかに残って、アートキャンプから戻ってからは、今度は建築が生まれる現場を体験したいと思い、すぐにオープンデスク(※)で設計事務所を訪ねました。
※建築家を志す学生を対象に設計の現場で実際の製作の場を提供すること。

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建築一色の4年間。

―― 卒業後は、青木淳建築計画事務所へ。4年間を過ごしますが、どんな日々でしたか。

当時、青木事務所は、4年制度というのがあって、入所したら4年間で出なければいけないことが決まっていたのです。ですから、入るときから「この4年はどんなにキツくてもやりきろう」と思っていました。そして実際…本当に大変でした(笑)。同じ時期にいたスタッフがみなさんすごく優秀で、留学帰りの方も多く、自分なりの建築に対する考えもすごくしっかりしていて。

―― そのなかに突然飛び込んだんですね。

青木さんにも「女子高生?」と驚かれたくらい、いい言い方をすれば、無垢というか(笑)。若さゆえの勢いに乗って、飛び込んだという感じです。男性ばかりのなかにまみれていたので、自分が女性であることも忘れて、仕事が終わったら机の下で眠って、朝が来て、PCオンにして、夜が来て…の繰り返し。建築以外のことを一切していなかったので、当時は、友達と会っても何を話していいか分からなかったくらい。

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―― その状況を乗り切れたのは、何か将来へのヴィジョンがあったからでしょうか。

いえ、そんな遠くのことよりも目の前の”緊急”に取り組むことに必死で。ハムスターが回し車を押し続けるような? ひとつ終わったら、はい次こなす! の毎日。でも、その”獅子の子落とし”があったから4年後に独立できたのだと思いますね。青木さんの事務所は、ひとり一個案件を担当させてもらえたことも大きかったです。その作品を持って独立できるようにしてくれた。今、私の事務所でも同じことを行っています。

―― 任せるって勇気がいりそうですが。

これは自分の仕事だと、”執着心”をもつことが大事だと思うんです。完成までのさまざまな問題が起きるなかで、建築って”現場の声”がすごく大きくて、そのたびに流されてしまったら、全然違うものが完成してしまうので。そこに信じるものがあるか、執着心があるかは踏ん張る力になるんです。

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現場に行くと、息をのむほど驚かれ…

―― そして、26歳で独立。失礼ですけれど、今もお若く見えますよね。当時はさらに若く見えたかと…。そのあたりは大変でしたか?

独立して間もないころに「ルイ・ヴィトン京都大丸店」の仕事をしたとき、本国から審査に来ていた方々にものすごく驚かれました。海外の方から見ると余計に若く見られるので、あの子10代?大丈夫なの? と不安にさせたようです。

―― しかも、そのプレゼンにはひとりで行ったのだとか?

そうなんです。独立したばかりだったこともあって、相手に”ひとりで出来る”と見せたかったんでしょうね(笑)。ここは私ひとりで! と意気込んで行ったはいいけれど、あとから青木さんのところに「彼女のアイディアは気に入ったけど、あんなに若いのに大丈夫か」と確認のお電話があったようです。「ちゃんとできるから信頼してあげてくれ」と言ってくださったと聞き、うれしいやら情けないやらで。

そのころは、打ち合わせや現場などあらゆる場面で”小っちゃくて、若い女性が建築家という立場でやって来た!”ということにあからさまに驚くおじさんにもたくさん遭遇しましたよ。

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―― そんなとき、どんな対応をするのですか?

会った瞬間、私の容姿を見て”目を見開いて、無言で大きく息を吸い込む”という何とも分かりやすい驚かれ方をしていたので、当時は初対面で挨拶をしたあとにうつむくクセがついていましたね。相手が”驚き終わるのを待つ”時間です。

―― 息を吸い込むほど驚くってなかなかですよね。

彼らの不安を取り去るためにも、打ち合わせにはレジュメをとにかく丁寧に細かく仕上げて持っていきました。設計もできて、夢語りでなくそれを形にすることも出来るということを実感してもらえるようにディテールまでしっかり書き込んだ案を配るんです。独立したては沢山の人に見られると緊張してしまう事も多く、レジュメによって紙に目を落としてくれる時間ができ救われました。順序立てて説明していくことで自分のペースにも乗せられますし。

海外のクライアントとの打ち合わせではあまり英語が得意ではないので、この場合はどの案がいいですか? ABC案から選んでくださいなどと、答案形式の英語のレジュメをつくり、最後に「これは証拠にもなるので」(笑)と回収。自分なりにコミュニケーションの取り方を工夫して、生のコミュニケーションで信頼関係をつくっていきました。

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授乳中は、けっこうアイディアがわくんですよね。

―― 現在、2歳と生後5か月のお子さんを育てながらのお仕事ですが、オンオフの切り替えはどのようにしているのですか?

特に切り替えていないですね。子供と一緒にいるときにも突然パチっとオンのスイッチが入ります。お風呂に入っているときに仕事のことを考え始めてしまうと、我に返ったときには”あれ?子供の頭洗ったっけ?”という状態。産休中は枕元にスケッチブックを置いて、思い付いたら即書けるように。夜中の授乳中はけっこうアイディアがわいてくるんですよ(笑)。

―― 頭がもうろうとしそうですが…。

深夜、子供を抱いている時間は静かでリラックスしているので考える時間としてとても良い時間です。なのであえて仕事とプライベートを区切らずその瞬間瞬間に気持ちをオープンにしています。

―― ファッションのオンオフはどうでしょう?

大事なプレゼンがある日は、前の日からコーディネートを考えて、シチューエーションも考えつつ、そのときにいちばん気に入っているスタイルで望みます。お気に入りの服を着ていると守られているような安心感がありますからね。

―― 最近のお気に入りは何ですか?

独立する前までは、自分が女性であることも忘れるくらいの毎日だったので、パンツスタイルばかりだったんです。ところが、さきほどもお話したように、独立後女性であることに気づかされることが多くて、自分自身も”あ、私女なのね”(笑)と再認識するようになり、女性であることが個性になるのだったら、かわいい服を今のうちにたくさん着よう! とスカートスタイルが増えてきました。今は、プリーツスカートや丸襟などのスクール風スタイルが気に入っています。

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“NO”をもらうことの大切さ。

―― お仕事のなかでいちばん時間をかけて行うことは何でしょう。

そうですね、お施主さんとのコンセプト段階でのコミュニケーションでしょうか。家ならば、何人住まいが欲しいといっても、ひとりひとりが感じる好きな時間とか幸せだと感じることを理解していないと、望む建築はつくることができないと思うんです。最初にすごくこだわりたいと思っていたことも、話を聞いているとそんなに大事ではなかった、本当はこっちが大切だったんだと方向転換することもよくある話で。本当は何を求めているか、それを見極めるには、密な時間が必要です。

―― そこを引き出すための秘策は何でしょう?

たとえば、どういう建築にしたいですか? と聞かれた場合、それを最初から明確に言うのは難しいと思うのですが、提案された案に対して”これは違う”とNOを出すのは、比較的ラクにできると思うんです。なので、この案のこの部分は”違う”と知ることも重要。はっきりと”NO”がもらえれば、その可能性については考えなくていい、繰り返せば求めている方向に絞られていきます。自分たちで案を考えていく時も”NO”を繰り返しながら案を絞っていきます。”NO”を自分で認識することの大事さって、建築以外の決断でも言えると思うんです。

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―― というと?

ときどき、学生さんに「やりたいことが分からない」と相談されることがあるのですが、自分は何がしたいんだろうと悶々とするよりも”これはしたくない”を決めて絞っていったほうがいいよ、とアドバイスします。”やりたいこと探し”より”消す作業”。

―― そうやって徐々に的を絞っていくんですね。

何を求めているかというクライアントからの”出題”があって、私たちの建築的アイディアで”回答”を出していくので、いい回答を得るためには”出題”が大事なんです。同時に出題段階である企画に建築家がもっと関わっていけたら、建築をきっかけに新しい考え方もつくっていけるのではないかと思っています。

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高性能な変換機になりたい。

―― 愛媛県宇和島にある「木屋旅館」のリノベーションプロジェクトも旅館には珍しい試みがありましたよね。

最初に見たとき、老舗旅館で歴史のある佇まいでありながら、年が経つうちに壁などいろいろなものが足されて少しごちゃっとした印象だったんです。そこで、一度全部を取り払って原型に戻すことに。オリジナルの状態を見ていると、ここから装飾など”足し算”をするのは違うと感じました。むしろ”引き算”をすることで、新しい形が見えるのでは方向性を決めていきました。

―― 具体的にどういうことでしょうか?

2階の床を広い範囲で抜いて、畳の変わりに透明の床にしたんです。

―― え?

そうそう、宇和島の事業主さんたちも最初は同じ反応でした(笑)。透明な床だったら、2階を歩いてる姿が下から見えるじゃないか、スカートはいていたらどうするんだって。

―― そう思います。

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その旅館は1日1客のみの受付なので、家族や友達、恋人だったら、「今から通るよ」と声をかけるなりして、その問題はクリアできるのではないかと。それよりも、水平方向にしか視線が抜けない日本家屋の空間を、床を抜くことで”縦の視点”が生まれることは、すごく新鮮なんじゃないかなって思ったんです。1階と2階で離れた場所にいても、何となく相手の気配を感じたり。

―― ちょっと声を掛け合ったり?

そうです。完成後、旅館でアートイベントを企画し、その準備のために何人かで合宿をしたんですね。夜になって、製作に疲れた人は1階で寝て、まだ余力のある人は、2階でお酒を飲んでいたのですが、飲みながらも下で寝ている様子が見えたり、寝ている方もふと目が覚めたときに”まだ飲んでる”とこっちの状況が見えたりして。”ゆるくつながっている感じ”が心地いいなと思いました。実際、透明床の上で寝るお客様がすごく多いそうですよ。ちょっと引き算をしただけで、断面的な関係に変化が生まれたんです。

―― そういったアイディアはどこから来るのでしょう?

私は常々”高性能な変換機”になりたいと思っているんです。どう設計するかの前の段階で、自分の感性をフルオープンにして、光や音、場所の状況、人の趣味嗜好…そういったすべてを拾いあげたい。それを自分なりに変換した形が設計として出てくる。その性能を上げるために、最初は思い込みや建築形式にとらわれすぎず、とにかくオープンでいることを心がけています。そこに”これはどうなっているんだろう””この人が本当に求めているものは”と、好奇心を持って想像力を巡らせれば、さらにいろいろな情報が入ってきます。固定概念にとらわれずニュートラルに見ていく事で、新しいものが生まれていくと思うのです。

―― オープンでいることと好奇心が鍵ですね。

好奇心のアンテナは仕事以外でも常に張っています。今は、子育て中で、海外の建築などやりたい仕事もセーブしなければいけない現状がありますが、その分子供から大いに刺激をもらっています。先日も野球中継で見たせいか2歳の息子が、グローブ変わりに自分のおむつを手にはめてボールを投げていて(笑)。”あたりまえ”をもっていないと、こんなにも自由な発想ができるんだなと感動。アイディアを出すとき、自分があたりまえとしていることが何かに縛られていないかもう一度考えてみよう…などと子供から学ばせてもらっています。


最後に永山 祐子さんから
“美しくなるためのメッセージ”

ひとつの建物を完成させるのに毎回新たな人と関わりますが、これが私の好奇心の元。学生のころから建築一筋でやってきたので、さまざまな職種があること、経済のこと、働き方の多様性など、建築を通して世の中を知っていくことが楽しいです。この好奇心の強さは父譲りかもしれませんね。先日も研究分野を生かした商品”スマートフォンに取り付けられる顕微鏡”を発売したばかりなんですよ。私も負けずに好奇心を持ち続けたいですね。

今月の美人
永山 祐子

建築家。永山祐子建築設計主宰。昭和女子大学生活科学部生活環境学科卒業。青木淳建築計画事務所勤務経て、2002年に永山祐子建築設計を設立。「ルイ・ヴィトン京都大丸店」、「カヤバ珈琲」、「木屋旅館」などを手がける。2013年に民家を改修してつくられた横尾忠則の美術館「豊島横尾館」を手がけたことは大きな話題に。2012年、ARCHITECTURAL RECORD Award(USA)、Design Vanguard2012受賞。 http://www.yukonagayama.co.jp/

Vol.22 西田尚美

Vol.20 常盤貴子


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