一生に一度のステージに立ち続ける、
上原ひろみさんの美の秘訣
“聴き始めたら途中で止められない”アルバムをつくりたかった。
―― 新しいアルバムの『SPARK』というタイトルには、どんな想いが込められているのでしょうか。
人が衝撃を受けて、それをきっかけにしていろいろな物語が生まれるような、衝撃から始まるひと続きの物語を書きたかったんです。最初に「SPARK」の“かけら”のようなものが浮かんできて、その一節から「SPARK」というアイディアやテーマが決まり、そのあとに続く物語へとふくらませていきました。
―― 次へ続くというと、2曲目の「In A Trance」ですか?
そうです。最初に人が衝撃を受けて(♯1 SPARK)、我を忘れるくらいの衝撃でトランス状態になり(♯2 In A Trance)、どこかに連れ去られたいと望んで(♯3 Take Me Away)、連れ去られた先には、ワンダーランドがあって(♯4 Wonderland)。その夢のような場所で、時を忘れて溺れるのですが(♯5 Indulgence)、ふと我に返る瞬間があって、だんだんとここにずっと居るべきなのか、それとも戻ろうか、または進もうか、とジレンマにぶち当たる(♯6 Dilemma)。
最終的にはなるようになるさ、と思うけれど(♯7 What Will Be, Will Be)、ある日目が覚めて今まで起きてきたドラマティックな出来事に想いを馳せて、また夢を見る(♯8 Wake Up And Dream)…という流れです。
―― “衝撃”から始まる壮大な物語をひとつのアルバムに。
アルバムという形態で作品を出す以上、同じアルバムのなかに、ひとつひとつの曲が存在する意義というのは、いつも考えています。この1曲が、このアルバムのこの場所になぜ在るべきなのかは、すごく大事なことなので。
あとは、聴き出したら止まらないアルバムをつくりたいという想いも強くありました。一度始まったらエンドロールまで続く、映画のような存在になれたらいいなと思っていて。なので、アルバム最後の9曲目(All’s Well)は、エンドロールという位置づけです。
―― 上原さんの曲づくりは、どんなときに行うことが多いのでしょうか。曲が生まれやすい状況はありますか?
何かに心が動かされたときですね。衝撃を受けたり、感動したり、感情が揺れる瞬間です。
―― そういうときに、旋律も一緒にやってくるということですか?
というよりも、曲を書きたいという想いは常にあるので、心が動いたときに、“この出来事を音にしたい”という衝動にかられるという感じです。今感じたこの感覚を音楽に変換するなら、という考え方ですね。
「移動は嫌」を遥かに上回る「ライブがしたい!」
―― デビュー時から今までずっと、1年の半分がツアーで、世界中を巡り続けているそうですね。
13年目です(笑)。
―― その生活に疲れたり、嫌になったりは?
もしも移動しないでライブができるなら、とてもありがたいです(笑)。移動したくないと思っても、そうするとライブができない。やっぱりライブがしたい気持ちが“猛烈”に強いので、「移動したくない」は、自動的に却下ですね(笑)。仕方ありません。
―― 猛烈。その源は何でしょう。
ライブでピアノを弾くことが好きだからです。
毎回、弾き終わったときに、お客さんみんなと肩を組んでいるような気持ちになる、あの感じが本当に好きなんです。国によっては言語がまったく通じないところもありますが、どんな場所でも一緒で、一瞬にして距離が縮まります。それは、自分が行って演奏しないと感じられない、実現し得ないことなので、聴いてくれる人がいるならどこへでも行きます。
―― 演奏中の上原さんは、ぐっと集中して鍵盤を一心に見つめ弾いているときの顔と、ぱっと笑顔になっているときと、くるくると雰囲気が変わるのも印象的ですが、あの笑顔のときは、距離が一気に縮まったときの表情ですか?
あ、いえ、人と分かち合えた楽しさは、演奏の最後の最後、お辞儀をしたときに感じるものです。演奏中に笑っているのは、“宝”を見つけた瞬間ですね。“わぁ!出たよ!”っていう顔(笑)。
まだ見ぬ“宝”を探して、掘り続ける。
―― 宝もの?
演奏中、今まで自分が弾いたことのない音や、行ったことのない方向性を見つけられたときが、宝を掘り当てた!と思う瞬間です。
―― 宝ものは、枯れない泉のような、13年経った今でも新しく出てくるものなのでしょうか。
そうですね。宝探しって続けるほど出てくるものだと思っています。まぁ、もちろん出ない日もあるんですけどね。
―― そんな日の対処法と言いますか、次に向かうモチベーションはどのようにつくるのですか?
あーあ、とは思いますけれど、出ない理由が「全力投球しなかった」ということはあり得ないので、そこを深追いはしません。お客さんが喜んでくれるという絶対条件はクリアできて、プロとしての責任は果たせた。「明日は出るといいな」くらいに考えます。
―― 現在、アンソニー・ジャクソンと、サイモン・フィリップスとの、トリオの活動がメインですが、そういったことはメンバーには伝わりますか?
それはもちろん、アンソニーやサイモンには一発で伝わります。新しい方向性や音は、ひとりだけで見つけても意味がないので、相手がそれに応える、相互作用でさらにどんどん突き進んで、「今日は財宝ざっくざく!」という日も、ごく稀にですがあります。
―― そんなすごいことが起きる日があるのですね。
「今日はひとりがやたら見つかるな、こっちは何もでないや(笑)」ということもありますし、誰かがものすごいリスクを冒して、超危なそうなところに突っ込んでいって、「暴挙に出たな」と思いながらも残りふたりが必死で手綱を引っ張る、みたいなことも(笑)
―― 危険を冒すのは必ずしも上原さんの役目ではないのですね?
私のときもありますが、毎回ではないですよ。危険なところへ向かった同志を見て、「お前が行くならオレも!」とふたりが行ってしまい、ひとり残されて、「あ…」って待っていたときもありましたし。3人で転がり落ちながら行くところまでいって、見事な着地を決めたり。いろいろなパターンがあります。
―― 3人の親密な感じが伝わってきます。そういったステージ上での信頼関係や、コミュニケーションをうまくいかせるために、ステージ以外のところで何か工夫されていることはありますか?
メンバーのお茶を淹れます。ふたりが疲れているときは、特に。
―― 人に淹れてもらったお茶って、おいしさが違いますよね。空気が変わりそうです。
がらっと変わって、和やかになります。サイモンはミルクティー、アンソニーは日本茶のティーバッグ2個って決まっているので。私ですか? 日本茶のティーバッグひとつです。普通ですね…(笑)。
今日が最初で最後のステージ。
―― ステージに上がる前は、いつもどんな気持ちでいるのでしょうか?
毎回「今日が最初で最後」。本当に、心底そうだと思うんです。今日この会場に集まってくださる人、バンドの人たち全員をキャストだと考えると、同じメンバーで集まれることって、今日だけのこと。一生に一度なんです。
―― たしかに、まったく同じメンバーは二度とないですね。
それにライブに来るというのは、家と会場の往復含めての時間を確保して、天候のことを気にして、なかには家族に何かを頼んだり、大変な労力を使うことだと思うんです。いろいろなことに折り合いをつけて、それでも、今日はライブに時間を費やすと決めてくれたことに、大きな感謝と責任を感じます。
―― だからこそ、今日限りの演奏をしたいと。
はい、誰かの貴重な時間とお金をいただいているので、そういう気持ちでやらないと失礼だと思っています。ただ、どんなに全力投球しても届かないこともあるのが、音楽。感じる感じないの判断は、私には決められないけれど、いつも「届け〜!」と念じながら、演奏しています。
―― すごい緊張感ですね。
あとは、飛行機が大の苦手なので、いつどうなるかという恐怖が常にあって、その意味でも毎回「最初で最後のステージ」だと思っています。
―― え、日常的に飛行機に乗る生活をしているのに、ですか?
よく言われます(笑)。これが驚くほど慣れないんですね。毎回飛行機が離陸するときには無事をお祈りし、着陸するたびに「助かった〜!」と体中の力が抜けるくらい安心します。
―― 世界中を巡る生活のなかで、ニューヨークは上原さんにとってどんな場所ですか?
やはり夢を追い求めてやってくる人が多い、パワーのあふれる場所だと思います。何かを目指す同じエネルギーが、連帯感を生んだり、それで仲間になったり。
―― 特に好きな場所はどこですか?
いろんなジャズクラブの集まるビレッジというエリアですね。今日は誰がやっているかなって、ふらっと行って、演奏を聴いて、仲間と会って、ホッとする家のように思える場所です。
ピアノともっと近づきたい。
―― ファッションについてもお伺いしたいです。ステージ衣装を選ぶときにポイントにしていることや、こだわっている点を教えてください。
衣装でもプライベートの服でも同じ考えですが、ものづくりをしている人の考え方が伝わってきたり、こちら側に考えさせるような服に興味がわきます。「このボタンは、どうしてこのデザインにしたんだろう」「なぜこの部分にねじりを入れたのか」のように、つくり手の声を聞きたくなるような。服に限らず、何でもそうですね。そういえば私、ファッションについて昔から不思議に思っていることがあって。
―― 気になります。どんなことですか?
たとえば、音楽や絵などは、作品を買うときにミュージシャンや画家のこと、どんな人がつくっているのかが気になったり、その人のことが好きで買うこともあると思うんです。けれど、ファッションの場合、「このブランドのこのバッグが好き」と言って愛用している人が、デザイナーのことを知っているかというと、必ずしもそうでない場合もあって。
私はお店にお買い物に行ったときに、デザイナーの想いやデザインについて熱く語る店員さんがいると、嬉しくて心が震えるんです。デザイナーがどうしてこれをつくりたかったのか、なぜこのデザインに決めたのかなど、服にまつわるストーリーを感じると、着ることがより楽しくなりますし、その服に愛着を感じますから。
―― 今のお話で、服に限らずモノを選ぶときに、上原さんが大切にしていることを教えてもらった気がします。最後に、今後の目標や目指していることがあったら教えてください。
ピアノともっと近くなりたいです。ピアノでもっといろいろな表現をできるようになりたい。
―― 今はまだ、ピアノとの間に距離を感じるということですか?
距離は、すごくあります。ときどきピアノ側から「お、やるな」という感じが伝わるときもありますが、まだまだ。
―― ピアノからのその声は、嬉しいですね。
いや、そんなことは稀で、ピアノ自身から「自分のポテンシャルはこんなもんじゃないよ」っていう方が大きいです。出来ないことはたくさんありますし、やればやるほど、足りないものも見えますし。「この人に弾かれてよかったな」と思われたい、ピアノに叱咤激励されながら、もっともっと頑張ろうと思います。
最後に上原ひろみさんから
“美しくなるためのメッセージ”
「『音楽でお客さんと分かち合いたい』『ピアノからあなたに弾かれてよかったと思われたい』『演奏中に、まだ見ぬ音楽の宝物を探したい』、すべてを叶えるためには、“一音入魂”で弾くのみ。そうでないとプロとしての責任も果たせないし、新しい可能性も見つからないと思うので」。