TRADITIONAL STYLE

Vol.40 佐々木俊尚


Feb 10th, 2016

photo_shota matsumoto
text_maho honjo

ベストセラーとなった『電子書籍の衝撃』(ちくま新書)から、『21世紀の自由論』(NHK出版新書)まで、ITテクノロジーと私たちの境界線上で起こっていることを、新鮮な切り口で語ってきた佐々木俊尚さん。不安定で不確実なこの時代は、どう考え、どう働き、どう生きるのが楽しいのでしょうか? 佐々木さん自身の暮らしぶりから、ファッションで実践していることまで、幅広くお伺いします。

「移行期」に生まれたのは宿命です

―― 今日は、ITジャーナリストである佐々木さんに、この不安定な時代を生きるためのヒントを教えていただきたいと思っています。最初に、そもそも今ってどんな時代なのか、それを教えていただきたいのですが。

佐々木俊尚 僕は、今のこの時期を「移行期」と呼んでいます。近代に生まれた我々は、近代こそが人間社会と思いがちですけど、近代って数千年続いてきた歴史のなかでも、1700年ごろから300年ほど続いた特異な時代に過ぎないんですよ。人口が増えてみんなが労働者になってお金をもらって豊かになってく。いわゆる近代化ですね。これが中国、東南アジア、そしてアフリカまで続き、この先何十年かで世界の近代化は完了すると言われています。

―― 近代化の完了! そうしたら、近代という時代は終わるのでしょうか。

佐々木俊尚 終わります。先進国は、自分たち以外の安い労働力でモノをつくって売って、その富で自分たちを豊かにしてきました。要は第三世界から富を収奪することによって、豊かさを享受してきたわけです。でも、世界中が豊かになると、その搾取先がなくなるわけで、その構造自体が崩壊する。すでに大きな問題になっています。

―― トマ・ピケティの『21世紀の資本』も世間を騒がせました。

佐々木俊尚 あの本は、経済成長が続いていたから格差が減っただけで、成長がなくなると格差は広がると指摘しています。

―― そして今、その成長が止まってしまった。

佐々木俊尚 ジレンマに苦しむなかで、政治に期待しても答えはなく、アメリカでは過激な発言をするドナルド・トランプが話題になったり、フランスでも極右政党の支持が拡大したりしています。

―― この先、いったいどうなるのでしょうか?

佐々木俊尚 もう劇的に豊かになることはないでしょう。だから、マインドセットを変えて、状況に適合しながら生きていかなければならない。するとその先に、必ず新しいモデルが生まれてくるはずです。ただ、それがどんな社会なのか、どんな生き方なのか、現状では何ひとつわかりません。なので、僕は今を「移行期」と呼んでいるんです。

弱いつながりを大切にすると強くなる

―― では、私たちは移行期をどう生きればいいのでしょうか?

佐々木俊尚 「自己防衛」につきますね。社会が安定した状態を用意してくれないというのが、移行期特有の現象なんですよ。だから自分でそれを用意するしかない。まずは複数の人間関係、複数の仕事、複数の居場所という多様性を確保すること。今の会社をベースにするだけではその会社がつぶれたらおしまいです。ほかのつながりも確保してリスクヘッジを取ったほうがいい。

―― おっしゃることはわかるんですが、もう少し詳しく…。

佐々木俊尚 社会学の古典的な理論でウィークタイズ理論というものがあります。ストロングタイズ(強いつながり)は会社とか家族、ウィークタイズ(弱いつながり)は年に数回会うだけの人。で、たとえば転職や独立を考えたとき、どこの会社がどんな人材を求めているか、同じ職種で独立した人はどうしているのかなどの情報が必要になりますよね。それはだれがもたらしてくれるかというと、弱いつながりの人のほうが圧倒的に多いという理論なんですよ。

―― え、そうなんですか?

佐々木俊尚 一見、不思議に思えるんですけどね、でも考えてみればわかります。同じ会社にいる同僚は自分と同じ情報しかもってない。ならば知らない人のほうが知らない世界に生きているわけだから、自分にとって新鮮な情報をもっている可能性が高いわけです。

―― あ、なるほどです。

佐々木俊尚 たとえば、農業をやっている人とIT業界にいる人が意気投合したらどうなるか、農業の人にとっては、ITってすごい未来があるなと、その可能性を信じることができる。ITの人は農業分野って技術者がいないみたいだし、そっちに自分を生かす場所があるんじゃないかという発見もできる。必死に強いつながりを守ろうとしなくても、今は弱いつながりをたくさんもつほうが強くなれるんですよ。

大切なのは、ギブ&テイクのギブになること

―― 実際、佐々木さんはその「弱いつながり」を実践しているんですか?

佐々木俊尚 自分で仕事をしているので、あらゆるコミュニティに所属してます。たとえば先ほど渡した名刺。あそこに描いてある僕の顔は、南暁子さんというイラストレーターによるもので、彼女によるアイコンを使っている人々が集まるアイコンミーティングというものがあるんですよ。年1回の大きなパーティに加えて、有志が集まる料理部があったり、ワンゲル部があったり、馬術部、マラソン部なども。同じアイコンを使っているというだけで集まる弱いつながりです。ほかにもWEBメディア「TABI LABO」の創業メンバーなのでその集まりや、「Any+Times」というシェアリングサービスビジネスの顧問もやっているのでその仲間もいて、ちょうど昨日、誕生日の小さなお祝いをしてもらいました。

―― その「弱いつながり」を生むために心がけていることはありますか?

佐々木俊尚 ギブ&テイクのギブになること、ですね。『ギブ&テイク「与える人」こそ成功する時代』(三笠書房)という翻訳のビジネス書もあるぐらい。昔は手柄を横取りする、いわゆるテイクするような人もいましたけど、今はインターネットも功を奏していて、そういう人は必ずバレるようになっているんです。たとえばアイコンミーティングの料理部、レシピも買い出しの段取りもすべて僕が用意してますよ。「どうしてそこまでやっているの?」と思うかもしれませんが、みんないい人だし楽しそうだし、それでいいじゃないかと。「いいことがあるよね」じゃない。「気持ちいいよね」。それだけです。

―― そこまで思えるようになったのはなぜですか?

佐々木俊尚 ツイッターをやっていて気がついたんですよ。人の批判や悪口を書くと、それが好きな人が寄ってくる。僕のことが好きななんじゃなくて、批判や悪口が好きな人。逆に真っ当で穏やかな意見をつぶやいていると、それが好きな冷静な人が寄ってくる。変な人は「佐々木はおもしろくない」と消えていなくなりました。

―― でも…人の批判がしたくなったらどうすればいいのでしょう?

佐々木俊尚 ま、世の中にはいろんな人がいるよね、と思う(苦笑)。

―― もともとが穏やかな性格なんですか?

佐々木俊尚 いえ、もとはすぐに怒る人です。以前、事件記者だったときは、現場で怒鳴ったり騒いだりすることもしょっちゅうでした。怒鳴ってるのを見なくなったねと言われます。

無罪は白ではない。有罪が黒でもない。すべてはグレー

―― 新聞社の事件記者だったころのお話を聞かせてください。印象に残った事件はありますか?

佐々木俊尚 オウム真理教事件や在ペルー日本大使公邸占拠事件などたくさんありますが、ひとつ小野悦男事件というものが記憶に残っています。’70年代に女性の連続強姦殺人事件があり、彼が容疑者として逮捕され、’90年代にえん罪で釈放されました。当時のメディアは釈放された彼をヒーロー扱いしたのですが、95年ごろ、その彼が5歳の女の子にいたずらして首を締めるという殺人未遂、さらに同居していた女性も殺害して焼却するという恐ろしい事件が起きたんですよ。

―― え? ということは…

佐々木俊尚 おそらくえん罪ではなかったということです。世の中の大半はグレー。無罪だから無実なわけじゃない、有罪だから罪を犯しているわけでもない。この世は善と悪では分けられない。そういうグレーの感覚を強烈に植えつけられた事件でしたね。
「私が絶対に正しくて、あなたが絶対に間違っている」と言った瞬間に議論は終わります。それは石を投げ合っているだけ。「私はちょっと正しくてちょっと悪い、あなたがちょっと悪くてちょっと正しい」。そうやってグレーをマネジメントしていくことが重要です。安保法制もISの問題もすべてはバランスでしか語れないのに、バランスを語らない人が多すぎると感じています。

―― 佐々木さんのそのバランス感は何によるものでしょうか?

佐々木俊尚 読書量と情報量の膨大さでしょうね。意識しているのは、今の状況を把握しつつ、全体を俯瞰する視点も備えること。要は、日々のニュースにブログもチェックしながら、思想書や歴史書など過去のバックグラウンドも猛烈に勉強します。たとえば「紙の本はどうなるか。電子書籍にとって変わられるのか」という問題について。「紙の本がなくなるのはけしからん」と怒る人がいるけど、それって近視眼的な物の見方だなと思うんですよ。

―― 近視眼的というのは、どういうことですか?

佐々木俊尚 紙の本がどうなるか、そのヒントは歴史の中に隠されています。昔、まだ印刷技術がなくて、本が写本だったころ。羊の皮に少しずつ書き写す作業でできあがる写本は、重くて持ち運べなくて、修道院の図書室に鎖で繋がれていたりして、「知」というものはすごくクローズドでした。それが紙の本ができてどうなったか。古代にはこんなすごいことがあったと驚いた人々から、ルネッサンスが起きたんです。また、聖書が広く読まれるようになって、宗教改革が起きたんです。
本の形態が変われば人間社会も大きく変わる。紙が電子化されたら、ウェブサイトのリンクが貼られて、瞬時に参照ができるようになる。知はさらに形を変えるでしょう。それを避けても仕方がない。というか避けられないことは歴史が証明している。だからどう変わるのかを知るほうが、僕にとっては有益なんです。

―― 「テクノロジーが人間社会をどう変えるか」に興味があるんですね。

佐々木俊尚 僕のことをガジェットオタクだと思っている人もいますが、そこにまったく興味はありません。物は少ないほうがいい。個人的にはシンプルで身軽な生活のほうが好きなんです。

東京、軽井沢、福井の3拠点生活をしています

―― 身軽な生活がお好きとのこと、今のライフスタイルについて教えてください。東京、軽井沢、福井の3拠点生活をされているんですよね?

佐々木俊尚 東京をベースに、軽井沢には月に1,2回、1週間から10日ほど。福井は妻の仕事の関係で彼女は月に10日ほど、僕は3,4日ほど訪れます。その福井では1DKがついている工房を借りていて家賃18,000円。でも友人とシェアしているので9,000円という破格の安さです。彼女は陶画というプロジェクトに関わっていますが、僕は自然を眺めてぼんやりと過ごしたり、近くの市場に魚を買いに行って、思う存分料理をしたり。

―― 先ほどから料理の話が出てきます。佐々木さんは『家めしこそ、最高のごちそうである。』(マガジンハウス)など、料理本も上梓されていますね。

佐々木俊尚 僕の中では、これまでのテクノロジーや社会に関するものとは毛色の違う本を出したつもりはないんです。要は、今もう、昔のように同僚と毎晩飲み歩く時代ではありません。変化があたり前の時代に賢く楽しく生き延びるためには、自分で自分の生活軸をつくらなきゃいけない。その1歩としてシンプルでおいしくて、さらにお金のかからない料理をつくるのはどうか、という提案を書いたものなんです。

―― ちなみに、ファッションについてはどんな考えをお持ちですか?

佐々木俊尚 今、ファッショントレンドとされている「ノームコア」が、どんどん進んでいずれは定着すると思っています。スタイリスト・地曵いく子さんの著書『服を買うなら、捨てなさい』(宝島者)に「これからのファッションは、トレンドではなくスタイルだ」と書いてあって、膝を打ちました。アナ・ウィンターもスティーブ・ジョブズも、いつも同じような格好をしているじゃないかと。流行っているからと、似合わないものまで着る必要はない。いつも似合う服を着ているほうがおしゃれ。そういう捉え方に変化していると思うんですよ。ちなみに僕、今は出かけるときも家にいるときも同じ服を着るというのを実践しています。

―― ええー! すごいですね。

佐々木俊尚 出かけるからと言って、着替えたりしません。そのかわり家にいるときもジャージなどは着ない。さらに、僕は登山をするのですが、パタゴニアやミレーなど、アウトドアのアイテムをタウンでも着ます。最近の山ウエアはとても優秀で、ストレッチが効いているからシルエットがタイト。このまま進化したら、30年後にはみんなシルバーのピチピチのボディスーツを着てるかもしれませんね(笑)。

ステレオタイプな物語に依存しないように

―― 時代の変化を扱っている佐々木さんご自身のなかで、ずっと変わらないことってなんでしょう?

佐々木俊尚 ステレオタイプな物語に依存しないこと、です。新聞社ってそういう表現が好きなんですよね。住宅街で殺人事件があったら「住民は恐怖に包まれた」って書くでしょう? いやいや、みんな興奮してるだけですから。記者時代からそういう表現がすごく嫌いで、そこからどう脱却するか、自分は自分の言葉を紡いでいるかどうか。そこはいつも考えてますね。

―― 脱却する具体的な方法はあるのですか?

佐々木俊尚 射程距離を伸ばして考えることでしょうか。さっきの紙の本の話と一緒です。写本の時代までぐーっと引き伸ばすと見えてくるもの、それがすごく大事なことだと思うんです。
自民党の政治家は「伝統的な家族観」とかってよく言うけれど、親ふたり子ふたりとか専業主婦のことを言うなら、それって1950年ごろに始まった、わずか半世紀の歴史にすぎません。「日本の愛国心」とやらも近代以降の産物で、江戸時代には天皇陛下のことなんて普通の民衆はその存在さえ忘れていました。「盆踊り」だって伝統的なものというより、江戸時代は乱交パーティの場だったんですよ。単純な見方、ステレオタイプな批判をいかにしないかというのが、僕にとっての永遠の課題ですね。

―― 過去を探れば、早く未来に手が届くのかもしれません。

佐々木俊尚 僕は、とにかく先のことを知りたいという欲求が強い人間です。10年後、50年後、100年後、人間はどうなるのかが知りたくてたまらない。今ちょうど、書かなければいけない本があって、順番にまとめているので楽しみにしていてください。未来に手を触れたい、少しでも早く。それが僕を奮い立たせるモチベーションなんだと思っています。

今月のトラディショナル スタイル
佐々木俊尚

1961年兵庫県生まれ。毎日新聞社、アスキーを経て、フリージャーナリストとして活躍。公式サイト(http://www.pressa.jp/)でメールマガジンを配信中。著書に『電子書籍の衝撃』(ディスカヴァートゥエンティワン/2010)、『キュレーションの時代』(ちくま新書/2011)、『家めしこそ、最高のごちそうである。』(マガジンハウス/2014)、『自分でつくるセーフティネット』(大和書房)など。

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