TRADITIONAL STYLE

Vol.26 小林 薫


Oct 8th, 2014

photo_shota matsumoto
hair&make_atsushi momiyama(Barber MOMIYAMA)
text_miiki sugita

シリーズ3作目にして映画化も決定した『深夜食堂』で主演を演じる俳優、小林薫さん。
身近に居るのではと誰しも錯覚するような“圧倒的な”さりげなさと独特な佇まいを併せ持ち、様々な役柄をこなす名優の芝居の在り方とは? 初秋の風が心地いい朝に、大正5年築の建物を改装した、古き良き町屋喫茶でお話を聞きました。

演劇に出会うや否や、猛スピードでのめり込んだ日々

―― 小さい頃から役者を目指されていたんですか?

小林 薫 とんでもない。今と違って、僕が若い頃の役者って目指すべきものというより、人生の落伍者みたいなイメージなんですよ。でも、10代の頃に何かまわりと馴染めないなぁと行き場がなかったりして。そこでたまたま演劇というものと出会って、こういう世界があるんだ!って片足入れたらもう引き込まれてましたね。

―― 芝居との運命の出会いみたいなものを感じますね。

小林 薫 いやいや。落伍者ですよ(笑)。でも、芝居という存在が救いであったり、周りとつなぐドアだったり。自分も芝居に救われた1人だなって。逆に芝居をやってなかったらどうなってたんだろうって想像つかないですね。きっと悲惨なことになってたんじゃないかな(笑)。

激動の昭和を生きて

―― 小林さんが劇団でご活躍された1970年代は、表現も社会運動の影響を受けたりと激しい時代ですよね?

小林 薫 たしかに学生が色んな想いを各々発信して、芸術がそれに連動してた時はありましたね。社会や政治が大きく動いていた時代だから、じゃあ演劇でもっとでかいことやってやろうというような。大げさに言えば、社会を変えようという空気はありました。

―― 印象に残っている具体的な思い出はありますか?

小林 薫 パレスチナのシリアまでテント担いで芝居しに行ったことですかね。単純にそういう文化を持ち込んでいくっていうことだけで行ったんですよ。普通に上空をファントム(戦闘機)とか飛んでて、そういう意味ではスケールはあったのかもしれない。

―― 想像が出来ないレベルのお話ですね。

小林 薫 まあ、単純にそういう時代だったってことかなと。色んな分野で新しい運動や表現が出来てきたタイミングだったんです。例えば、漫画家のつげ義春さんみたいに、今までのマンガの概念からは逸脱している作品が生まれたりと、新しいものが色々と噴き出してきた時代だったんです。

―― とくにあの時代が良かったと思うことはないですか?

小林 薫 今とは時代が違うってだけのことです。時代が成熟していくと、世の中の全体像がある程度見えてくるじゃないですか。当時は社会状況として、単純に可能性がそこら中に転がっていたんです。でも、若い頃にそういう空気感の中を生きていたわけだから、避けては通れなかった時代という感じですね。

やれることを徹底的にやることで生まれた自信

―― 今までの役者人生でターニングポイントといえば、いつ頃ですか?

小林 薫 いくつかありましたけど、やっぱり1番大きいのは劇団をやめる1980年ぐらいの時かな。その頃、自分の中でこれってちゃんと芝居になってるのかなって自信が持てなかった時に、「第七病棟」っていう劇団の旗揚げがあったんですよ。唐十郎さんが描き下ろしを描いて、演出は「黒テント」(当時のアングラ劇団)の佐藤信さんがやったんです。石橋蓮司さんをはじめ劇団員が10人強いて、客演では僕と早稲田小劇場の役者が出たんですけど。もう、稽古が凄まじくて。

―― どんな風に凄いんですか?

小林 薫 もう芝居への取り組み方が徹底してるんです。朝起きて食事をとって、まず若手中心の稽古を演出家が来る前にやる。その後、昼から夜まで演出家と稽古してダメ出し食らって、その後ご飯食べに行ったら、演技のことで口論になって、じゃあ実際にやろうじゃないかってことで23時頃からまた稽古場に戻って稽古。そんなにどっぷり芝居漬けならば、だいたいのことは出来るんじゃないかっていう自信になったんですよね。こんなにやってるんだからできるはずだって。

―― とことん向き合われたってことなんですよね

小林 薫 言い換えれば、覚悟の持ち方ということかな。何かやる前に不安や恐怖を感じて、色々悩むより、放り込まれてやってしまった方が早いって思ったんです。若い頃の勢いだったからかもしれないけれど。でも、そのおかげで楽にもなりましたね。自分のできることって限られてるし、できないことまで要求されるわけじゃない。だからこそできることを徹底的にやればいいんだって。それが1日24時間その芝居に没頭するってことだったんです。

引き算で成り立つ芝居、新しい感覚との出会い

―― その後、演劇から映像の世界に出られてからは何か変化はありましたか?

小林 薫 映像は、それまでの自分が持っていた感覚とは違いましたね。例えば、今の映画監督もよく言うんですけど、“なるべく芝居しない”んですよ。そぎ落としていくというか。演劇においては芝居をしよう、芝居をしようと動いていたから。それが2時間ドラマのだらしない次男役を演じた時に、遅く起きてきてごはんに手も付けずに新聞を読むシーンがあって。ちゃぶ台の先にある新聞を立ち上がって取って戻ってきたら、「寝そべったまま取ってくれ」って監督に言われて。そういう方法があったのか!という衝撃的な瞬間でした。今までその発想は頭になかったから。極端な話、寝そべって取るなんてそんなだらしないことしちゃいけないっていうか(笑)。

―― 劇団の時とは、方向性がまったく違う演技だったんですね。

小林 薫 その後、何かを表現する時にわかりやすいことが果たしてよいことなのかと疑問を持つようになったんです。例えば、悲しみを表現するときに、泣くという表現でいいのかと。涙を流さずに表現する悲しみもあるんじゃないかって。人は、悲しみひとつでも色々な感情を持っているじゃないですか。表にすべてを出すわけじゃないし、人間ってそんな簡単にはわからないものだよっていう思いはありますね。

本当にドラマティックなのは感情の内側、沈黙の中にあるもの

―― これまでにも多種多様な役柄を演じていらっしゃいますが、役づくりはされますか?

小林 薫 全くしないです。芝居は自分1人でするものじゃないっていう考えですね。その場に身を置いた時に初めてドラマが生まれるのであって、自分1人の役柄から捻出されるものじゃない。極論すれば、芝居することは不要だと思いますね。

―― というのは?

小林 薫 例えば今この瞬間は、話をする側がいて聞く側がいて、お店の中の音などの環境を含めて様々なことを感じながら話をしている状況ですよね。ここは昭和な佇まいの喫茶店で、何組かお客さんがお茶をしていて、外は晴れていて…。そういうただそこにあるものを感じるのが人間だから。ドラマであろうと、この状況と根本では同じかなと。

―― 芝居をしないという芝居という感じでしょうか?

小林 薫 何にもせずその場に入ってただ感じるということですね。そのためにはやっぱり自分自身はフラットでいなきゃいけません。大声で泣き出したり、怒鳴ったり、感情が高ぶることを芝居するって思う人がいるけど、でも本当は怒り出す前にどんな感情があったかっていうことの方がドラマだったりしますからね。怒る前って怒りを抑えている状態で、その姿こそドラマになるっていう場合もあります。

都会の真夜中、食堂で繰り広げられる小さな人間模様

―― まさにそんな感情を表に出さない店主を演じているドラマ『深夜食堂』ですが、シリーズ第3弾と映画がいよいよ始まりますね。久しぶりの現場はどうでしたか?

小林 薫 この作品ってひとつひとつは、ささやかなエピソードなんですよ。だからこそ、登場する人たちにとっては店の雰囲気やメニューひとつにしても思い出やこだわりがあるんだなっていうのが伝わるようにしたい。そういう想いはシリーズを通してずっとあって…。

―― 劇中の食堂「めしや」は新宿のゴールデン街とかに本当にありそうな佇まいですよね。

小林 薫 元々、予算面からセットスタジオは使えなくて、まずは作りこんで撮れる場所を探すところからスタートしたんですよ。ただパネルがあって、メニューを飾ってっていうのでは小さな人間模様を写すにあたって薄くなっちゃう感じがするから。

―― そうとなると場所選びも大変そうですね。

小林 薫 結構転々としてますよ。初めは川崎の廃墟の1階部分、2回目は相模原の倉庫を貸し切ってやったんです。2回目の時は、店の外の路地を作って1回目よりちょっと奥行きも見せられるようにして、少しずつバージョンアップはしていますね。今回のシリーズは、入間の外れの大きな倉庫を借りて撮ったんですけど、美術監督の原田さんがはりきって店の通りの裏まで作っちゃってました(笑)。

映画スタッフとこだわって作り上げた世界観

―― 1月公開の映画とドラマとの違いはありましたか?

小林 薫 やっぱり監督は映画人だから、映画ならではのこだわりが出ていると思います。ドラマは限られた20分ちょっとで視聴者の気持ちを置いてきぼりにしないように展開していかなきゃいけないけど、映画だともう少しテンポをおさえていけるっていうのかな。でも、役者としては違いはなくて、芝居を変えたりっていうのもありません。

―― すごく豪華なスタッフですよね。

小林 薫 人が人を呼んで繋がりでチームが出来たという感じです。松岡錠司監督が後輩に声をかけたら山下敦弘・熊切和嘉監督もやってきてくれて。正式に頼んだりするとなかなか実現しないようなメンツが仲間内で集まって作ることができましたね。カメラマン、照明さんをはじめ映画界で活躍するスタッフさんたちが参加してくれてます。

―― 「めしや」のメニューはどれも本当に美味しそうですよね。

小林 薫 フードスタイリストの飯島奈美さんは、本当に疎かにしない方なので、自分も手を抜けないなって身が引き締まりますね。飯島さんがきちんとしてくれているっていうのは、作品のどこかに出てると思います。

―― やはり美味しいという気持ちはお芝居にも出ますか?

小林 薫 そうですね、通常だと劇中で使う食べ物って本番までラップで守って、少し冷めて色が変わってもよっぽどじゃなかったら食べるっていうのが、撮影では結構当たり前なんですよ。でも人間だからやっぱり感情もあるじゃないですか。焼きたてや出来たての食べ物は、やっぱり美味しいし。それによって、芝居が変わってしまうのは、本当はダメなのかもしれないけど、どうしても出ちゃいますよね(笑)。

ファッションにこだわらないというこだわり

―― 小林さんの普段のファッションについても聞かせて下さい。お洋服は、わりとお好きだとか?

小林 薫 いやいや、これといってこだわりはないですよ。こういうの着ようってテイストを決めちゃうとそれに縛られてしまうからあんまり考えないようにしてますね。

―― 感覚的に選ばれるんですか?

小林 薫 見に行くブランドはもうだいたい決まってて、そこからシーズン毎に着たいものを選ぶって感じですね。ポール・ハーデンやエンジニアードガーメンツ、カジュアルなものだとマウンテンリサーチとかでしょうか。

―― ちなみにお若い頃はどんな格好を?

小林 薫 いわゆるブランドものを着ている時代もありました。時代にあわせる感覚はなかったけど、そういう流れの中にいたからやっぱりそうなったのかもしれない。バブルの頃ってみんなスーツ着てましたから。僕もスーツ着て飲みに行ってましたよ。

―― ブランドスーツを着る小林さんって何だか想像がつかないです。いつからカジュアルに移行されたんですか?

小林 薫 元々こだわりなんかないから、「カジュアルな感じがいいんじゃない?」なんてうちの人に言われて、そこから古着とか着るようになりました。はじめは、こんな汚いものを…と思ってましたけど、今ではすっかりカジュアルになりましたね。

―― そっちの方が馴染みが良かったんですかね?

小林 薫 馴染んでるのかな?それも自信ないんですよね(笑)。でも着心地は重要です。着てるものが独り歩きしてるというよりかは、引き算をしたいかな。だから舞台挨拶なんかも普段着に近いから、いざ周りのしっかりとした装いを見てびっくりしてます(笑)。

―― 引き算という点では、小林さんのお芝居にも通ずるところですね(笑)。ファッションに限らず、お仕事とプライベートはあまり区別されないですか?

小林 薫 切替えないですね。台詞覚えにしても時間区切ってやるんじゃなくて、喫茶店に行ってちょこっとメモしたり、散歩してる時に見ながら覚えるくらいです。

時代は止められないし逆らえない。だからこそ自分のやり方にこだわる

―― 日本の映画がゆくゆくはこうなってほしいとか、自分はこうありたいっていう展望はありますか?

小林 薫 なるようにしかならないですよ。こんな時代だし、新しいものややり方がどんどん生まれてきて、この先媒体がどう変わっていくかっていうのもわかんないですから。それでも、僕がやれるのはアナログ。監督さんがいて機材担ぎながらひとつずつひとつずつ作っていく。でも漠然とですが、そういう手づくりみたいなものは、なくならない気はしてるんです。デジタルとニ極化することはあっても。

―― 時代が変わろうと変えられないものってありますよね

小林 薫 喫茶店の手作りケーキのように、「ここに行かなきゃ食べられない」というものはありますよね。進化していくものはあっても、例えばこのお店みたいな昔ながらの景色が街のどこかに残っているように、僕らの映画が残っていったらうれしいです。そうして進化の最中にいる人たちも、反動じゃないけど、たまにはこういうところでお茶飲みたいよねって来たりする。そういう存在になれたらいいなって。

ドラマ『深夜食堂 3』
公式サイト http://www.meshiya.tv/
TBS・MBS・RKB他 2014年10月より放送
【出演】小林薫、綾田俊樹、不破万作、松重豊、光石研 ほか
【ゲスト】美保純、谷村美月、柴田理恵、ベンガル、つみきみほ、オダギリジョー ほか
【原作】 安倍夜郎「深夜食堂」(小学館「ビッグコミックオリジナル」連載中)
【スタッフ】
企画:遠藤日登思、芝野昌之
プロデューサー:筒井竜平、小佐野保、石塚正悟、竹園元
監督:松岡錠司、山下敦弘、熊切和嘉、野本史生
脚本:真辺克彦、向井康介、荒井美早、小嶋健作
美術:原田満生
フードスタイリスト:飯島奈美
主題歌:高橋優「ヤキモチ」(ワーナーミュージック・ジャパン)
企画:アミューズ、MBS  制作:アミューズ映像製作部、ギークサイト
製作:「深夜食堂 3」製作委員会(アミューズ 小学館 東映 木下グループ ギークピクチュアズ MBS RKB)
(C) 2014安倍夜郎・小学館/「深夜食堂 3」製作委員会
映画「深夜食堂」2015年1月31日(土)より公開

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