TRADITIONAL STYLE

Vol.27 村田 諒太


Nov 12th, 2014

photo_shota matsumoto
styling_munekazu matsuno
text_maho honjo

2012年のロンドン五輪、「日本人には不可能」と言われていたボクシングのミドル級で金メダルを獲得、日本中を沸かせた村田諒太さん。
実は22歳で一度現役を引退、復帰したあとの返り咲き勝利でした。
何より驚くべきは、その栄光を捨ててプロへと転向、世界の頂上を目指す今の姿です。
そこで、プロ第5戦を終えてひと息ついた秋の日に、戦い続ける理由を語って頂きました。
「自分はヘタレ」と自覚する、日本で一番世界に近い男の“今の姿”を切り取ります。

体を鍛えると、心も強くなる

——プロに転向してから約1年が経ちました。9月には第5戦も終えて、今はどんな日々ですか?

村田 諒太 今日だけで答えるなら、心身ともに贅肉たっぷり。ボディもメンタルもシェイプされた状態ではないですね。ボクサーとしては、だらけてます、はい(笑)。

——それが、試合に向けたトレーニング期間となると、どんな風に変わるんですか?

村田 諒太 家族と離れてひとりになって、考えることがボクシングと自分自身のみにフォーカスされます。体が絞られて、心が研ぎ澄まされて、考え方が前向きになって、頭もどんどん冴えていきますね。

——体がシェイプされると、心も引き締まるのですか? そのふたつはリンクするんですね?

村田 諒太 千代の富士の引退会見の「体力の限界。気力もなくなり…」じゃないですけど、体と心はつながっていると思います。体力満ちれば気力も満ちるし、その反対も然り。ただ、体は365日万全ではないし、自分は特にメンタルが弱いので、そこをどれだけコントロールできるかはつねに課題です。

——メンタルコントロールのために、していることはありますか?

村田 諒太 心理学の本をたくさん読んだりして、自分の気持ちの波を俯瞰して見るようにしてますね。

ヘタレの自分に欠かせないのが“読書”

——相当量の本を読んでいるとお聞きして、失礼ながらイメージと違ったので、実は驚いたんです。

村田 諒太 本は…いいですよね。中毒ではないですけど、活字は好きなんです。

——最近読んで、おもしろかった本はありますか?

村田 諒太 『脳科学は人格を変えられるか?』(文藝春秋)は、すごくおもしろかったです。中でも、ある実験の話は興味深かったですね。それは、人が喜んだり笑ったりしている写真や、反対に怒ったり泣いたりしているという両極端の写真を、人間が判別できるかできないかぐらいの速さで、パッパッと画面に投影していくというもの。すると、ポジティブな人間は明るいシーンだけを追うし、ネガティブな人間は暗いシーンばかりを追うらしいんです。

——ええ! そうなんですか?

村田 諒太 要はポジティブな人間って、望まないものを無意識に遠ざける習性があるらしく。で、ネガティブな人間はその反対。実際、うつになりやすい人に意図的に明るいシーンを見せるという治療も始まっているとか。ということは、初めは意識してやっていたことが、いつのまにか無意識になって、最終的に性格に落とし込まれるということですよね。それって、すごいなぁ、と。

——確かにすごい話です。村田さんがメンタルに関する本をたくさん読むのはやっぱり…。

村田 諒太 ええ、ヘタレだからです。それは自分が一番よーくわかってますから。

ピンチをチャンスに変えられるようになった

——その、いわゆるヘタレな人間と、ポジティブな人間って、戦い方は違うものですか?

村田 諒太 性質による違いはあると思います。たとえば日本人と外国人が対戦すると、外国人は相手が少しでも反則すると大げさにリアクションするけど、日本人は我慢して戦うことを美徳としたりする。だからこそ日本という国は美しいんだと思うし、誇りに思っているけれど、競技の場合はもっと自己を表現したほうがいいのかなと思うこともあります。

——自分を分析すると、どんなところが強みだと思いますか?

村田 諒太 ひとつは、ネガティブな分、すごく練習するし、勉強するところ。もうひとつは、ネガティブをそれだけで終わらせないところ。KOで倒せず判定勝ちだった9月の第5戦も、周囲の批評はどうであれ、もう次の課題が見えたし、それをクリアしてさらに強くなると考えられる自分がいる。マイナスの事柄に対して対処法を明確にできて、プラスへの行動を起こせるのは、強みかなと。

——弱かったメンタルの筋肉を、そこまで鍛えることができたのは、なぜなんでしょう?

村田 諒太 勝てないという思い込みを外してくれた高校時代の恩師の存在や、引退、復帰を経て夢を追いかけた経験など、振り返れば多くの偶然が積み重なって今の自分がある。なので、一概には言えないんですけど…最近思うのは父親の存在なんですよね。

——お父様、ですか?

村田 諒太 今、ふたりの子供がいて自分も父親になったんですけど、やたらと抱っこをせがまれてひょいっと持ち上げたり、海で遊んでいるとき、喜ぶもんだから本当に飛ぶくらい“高い高い”をしたりとか(笑)。子育てをしていると、「これ、親父がオレにしてくれたことやん」と、父親が自分にかけてくれた愛情を思い出すんです。

——すごくいい話ですね。

村田 諒太 メンタルよわよわのヘタレやのにここまで来れたのは、そんな愛情の貯金かもしれないなと。

戦う理由は明確、人に賞賛されたいんです

——素朴な疑問なのですが、ボクサーとして村田さんは何と戦っているのですか?

村田 諒太 それ、答えに詰まる質問なんですよね。相手なのか、それとも自分なのか、もしくは金メダリストからプロに転向した自分のおかれた環境だったりするのか…。

——では、何のために戦っているのでしょう?

村田 諒太 それは明確で「勝って人に賞賛されたい」、それだけなんです。褒められるのであれば、ボクシングでなくてもいい。サッカー選手でも、はたまた研究者でもよかった。たまたまボクシングが得意だった僕にとって、それは人に認めてもらうためのツールなんです。

——ちょっと意外な答えです。

村田 諒太 さっきも触れたとおり、もっと自己表現や自己評価を大切にしたいのに、「それって他者評価が欲しいだけやん」と悩むこともあります。先ほどの、何と戦っているのかという質問に答えるならば、そんな自分の揺れる感情と戦ってるのかもしれないですね。

———では、勝つ人と負ける人の違いは? 何が勝負を分けるのでしょうか?

村田 諒太 間違いなく“運”ですね。先日の第5戦も、僕がもろにバテていたとき、相手の得意の左フックが何度か来ていました。ジャストミートしていたら結果は逆だったかもしれません。とはいえ「最後は運」というレベルまで勝ち進まなければ話にならないので、努力しないと運はついてこないけど、最終的には「運を使う人」が「勝つ人」だと思います。

洋服は、いたってシンプルです

——少し先ですが、2020年、東京オリンピックが決まりましたね。

村田 諒太 まずそれまでに世界チャンピオンになる。そしてもう一度、東京オリンピックに出る。個人的な思いを話せば、それが夢ですね。

——ええ! そ、それは!

村田 諒太 いや、ルール上、無理ですけどね。でも、叶うならばそうしたいぐらい、オリンピックって特別な大会なんですよ。なぜかというと、みんなが観戦するから。その競技のファンではない人も、オリンピックとなると応援するんです。

——確かに、ファンでもないのに卓球やカーリングまで観ている自分がいます…。

村田 諒太 その舞台が東京となれば、出たい気持ちがうずくのはあたりまえですよね。とはいえ自分はそのころ34歳。さすがに辞めていてもいい年齢なので、何らかの形でサポートしていたいと思ってます。

——さて、質問は変わりますが、村田さんの普段のファッションについて教えてください。

村田 諒太 うーん、ごくシンプルです。Tシャツ、シャツ、デニム…。ゴテゴテしているより、なんというかシュッとして見えるほうが好き、かな? 自分で買い物に行って、自分で選んでますよ。

——今日のネイビーのジャケットもすごくお似合いです。

村田 諒太 ジャケットも時々着ます。不思議なもので、気持ちが引き締まりますよね。ただ職業柄、肩幅や胸回りが異常に広くて、ウエスト周りとの差がすごいんですよ。試合を挟んでその都度体型が変わるのは、洋服を着こなすという意味ではちょっとややこしい。だからシンプルな服を選んでいるのかもしれません。

いつも過去の自分を上回っていたい

——では最後に。村田さんが世界のトップをめざすモチベーションって何ですか?

村田 諒太 過去の自分を上回って行きたいから、ですね。「ロンドン五輪の金メダリスト」という肩書きやプレッシャーを打ち破って、自分の新たなステイタスが欲しいんですよ。“金メダリスト”で、かつ“世界チャンピオン”なんていったら、それはもう自分しかいない。だから達成したいんです。

——純粋に自分のため、なんですね。

村田 諒太 うーん、単純に自己顕示欲です。だってボクシングを始めたのも、だれよりもケンカが強いと認めてほしかったから。今まで支えてくれた人たちや家族のためにがんばっているという気持ちはもちろんあるし、否定しません。でも原点は? ベースは? と聞かれたら、ガキのころの認めてもらいたい気持ちをもち続けたまま今に至る、それだけです、以上(笑)。

——以上、ですね!(笑)

村田 諒太 あ、以上じゃないです。こだわりがないのが僕のこだわりなんで、今後だれかに感化されて、考え方が変わることは大いにあり得るし、それはいいことだと思ってます。だからこのインタビューは2014年10月の僕の考えであって、未来永劫ではありません。これで以上、です!

今月のトラディショナル スタイル
村田 諒太

ミドル級プロボクサー。1986年生まれ、奈良県出身。帝拳ボクシングジム所属。中学時代にボクシングを始める。中学卒業後は、南京都高等学校(現:京都廣学館高等学校)、東洋大学に進学。北京オリンピック出場を逃し、一度現役を引退。その後、同大学職員として働く。2009年、現役復帰を果たし、2012年のロンドン五輪では、ボクシング競技上、日本選手としては48年ぶりとなる金メダルを獲得し、一躍注目を浴びる。2013年アマチュアからプロへと転向。2014年10月時点では、5戦5勝4KOの戦績を残す。

Vol.28 熊谷 和徳

Vol.26 小林 薫


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