ELECTION AND STYLE

トランプは女性にとっては恵みの悪役か?

COLUMN/佐久間裕美子の政治と女性


Nov 4th, 2016

Text_Yumiko Sakuma

アメリカの文化と政治を見つめる佐久間裕美子さんの「ELECTION AND STYLE」のコラム。今回のテーマは「政治と女性」。トランプ憎しを通り越し、フェミニストにとってはトランプの恵みの悪役になったのかもしれないとのこと。その真意やいかに。カルチャーの中に政治があり、政治の中にカルチャーがある。アメリカも徐々に変わりつつあります。

これほど「女性である」ということの意味を考えさせられた大統領選挙は、いまだかつてなかった。

そもそも二大政党の候補のひとりが女性であるということ自体が歴史上初めてなうえに、緑の党のジル・スタインも入れると、全4人の候補のうち2人が女性という珍しい展開になっている。

民主党のヒラリー・クリントン候補とドナルド・トランプ候補の間での戦いの醜さがたびたび取りざたされてきた今回の選挙で、潮目が確実に変わった瞬間のひとつに、特に「女性問題」がクローズアップされたのは、トランプ候補が「美しい女性を見るとすぐにキスしてしまう」「プッシー(女性器の俗称)もつかめる」などと発言したビデオの流出事件があった。そしてその事件によって、両陣営の脇を固める女性キャラクターたちのあまりに対象的なスタンスが浮き彫りになった。

トランプ家の女性たちが「プッシー・グラブ」を防御していると揶揄された写真とプッシー・ブラウス。 出典 net-a-porter.com

トランプ家側の反応としては、娘のイヴァンカが「父の発言は不適切」と言いながらも「謝罪してよかった」と一件落着を示唆する一方で、妻のメラニアは、上の発言は司会者のビリー・ブッシュに「導かれたもの」と擁護。余談だけれど、メラニアはビデオ流出直後のディベートに、「プッシー・ボウ」と呼ばれるタイプのブラウスを着て登場し、失笑を買った。トランプ陣営は、ワードローブの選択は意図的なものではなかったと。ちなみに襟元でリボンを結ぶこのタイプのブラウスを「プッシー・ボウ」と呼ぶのだということはこの件で知った。猫の首につけるリボンに起源があるとされ、1977年に刊行されてベストセラーになった「The Woman’s Dress for Success Book」という本のなかで、大企業で出世したいのであれば着るべきアイテムとして紹介されるなど、フェミニズム志向と結びついていた時代もあったけれど、そのルーツはいつしか忘れ去られ、その名前だけが残ったということも。

トランプ候補の発言に「it hurts (傷つく)」と声を震わせるミシェル・オバマ。 出典hillaryclinton.com

一方、民主党側の情勢たちは猛反発。現ファースト・レディのミシェル・オバマが、トランプ候補の名前を出さずに「この事件で、私自身も予想以上に芯から動揺している」と声を震わせ、女性としてこの件に関する感情を露わにしたスピーチは、世の女性たちから拍手喝采を浴びた。(渡辺葉さんによる日本語全文訳:http://watanabe-yo.sorairoan.com/?eid=30

エリザベス・ウォーレン上院議員「Nasty Women Vote」 出典elizabethwarren.com

また、マサチューセッツ州のエリザベス・ウォーレン上院議員は、10月19日の最後の討論会で、トランプ候補がクリントン候補のことを「ナスティ・ウーマン(汚らしい女性)」と呼んだことを受けて、「Nasty Women Vote」(ナスティな女性たちが投票する)」と怒りのスピーチをした。こうやって写真を並べてみると、両陣営まわりの女性たちのキャラクターの対照的なこと!

多くの女性を敵にまわした感のあるドナルド・トランプ候補だが、フェミニズムにとっては、恵みの悪役になったという意見も少なくない。下品な発言を「ロッカー・ルームでのおふざけ」と片付けようとしたところ、アスリートや男性たちからも反発を買い、「僕たちは違う」と表明する写真をソーシャル・メディアにアップする動きが拡散している。選挙以降のアメリカを想像するとき、アメリカと女性たちの関係が一歩前進していると思うのは楽観的すぎだろうか。

「ワイルド・フェミニスト」というT シャツとハッシュタグが登場した。 出典 oregonlive.com

佐久間裕美子

ニューヨーク在住ライター。1973年生まれ。東京育ち。慶應大学卒業後、イェール大学で修士号を取得。1998年からニューヨーク在住。出版社、通信社などを経て2003年に独立。政治家(アル・ゴア副大統領、ショーペン元スウェーデン首相)、作家(カズオ・イシグロ、ポール・オースター)、デザイナー(川久保玲、トム・フォード)、アーティスト(草間彌生、ジェフ・クーンズ、杉本博司)など、幅広いジャンルにわたり多数の著名人・クリエーターにインタビュー。著書に「ヒップな生活革命」(朝日出版社)、翻訳書に「世界を動かすプレゼン力」(NHK出版)、「テロリストの息子」(朝日出版社)。


NEWYORKER LOUNGE #1

アメリカの文化と社会とエトセトラ

〜佐久間裕美子と速水健朗のボクらの知りたいアメリカ大統領選 完結編〜

ニューヨーク大統領選レポート連載を終えた佐久間裕美子さんと速水健朗さんのおふたりによるトークイベントを開催することが緊急決定しました。今回の大統領選から見えてきたアメリカの文化と社会のこと。語り合うふたりを生でみることができる貴重な機会です。お楽しみに。

■開催概要
日時:2016年11月19日(土)18時〜21時(終了予定)
会場:Time Out Café & Diner http://www.timeoutcafe.jp/
東京都渋谷区東3-16-6 リキッドルーム 2F
入場料:無料(会場での飲食はキャッシュオンデリバリーとなります。)
出演:佐久間裕美子、速水建朗
お問い合わせ:株式会社ニューヨーカー お客様相談窓口
info@newyorker.co.jp

※ご予約は不要です。
 お飲物のほか、軽食等のご用意もありますのでお気軽にお越しください。

ご注意事項:会場で用意する席に限りがありますので、立ち見になる場合がございます。また、会場の収容人数に限りがありますので、混雑時に入場規制をする場合がございます。あらかじめご了承ください。

■NEWYORKER MAGAZINEの特別企画「佐久間裕美子と速水健朗のボクらの知りたいアメリカ大統領選」を読んでイベントに参加していただきますと、当日の対談をさらにお楽しみいただけます。

■トークイベントの最新情報は、NEWYORKER MAGAZINEのFacebookからもお届けいたします。

■出演者プロフィール

佐久間裕美子
ニューヨーク在住ライター。1973年生まれ。東京育ち。慶應大学卒業後、イェール大学で修士号を取得。1998年からニューヨーク在住。出版社、通信社などを経て2003年に独立。政治家(アル・ゴア副大統領、ショーペン元スウェーデン首相)、作家(カズオ・イシグロ、ポール・オースター)、デザイナー(川久保玲、トム・フォード)、アーティスト(草間彌生、ジェフ・クーンズ、杉本博司)など、幅広いジャンルにわたり多数の著名人・クリエーターにインタビュー。著書に「ヒップな生活革命」(朝日出版社)、翻訳書に「世界を動かすプレゼン力」(NHK出版)、「テロリストの息子」(朝日出版社)。

速水_健朗
編集者、ライター。1973年生まれ。メディア論、都市論、ショッピングモール研究、団地研究など専門領域は多岐にわたる。TOKYO FM「速水健朗のクロノス・フライデー」のメインパーソナリティ。著書『フード左翼とフード右翼 食で分断される日本人』(朝日新書)、『1995年』(ちくま新書)、『東京どこに住む 住所格差と人生格差』(朝日新書)、『東京β』(筑摩書房)など。

ニューヨークの人々と大統領選

ヒラリー vs トランプ討論会第三ラウンドを終えて。


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