ELECTION AND STYLE

ボクらの知りたいアメリカ大統領選

第二回 ミレニアル世代の大統領選。


Sep 30th, 2016

Text_Ito-soken
Photo_Norio Kidera

佐久間さんと速水さんの対話は今回の大統領選で脚光を浴びた登場人物のお話へ。ヒラリー、トランプ、サンダース…。市民運動や若い世代との関係はどうなのか?日本と比べてどうなのか?私たちが知っておきたい新しい社会と政治の関係性。ふたりの対話がまだまだ続きます。

ヒラリー・クリントンと小池百合子。

速水

ニューヨークの人たちがヒラリーや民主党を選ぶ理由って何なんですか?

佐久間

医療と教育、環境政策などですね。特に医療は、アクセスをよくしてほしいと思っている。でも、ビル・クリントン(※1)の時代からずっと医療を改革しようとしてきて、そして、オバマも医療改革を公約に掲げていたし、実際にやりました。実際に医療費はすごく高い。私なんかは月に500ドルぐらい払って保険に入っているのに、何か入ってないのとあんまり変わんないよねっていうぐらいベネフィットを感じないんですよ。自己負担は大きいし、病院や医者を選ぶ自由もきかない。

だから、保険会社の患者の差別を禁じたり、企業が従業員に保険を提供することを義務付けたり、といった方策で、民主党は何とか医療へのアクセスを良くしようとしているんだけど、共和党側の貧乏な人たちは「そんなこと政府に決められたくないわ!」って言ったりするんです。まあ問題はありつつ、でも彼らの医療へのアクセスは良くなるはずなのに、政府に決められたくない人たちがたくさんいる。オバマケアが起きたことによって、なんらかの方法で保険に入らてないと税金上でペナルティがかかることになったんですが、国にそんなことを言われたくないって反抗してる人たちが共和党サイドにいっぱいいて。

その文脈の中にも、トランプがここまで頑張れちゃった理由があるんですよ。共和党の執行部がその反発を読み違えて、政党政治も対象になっていることに気が付かなかった。でも、それでトランプがいいってなるのかはちょっとよくわからないんだけど(笑)。アウトサイダーのトランプのレトリックが、ずっと共和党内の戦いの中でも「あいつらエスタブリッシュメントはおまえらのことわかってない」っていう、敵を叩くことで強くなってきたんですよ。

速水

それは小池百合子を思い出しますよね。

佐久間

どの辺が?

速水

小池百合子が出てきた時、自民党の中で敵をうまく作った。都連という伏魔殿があって、そこには誰も知らない無名なんだけどすごい権力を持ったボスがいるという物語をつくった。小池百合子自身だって、自民党のエスタブリッシュメントだったことを感じさせないような構図作りに成功した。これはちょっとトランプに近いのかなって。

佐久間

敵を作るって、政治では効果的だなって今回はより強く思ったかな。

速水

小泉(純一郎)の時も「自民党をぶっ潰す」って登場した。政治って、敵と味方をはっきりさせること。特に政局を握るためには、一番いいタイミングでいい敵を作ることですよね。さらにいうと、敵はむしろ政党内にいることが多い。自民党も民主党も政党内は一枚岩じゃない。むしろちょっとしたタイミングや発言で、ポジションや注目が入れ替わっていくのが政治の面白さ。

佐久間

日本もそうだけど、アメリカでも急にガラっと空気感が変わることありますよ。

(※1)ビル・クリントン
1946年、アーカンソー生まれ。第42代アメリカ合衆国大統領(1993年〜2001年)。

バニー・サンダースおじいちゃんのかっこよさ。

速水

こっちから見ていて一番すごかったのがバニー・サンダース。おじいちゃんだし、花のある女性候補のヒラリーの相手になるわけないだろうと思ったら、ヒラリーを打ち負かしかねないくらいの大健闘でした。

佐久間

相当、いきましたよ。

速水

あれはムーブメントですよね。何が起こったんですか?

佐久間

政治に関心があるミレニアル世代(※2)にしたら、ヒラリーなんて汚れに汚れてるわけなんです。

速水

ウォール街の金融財閥とがっつり入り手を結んでいる感じ。

佐久間

そう。まみれてるわけですよね。だけど、彼女は彼女なりに信じることがあるんだろうし、例えば医療改革の問題とかマイノリティの貧困層の福祉の問題とかをすごく一生懸命やってきた。ただお金は相当持ってるし、明らかにエスタブリッシュメントなわけですよ。それが若いミレニアルの子たちからすると、もう汚くてしょうがなくて。一方、サンダースはそういうことを一切やって来なかった人だから。グレン・オブライエン(※3)が言ってましたけど、政治家っぽくないところにサンダースの強さがあって。ギンガムチェックのシャツを着ているとか、タイをしないとか。あれは左側の労働者階級と一緒に歩んできた人のイメージなんです。全然、かっこよくないのがかっこよくなっちゃったというか。

速水

うん、大統領候補のイメージとは違っていた。シャツがギンガムチェックって、日本のおじいちゃんは絶対に着ない。

佐久間

あと、本当に市民が「これ、おかしいよね。」って思っていることを、「これ、おかしいじゃん!」って言ってくれるみたいな存在だったと思う。今、バーニー支持者たちはものすごいがっかりしていて、「ヒラリーには死んでも入れたくない!」って言ってる人もいる。

速水

日本の都知事選で宇都宮健児(※4)が出てきた時、「日本のバーニー・サンダースだ!」って言われた。左派でおじいちゃんキャラってことでそう言いたくなる気持ちも、メディアの人間として分からなくはないけど、「かなり違うだろう。絶対、嘘。」って僕は思ってた(笑)。

佐久間

それは違いすぎるね(笑)。

(※2)ミレニアル世代
1980年から2000年までに生まれた世代。

(※3)グレン・オブライエン
アメリカ・オハイオ生まれ。著述家。ファッション、アート、カルチャーに造詣の深い。

(※4)宇都宮健児
1946年、愛媛県生まれ。弁護士。2013年、東京都知事選に出馬(落選)。2016年、東京都知事選に立候補を表明するものの、見送った。

ミレニアル世代の新しい社会運動。

速水

若者たちがウォール街に対して格差を訴えた“Occupy Wall Street”(※5)の時、全米のオーガニック農家から支援の食料が届いたという話がある。新しい会社を作ろうという流れが、学生から農家まで幅広く存在し、ネットワーク的に連携した運動だった。でも、日本で新しい社会運動が起こると、「こんなの新しくないよ」って感じになってしまう。「反〇〇」の運動を観に行くと結局「あの世代が中心なんだね」ということがわかってしまう。SEALDs(※6)についても、終始あれが新しい社会運動なのか、そうでないのかが議論されていた。逆に言えば、若いだけで珍しいっていうのが、社会運動の現場の感覚なんでしょうね。でも、バーニー・サンダースの支持者の新しさって明確だったと思うんですよ。宇都宮健児の周囲の運動は、どうしても新しくは見えなかった。

佐久間

うん(笑)。

速水

例えば、日本でもITベンチャーやソフトウェアエンジニアの中には、テクノロジーで社会を変えることが一番のモチベーションになっている人たちがいる。彼らの「革新」のイメージと「古い左翼」的な「革新」の間にはかなり断層があるのは間違いない。

佐久間

結局、今回の選挙は両方の執行部が自分たちの支持基盤が求めていることを読み違えていた。それは右派も左派もそう。そして、私は今回の大統領選にトランプがいたということは実はほとんど意味がないと思うんですよね、歴史を振り返った時に。具体的な政策のことをほとんど言わないし、ボキャブラリーは小学生並みで「あいつは嘘つき」みたいな感じのことしか言わない。

速水

とはいえ、その支持者は少なくないし、お利口さんすぎるものへの反動というトランプ的なものは、政治だけの問題ではないかも。

佐久間

“必要悪”みたいな部分はあるかもしれないけど、何かをもたらしたことはないと思う。一方でバーニー・サンダースは彼が現れたことで、ヒラリーもちょっと変わった。

速水

学生の話とかそれまで全然言ってなかったのに。中間層の復興という主張のトップ項目として、奨学金制度を変えるって言い出しましたよね。

佐久間

そうなんです。バーニーが言っていた高すぎる教育費のこととか、医療改革のこととか、本当に一番左派の人たちが求める改革みたいなことを、結局、ヒラリーもバーニーの影響力が大きくなったことで、彼の主張を取り込まざるを得なくなったことは良かったなあと思っています。だから今、バーニーの支持者はすごくがっかりしているけど、今後、ヒラリーが勝った時、バーニーを何らかのかたちで参加させる可能性はありますからね。バーニーの支持者の子たち、ミレニアル世代は消費者のブロックとしてものすごく大きいし、人口も多いし、無視できない存在になっているわけなので。だから、彼らの欲求みたいなものが、バーニーを通じて政治に反映されることがあるんじゃないと思っています。

速水

うん、なるほど。

(※5)“Occupy Wall Street”
2011年9月にニューヨークのウォール街で発生したアメリカの経済界や政界に対する抗議運動。経済格差解消を求め、富裕層への課税強化などを訴えた。

(※6)SEALDs
2015年5月から2016年8月まで活動した学生団体。安全保障関連法に反対する抗議デモなどを主催した。

(第三回に続く)


佐久間 裕美子

ニューヨーク在住ライター。1973年生まれ。東京育ち。慶應大学卒業後、イェール大学で修士号を取得。1998年からニューヨーク在住。出版社、通信社などを経て2003年に独立。政治家(アル・ゴア副大統領、ショーペン元スウェーデン首相)、作家(カズオ・イシグロ、ポール・オースター)、デザイナー(川久保玲、トム・フォード)、アーティスト(草間彌生、ジェフ・クーンズ、杉本博司)など、幅広いジャンルにわたり多数の著名人・クリエーターにインタビュー。著書に「ヒップな生活革命」(朝日出版社)、翻訳書に「世界を動かすプレゼン力」(NHK出版)、「テロリストの息子」(朝日出版社)。

速水 健朗

1973年生まれ。メディア論、都市論、ショッピングモール研究、団地研究など専門領域は多岐にわたる。TOKYO FM「速水健朗のクロノス・フライデー」のメインパーソナリティ。著書『フード左翼とフード右翼 食で分断される日本人』(朝日新書)、『1995年』(ちくま新書)など。

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