ELECTION AND STYLE
COLUMN/佐久間裕美子の政治とファッション
旅行で訪れるのではなく、暮らしてみて、はじめて見えてくることがあります。ニューヨーク在住のライター佐久間裕美子さんが大統領選真っ盛りの今だから思うこと。カルチャーの中に政治があり、政治の中にカルチャーがある。初回は”政治とファッション”。アメリカの文化を等身大で垣間見る集中連載スタートです。
速水健朗さんとの対談で「アメリカ人は、野球やTシャツに思想を表明するよね」という話をしたあと、友達ジェフが運営するロサンゼルスの古着屋「Lot, Stock and Barrel」で、
「Boycott Jane Fonda, America’s Traitor Bitch」
(ジェーン・フォンダをボイコットしろ、アメリカの裏切り者のビッチだ)
と書いてあるTシャツを見つけた。「貴重なものだけれど、着て歩くには勇気がいるね」と、ジェフが言う。
ジェーン・フォンダは70年代、積極的に反戦運動に参加していた。1972年にハノイを訪れた際に、ヴェトコンの兵士たちと一緒に高射砲の上に座って撮られた写真が大きく報じられて大炎上し、「ハノイ・ジェーン」というニックネームを与えられ、長いこと保守派から裏切り者扱いされたというエピソードがある。
ヴィンテージのTシャツは歴史の一部だ。私もよく軍モノの衣類やメッセージの入ったヴィンテージTシャツを身に着けているけれど、ヴィンテージが歴史の一部であることが好きなわけで、だからといって必ずしも米軍やメッセージをサポートする、というつもりもない。とはいえ今の、この大統領選挙まっさかりの政治色の強い世の中でこんなTシャツを着て歩いたら、リベラルから総スカンを食らうかもしれない。
ロスの古着屋で見つけたTシャツ。
アメリカ人は、自分の意見を表明するのが好きだ。ときどき「どんなに仲良くても、政治と宗教の話はしないほうがいい」という意見を耳にすることがあるけれど、私はことアメリカ人においては、そんなことはないと思っている。意見が違ってもあまり気にしない。言うだけ言ったあとはけろっとしている。ののしりあいがあったあとだってそうだ。前回の選挙であれだけ争っていたオバマ大統領とヒラリー・クリントン国務長官だって、今は長い間のベストフレンド同士みたいに振る舞っている。
けれど、今回の選挙は「ここまで言ってもいい」というレベルを、いままで以上に下げてしまった感がある。共和党の準備選挙では、テッド・クルーズとドナルド・トランプが嫁同士をけなしあっていた。ガキの喧嘩か、である。
今、トランプを応援する人たちが作っているTシャツを見ていて、心が痛くなることがある。最近見たものに書いてあった文句はこうだった。
表「Hillary Sucks, but not like Monica」
裏「Trump that Bitch」
Suckという動詞には、「ひどい」(動詞として使われる)という意味と、オーラル・セックスという意味をかけている。しかもクリントン大統領の不倫相手の一人として注目を浴びたモニカ・ルインスキーを引き合いに出して。あまりにも品がない。
けれど、このコラムを書くのにあたって、アメリカ全土を旅したときに撮った写真を見ていたら、Tシャツやキャップ、バンパーステッカーに書いてあるようなメッセージはだいたい品がないものなのだ、という気がしてきた。
モンタナ州のガススタンドで見つけたバンパーステッカーたち。
いやちょっと待てよ、そんなことはない。リベラルのメッセージはそこまできつくない気もしてきた。ニューヨークで最近見かけた環境系のバンパーステッカーは、信心深い共和党を揶揄しつつ、地球だって神さまが作ったんじゃないの、とかなりマイルド。
「The GOP vs God’s Green Earth」
(共和党 対 神が作った緑の地球)
いずれにせよ、今、大騒ぎしていることも、いつかは歴史の一部になるのだ。きっと「Trump that Bitch」Tシャツも。と一瞬思いかけてみたけれど、そんなことはないね。だってジェーン・フォンダTシャツが作られた頃作られていたTシャツは、ペラペラのトランプ・Tシャツよりよっぽどクオリティが高いから。