美人白書

Vol.33 青山有紀


May 27th, 2015

photo_ari takagi
text_noriko oba
edit_rhino inc.

京おばんざいと韓国家庭料理の人気店「青家」のオーナーシェフ、青山有紀さん。料理どころか食べることにも興味がなかったという意外な子供時代のこと、転機となった一大事、母からの強烈な言葉…etc.今の青山さんの考えや料理がどのように出来上がったのか、教えてもらいました。

幸せを巡らす料理人。青山有紀さんの美の秘訣

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“食”に囲まれた環境から逃げ出したかった

――青山さんは小さいころから食べることが好きだったのですか?

いえ、大人になるまで食には興味がありませんでした。実家が飲食店をしていて、料理をふるまうのが大好きな母は仕事が終わってからも知人に「ごはん食べた?」と言っては座らせて、いつも知らない人が家にいる環境も苦手で…。食べることを楽しいって思えなかったんです。「食事中まで食べものの話をしなくても」というくらい家での話題もいつも食のことばかり。

特殊な環境で育つと、一度は逃げ出したくなるというか、そういう食への抵抗感みたいなものはずっとありました。食べることにすら興味がなかったので、ましてや料理をしたいなんて思ったこともありませんでしたね。

――では、ほかに将来なりたいものがあったのでしょうか。

いや、これといってなくて。昔のことはあまり思い出せないくらい、若いときがまったく楽しくなかったんです。飲食店をやっていた親は多忙で、3人兄弟の真ん中ということもあり、あまり構ってもらえず褒めてもらうこともなく、今思えば歪んだ子でしたね(笑)。

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誰も信じられない! 野犬のような大荒れ時代

――そんなにも嫌がっていた食の道に進んだのはなぜですか?

学校を卒業してからは、化粧品の販売をしたり、エステティシャンをしたり、洋服のショップで働いたりと、いろいろな仕事を点々としていたのですが、あるとき、姉から連絡がきたんです。飲食店を始めたいから手伝ってほしいと言われて、一緒に働くことに。

ところが、お店のオープン直後に姉が乳がん、しかも末期だとわかり即入院。当時姉の代わりに料理ができる人もいなくて、それで、どこの専門学校にも行っていない、誰にも師事していない、修行経験もない私がキッチンに立たなくてはならなくなったのです。

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――自分の意志というよりは追いつめられた状況からだったんですね。

窮地に追い込まれて、いざつくり始めようとしたときに、これが不思議なのですが、今まで母がつくってくれた数々の料理の味を鮮明に思い出したんですよね。ゴールの味が見えた、というか。それで試行錯誤して何とか毎日を必死にやりすごしたら、ありがたいことにお客さんもたくさん来てくれました。ただ、お店が繁盛するころには私自身は精神的にも肉体的にもボロボロで。

一度全部を捨てて、今のお店と真逆の環境でやってみたいと「青家(あおや)」オープンの準備を始めました。駅から少し距離があって、広すぎず「あの人が来るからこれつくろう」って考えながらつくれるようなお店をつくりたい、と。闘病中の姉にも近所に住んでもらって、毎日料理を届けていました。姉が食べられるもの、食べて元気なれるものを提供することは今も変わらず「青家」の根本です。

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――――「青家」をオープンしたのはいくつのときですか?

31歳のときです。オープンの1年後に姉は亡くなりました。自分が姉の代わりに社長業を務められるとはとても思えず不安でしたが、「青家」を借りたときに7年定期で借りた姉の意志を潰してはならないと、この7年だけはやり続けようと決めました。

といっても、やっぱり30歳そこそこの女が社長というのは、なめられるんですよね。バカにされたり怖い人が来たり、さんざんで。嫌な思いをするたびに私の心もすさんで、そのころは「誰も助けてくれないし、誰も信じない」「みんな敵だ」とまるで野犬のような荒らくれようでした(笑)。

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ものごとには両面がある

――野犬ですか。今、目の前でにこやかにしている青山さんからは想像できませんね。

そんな張りつめた気持ちで、まともに睡眠もとらずに何年間も働いていたら案の定、倒れちゃって。ある朝起きたら、声が出ない、耳も聞こえない、匂いもわからない、味覚もダメになっていて、すべてが麻痺してしまったんです。病院に行っても原因不明で帰され、呆然としましたが、この機会にきちんと体と向き合おう、もっと勉強しようと薬膳を学ぶために「国立北京中医薬大学」の日本校へ通い始めました。このことは私にとって一大転機だったと思います。

――どのような変化があったのですか。

食べ物や食べ方に対する考え方はもちろん、生き方までも変わりました。

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――たとえば、どんなことでしょうか。

薬膳というと、固いイメージをもっている人も多いと思うんです。漢方薬の入ったおいしくないごはん…のような。全然違って、薬膳は生薬を使わなくてもできますし、旬を知って自然のもので健康になるという考えが基本。勉強すると、これまでいろいろな思い込みがあったことに気づかされました。私は冷え性だったので、体を冷やす食べ物は極力取らないように気をつけていたんです。トマトやナスなどの体を冷やすと言われている夏野菜類は特に。

でも、体を冷やす夏の食べものは、全てではないですが水分を生むので、適度に取ることで体を潤わす役目もあって。そういう食材を取らずに体に潤いがなくなると、体内に熱がこもって、胃熱も上がり、内臓のストレスから顔中にブツブツができてしまう、という悪循環が起きていたことがわかりました。「冷やす」という自分にとってマイナスの側面だけ見ていて、もう一方の「潤わす」という面が見えていない、そういう偏った食べ方がやがて体を悪くすることがわかりました。

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――その考えが生き方まで変えたということですか。

実際に薬膳の授業で生き方について学ぶということはないのですが、学んでいくうちに食べ方は生き方だとつくづく感じましたね。自分にとって悪いことが起きたときに、そのマイナスの面しか見えなかったのですが、そこには実は別の一面も潜んでいて、大きな流れで見たら起こるべき必要なことだと思えるようになったのです。

――「冷やす」と同時に「潤わす」があるように。

そう。さきほどの感覚が麻痺して倒れたときのことも、当時はこの先どうしようかと不安でたまりませんでしたが、あの一件があったから薬膳を本気で学ぼうと思えたし、生き方も変わった。薬膳の勉強がきっかけで念願の料理本まで出してもらえたんです。悲しいことや怒りが沸いてきたときに「でも、これって裏を返せば」と考えられるようになって、誰のことも何のことも否定せずに生きられるようになってすごく気持ちがラクになりましたし、実際に怒らなくなりましたね。野犬時代の終焉です。

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食べて、巡らせて、出す

――今、食に関してたくさんの情報があって、いったい何が体にいいのか迷ってしまうのですが…。

みなさん本当にいろいろな知識をもって食べていると思います。少し気になるのは、体に入れるものと同じくらい、体内から排泄することも大事にしているかなということ。「食べて、巡らせて、出す」までが食べるという行為だと思うんです。

下痢が続いていたら、体は冷えているかもしれないし、水毒が溜まっているかもしれない。逆に熱で水分が不足していると腸が乾燥し便秘になったりします。食べたものが気持ちよく出ない場合、食べ方や食べ物が体に合っていなかったかもしれない、と考えるくらいには、排泄にも気を配りたいですよね。人によって胃熱も違えば消化力にも差があるので、いいと言われる情報だけを鵜呑みにしないで、体と対話するのが大事だと思います。

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――青山さんは普段はどのようなものを食べているのですか。食べないようにしているものなどありますか。

全然ないです。ジャンクなものも食べますよ。もちろん旬の食材で自炊することが中心ですが、ポテチもグミも好きだし、友達と外食もよく行きます。「体に悪いものだ」と思ったら、本当に悪いものになってしまうけれど、「おいしい!」って気持ちよく食べれば、気持ちよく出ていってくれますよ。

――気持ちよく出て行ってくれるって、いいですね。

「これは悪いもの」「これは太る」と暗い気持ちで食べると、体も代謝できず悪いものになるんじゃないですかね。私も経験があるのですが、以前テレビ番組のレギュラーで1回の収録でものすごい量を食べなきゃいけなくて、そのときは「こんなにたくさん食べたら太っちゃう…」と心配で、帰ってから夜ごはんを抜いていましたが、まぁ見事に太りました。結局、お腹がいっぱいでも心が満たされていなかったのだと思います。

そこで作戦を変更して、収録後でも自分のために手料理をつくって食べるようにしたら、食べる量は増えているはずなのに、まったく太らなくなったんです。何を食べるかと同じくらい、どんな気持ちで食べるかも大切なこと。

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――食べる量が増えても太らないなんて、不思議なことがあるんですね。

どんな気持ちで食べるかは、消化にも影響しますから。レストランなどで怒られながら食べている子を見ると「あぁきっとあの子、食べたものを消化できていないだろうな」と胸が痛みます。夫と食事をしているときでも、何か言いたいことがあるときは、食事が終わるのを待ちますよ。消化し終わったかなくらいのタイミングで、「あのね」と切り出す(笑)。
食べ物に罪はないので。

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強烈な母からの言葉に目が覚める。

――楽しく喜んで食べることが消化にも大事なんですね。

そう思います。いろいろな情報を得て食のルールをたくさんもっている人もいますが、それが守れなかったときなどに自分を責めてしまうのは、どんなものを食べるより体に毒だと思いますね。私は、薬膳の「すべての食材に意味と効能があって、食べてはいけないものはひとつもない」という大らかな考えが好きです。

――料理をつくるときに、心がけていることはありますか?

料理を始めたときに姉に「ものをつくっている人は心を汚しちゃいけない」と言われたことは、大事にしています。料理には、野菜をつくった人、運ぶ人、そして調理をする人と、ひと皿に関わった人全部のエネルギーが入っているから、自分がどんな気持ちで料理しているかが、人の体に入ると思うと、まず心を整えるのが基本だと思っています。

スタッフのことも調理場では絶対に叱りません。人に叱られながらつくる料理ほどジメジメしたものってないですもんね。あと、同じくらい大事にしているというか、忘れたくても忘れられないのが母から言われた「そんな泣き言言うならお店やめなよ」という言葉。

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――今度は厳しい言葉ですね。

ですよね。私が病気で倒れたときに母に助けて欲しいと電話したら「これから旅行に行くから無理」と断られたことをずっと根に持っていて、治ってからも「ひどいよ!」と言い続けたんです。そうしたら「別にお店をやってなんてママは頼んでもないし、好きでやってるのにそんなことを言うならやめればいい」とバッサリ斬られました。強烈でしたね。

ぐうの音も出ませんでしたが、目が覚めました。それまでどこか義務感のようなものでやっていたのが初めて「お店辞めるなんて絶対に嫌だ、やりたい」という能動的な意志が芽生えて。今でも言われたときの衝撃とやめる想像をしたときの恐怖が残っていて、「お店に立てるだけで幸せ」と思います。

――さすがは母。いろいろなことを見抜いていたのでしょうか。

いや、単にうるさいな、と思ったのかもしれませんが(笑)、母にしか言えない言葉ですよね。

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自分を満たして、人も幸せに。

――ファッションについてもお聞きしたいのですが、普段はどんなスタイルが多いですか?

カジュアルなものもドレスで着飾るのも好きですし、特にこれといったスタイルに決めずいろいろな服を着ます。服も食材や器などと一緒で、どういう人がつくっているか知っていると、安心感もあって着ていて楽しいので、友人のブランドのものや直接知らなくても好きだなと思うデザイナーの服を着ることが多いですね。

――青山さんが思う美しい人とはどんな人でしょうか。

自分を大切にしている人。この人と会うと元気が出ると感じる人って、きちんと自分を満たしていて、そこからこぼれたパワーで人を感動させたり、癒したり、幸せな気持ちにしているように思います。「私のことはいいから」と自分を後回しにして、人のために行動してもどこかで無理が出てしまうのは自分が倒れてみてわかったこと。

自分を犠牲にしてる人に「あなたのためだから」といろいろしてもらったとしても、元気になるどころか逆に疲れませんか? 自分を満たしてもなおあふれ出るほどの幸せパワーで誰かを元気にしている人が素敵だと思います。

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――プライベートの時間でいちばんの楽しみは何ですか?

愛猫との時間です。時間があるときは朝晩半身浴をするのが長年の習慣で、そこに猫がやってきてバスタブにいる私とじぃっと何十分も見つめ合うのが至福のとき(笑)。あとは猫を飼っている友人たちと“猫宴会”をするのが楽しいですね。

――猫宴会とは何ですか?

猫を飼っている友だちの家を順番に巡って、その家の猫を愛でるという会です(笑)。手づくりの料理を並べて、順番に猫を膝に乗っけて撫でながら、近況を話したり。穏やかな時間です。

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――猫の話、声がワントーンあがりましたね。最後に料理が上手になる秘訣を教えてください。

心を込めてつくることに尽きると思います。料理は循環なので、心を込めてつくったものを食べた人がおいしいって言ってくれて、それがうれしくてまたつくって、と上手になっていくんじゃないかな。私もお客さんが「嫌なことがあったけど、食べて元気になった」「青家に通って体調がよくなった」と言ってくれたり、手紙に書いてくれたりする言葉をエネルギーに前進してきたんだと思います。


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最後に青山有紀さんから
“美しくなるためのメッセージ”

思いを込めてつくった料理は、食べた人の細胞の記憶になるのだと思います。子どものときは全然わからなかったのですが、大人になって母が毎日つくってくれた料理を思い出したときに初めて「大事にされていたんだ」「私は母の大切な子だったんだ」と思えて、すごくうれしかった。そして、そのことが「私も料理で人を元気にできる」という自信にもつながっています。

今月の美人
青山有紀

中目黒にある京おばんざいと韓国家庭料理のお店「青家」、京甘味とクッキーなどお持たせのお店「青家のとなり」代表、オーナーシェフ。京都出身。大学卒業後、美容業界を経て2005年に『青家』を中目黒にオープン。2010年に国立北京中医薬大学日本校を卒業し、国際中医薬膳師資格を取得。2011年4月、新店『青家のとなり』をオープン。テレビや雑誌などで活躍。著書に『新版 薬膳で楽しむ毒出しごはん』(マイナビ)『はじめてのおばんざい』(宝島社)『青山有紀の幸せ和食レシピ』(日東書院本社)など多数。

Vol.34 仲宗根梨乃

Vol.32 平林奈緒美


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