Vol.51 トラッドな春夏スーツ服地の知識を蓄えれば仕事も快適にこなせる。
サマースーツの定番服地となるウールトロについて、ニューヨーカーのチーフデザイナーの声と共にその特徴を予習。今シーズンのス...
NEWYORK LIVES
服飾の進路に進むことが猛反対だった親の目を盗むようにして、「英語を勉強します。」と説得し、留学の許しをもらい、一人暮らしを始めた場所がニューヨークだった。右も左もわからない、知り合いも全くいない、日本の田舎の高校を卒業した若干18歳の私は、もちろん充分に英語がしゃべれるわけでもない。
当時まだインターネットも今のように普及しておらず、本やフリーペーパー、人を通じて情報を得るのが普通の時代だった。日系の不動産屋で紹介してもらい、クイーンズのアストリアにルームシェア月々345ドルの部屋を見つけて即入居。ポーランド人のおばさんが大部屋の持ち主で、値段に見合う小さな部屋のひとつが私の住処となった。服飾の勉強がしたいと思っている程度しかルームメイトの彼女に伝えられる事がなかったが、いつも私のつたないコミュニケーションを受け止めてくれて、不思議と落ち込んで部屋から出られない気分の時に限って「Yoshiyo!」と呼び出してくれる、程よい距離感の温かい人だった。
住んでいた家の共有スペース
家の近く
思い返しても、誰一人知人のいない環境で生活が根付く経験をしたのはこのときが最初で最後だったと思う。時が経つにつれて友人と呼べる人ができ、景色が見慣れたものになってゆく。言葉にもいつしか慣れ、生活が日常となってゆく。
ルームメイトがロングアイランドのビーチへドライブしてくれた日
ファッションの仕事につきたいと話したことを繋いでくれた知人のおかげで、その後何年もお世話になる、尊敬するデザイナーのもとにインターンとして働き始めたのもこの時である。資材の買い出しや、サンプル生地のカッティング、電話番から生地屋・縫製工場に出向くことも。どんな小さなことでも手伝わせてもらえた事がとてもうれしかった。何の術も持ち合わせていない自分だったので、何か少しでもできることを見つけて動くことが、働くよろこびをもらえた精一杯のつたないお返しのつもりだった。メンソールのタバコを買う御使いですらドキドキする無垢なティーンネイジャーだった故、ファッションショーやオープニングに連れて行ってもらった新鮮な気持ちや、当時まだアンダーグラウンド感が残るシーンにいたドラッグクイーンや、ナン・ゴールディンの写真をギャラリーで見た時の衝撃は今でもはっきりと覚えている。計画というものを立てきれずに渡米した私の毎日は、そのままの通り、うれしさも戸惑いも落胆も希望も、頭で考えるよりも遥かに計画外、想像もつかない気持ちの揺さぶりとなって心に響く日々だった。
クイーンズの最寄駅
帰国を決めた日のことは、はっきり覚えていない。ただこれ以上いたらずっと住みたくなるだろうなという予感を持っていたことは確かで、でも、その気持ちを上回って、両親のサポートで生活をさせてもらっている事が苦しくて仕方なくなってしまった。初めて一人暮らしをして物理的にも精神的にも、親のありがたみを一番感じたタイミングだったように思う。ルームメイトや出会った友人と別れる事や、インターンとしての仕事を離れる寂しさよりも、その収集つかない思いを抱えて生活をする事が辛くなる中、覆い被さるように祖母から帰ってきて欲しいと電話をもらうようになり、最終的に日本で働いて自立しようと思い立った。帰国後すぐ9.11が起こり、祖母も同年に他界し、結果的には不思議と日本に引き寄せられたようだった。
アップステイトへ一人ふらりと出かけたOne day Trip
帰国してから15年が経ち、その間何度もNYに行く機会を持った。ショートステイで向かうNYは、住んでいた頃の感覚とはやっぱり違う。それは年齢によるものなのか、滞在の形が違うからなのか。今の方がうんと遊び方を知っているし、行きたい場所に行く術を持っている気がするのに、当時の、いろんな小さなことにつまずいていた自分を思い出すと、とてつもなく愛おしく、その時の感情がわきあがってくる。
Designer
阿部好世
新潟県小千谷市出身。 単身渡米後、帰国し、2005年WEBショップ『petite robe noire(プティローブノアー)を開設。2009年に自身のブランドをスタート。「古いものと新しいものをつなぐ」というコンセプトのもと日本の職人技術を活かしたものづくりを行う。2011年『YOSHIYO』のジュエリーライン(silver x cotton pearl)を発表し現在はDOVER STREET MARKET GINZAにてエクスクルーシブラインを展開している。2015AWより『YOSHIYO』のウェアコレクション2016SSより本物の素材を使用した新たなジュエリーラインを発表。https://www.instagram.com/petiterobenoire_official/
篠木清高「挫折と失敗があったからこそ今がある」
本田ゆか 「初めてのニューヨーク、そこでミュージシャンへの新しい扉が開いた。」