自分を見つめ、日々おしゃれを磨く。
大草直子さんの美の秘訣
制服から学んだファッションのこと。
――ファッションのことで覚えているいちばん最初の記憶は何でしょうか?
小学校の制服ですね。ネイビーと白の制服で、靴もランドセルも黒という超ストイックな色合わせで、ドがつくほどのトラッドスタイル。きっと、これが私のファッションの原体験です。
母もベーシック好きだったので、幼いころに買ってもらう服もグレーやネイビー、ベージュがメインでまれに赤、といったごく限られた色数とシンプルな服で過ごしていました。キャラクターものを着せてもらった記憶も、着たいと思ったことも皆無ですね。
――学生時代はどんなファッションを?
高校のころはアメリカントラッドカジュアル全盛期だったので、私もハマりましたし、アメリカ留学したことで、さらにアメカジに傾倒していきました。同級生のなかにはフレンチカジュアル方面に行く人もいましたが、私は小花柄などパリっぽい要素には一切目もくれず…。
――はっきりとした好みがあったんですね。
ですが、大学で雑誌『ヴァンテーヌ』に出会って大きくファッションの価値観が変わったんです。ミラノのおしゃれに学ぶシックで立体的なスタイリングや、シルクやカシミヤなど素材の奥深さに触れ、繊細さと細やかな計算のあるコーディネートにどんどん惹かれていきました。
今着ている服には、過去の人生が詰まっている。
――そして、大学卒業後はその『ヴァンテーヌ』編集部へ就職するわけですが、大草さんは小さいころから編集者になりたかったのですか?
先日中学校時代の友人が卒業アルバムを持ってきてくれたのですが、そこにははっきりと「将来の夢は編集者」と書いてありましたね。私は覚えていなかったのですが。
――編集部に入ってから今に至るまで、キャリアやファッションの大きな転機について教えてください。
これはみなさんに当てはまりますが、“今着ている服”は、その人が見てきた風景や体験など、人生で積み重ねたものが必ず入っています。決して今だけの感性で選んでいるわけではないんですね。ですから、キャリアの転機とファッションの転機はけっこうリンクしているんですよ。
まず最初はやはり『ヴァンテーヌ』に就職したこと。最初の上司である当時の編集長から、社会人として働き、編集部の名刺をもって仕事をするということはどういうことか。それにふさわしい日々の服とは、服装とは名刺であり礼儀であることを、私の認識の甘さも含めて教わりました。このときに刻まれたことは、今でもおしゃれの軸となっています。次の転機は27歳かな。
――スタイリストとしてフリーランスになったときですね。
サルサにハマったことをきっかけに、会社を辞めて南米にしばらく滞在したのですが、この体験は、仕事とファッション両方に大きな影響があったと思う。『ヴァンテーヌ』時代に身につけた、計算された知的なスタイリングから一転、キューバの女性たちから学んだのは「女であることを楽しまなきゃ!」といった開放感に満ちたおしゃれ。それがすごく素敵で、刺激的で。
私のスタイリングで「シャツのボタンをもうひとつはずす」、「日焼けした肌で着る」などの提案があるのも、このときの体験が関係していて、セクシーさやエスニック的な要素をどうしても入れたくなってしまうんでしょうね。
自分の強みを生かして、80歳まで働く!
――帰国後フリーランスになり、環境はガラリと変わりましたか?
それはもう。洋服の貸し出しに行っても、スタッフの対応は以前と全く違いましたし、これまで自分がどれだけ守られた環境にいたかを痛感しました。でも、相手の立場になって考えれば、駆け出しのフリーランスに高価な洋服を貸し出したとして、管理は大丈夫だろうか、紛失したときの保障は?など不安になるのも当たり前ですよね。
その分、肩書きが変わっても全く態度の変わらなかった人のありがたさも身にしみましたし、彼らとは今でも深い付き合いがあります。その後、28歳で出産、31歳でシングルマザーになったことも大きかったですね。あ、転機の話多すぎます?大丈夫?(笑)
――ぜひ続きを。
この先ずっと仕事をしていくと覚悟が出来たのは、シングルマザーになったとき。明確なビジネスプランを立てて、お金を稼ぐということをシビアに、リアルにきちんと考えました。そのときの覚悟は再婚した今も続いていて、私、この先80歳まで働かないと家のローンも返せないので、毎日必死です。
――80歳!
時々人から「楽しそうですよね」と言われますが、楽しいのも事実ですが命がけでもあります。フリーランスとして自分のビジネスをどう築くかは常に考えていますし、仕事がなくならないということは、イコール人から支持され続けることでもあるので、私の強みは何だろうと常に見直し、更新する作業は欠かさず行います。なんてったって80歳ですから。
――その後『DRESS』のファッションディレクターを経て、現在はWEBマガジン『mi-mollet(ミモレ)』の編集長に。
『DRESS』の立ち上げに関れたことは、大きかったですね。ファッションディレクターという肩書きをいただいて、自分のページさえかっこよくつくれば問題ないという、虫の目で仕事をしていたところから、鳥の眼をもって俯瞰で全体を見て、モノづくりをすることを覚えられた。ここを経たから、今の編集長という仕事に取り組めています。
――『ミモレ』の編集長として、大草さんが編集部でスタッフによく言う言葉はありますか?
「読者の近くにいてください」ということはよく言いますね。ファッション誌の編集者は、これまで長らく読者からいちばん遠いところにいた気がします。読者と直接対話をすることもなく、たとえるなら、編集者の前には常に“御簾”がかかっている状態。そして、その御簾は決して開けないという暗黙のルールがあったような。
そうすると、ファッションは妄想になっていきます。もちろん、リアリティとはかけ離れた妄想の世界を見せる素敵さもあるとは思います。ただ、私のよさはそこではないと思いますし、「リアルであること」がコンセプトの『ミモレ』では、その御簾を取っ払う企画やイベントを積極的に行っています。イベントは年間30回くらいでしょうか。そうやって頻繁にお客様と直接会っていると、絵空事の企画なんてつくれないんですよ。顔が浮かぶので。
「似合う服がわからない」理由。
――大草さんから見て残念だな、惜しいなと思う人のファッションについて教えてください。
その人がいくつかにもよるのですが、もしも30代以上で「自分に似合う服がわからない」人がいたら、それは「サボってきたでしょ?」と言いたい。サボるというのは、自分を見ること、自分を認めるということに対して。これが20代だったら同じことは言いません。
――年代によって違うんですね。
そう思います。20代は大いに悩んでいいし、年代的にも“モテ”など他人の目を強く意識する時期でもあるし、客観的な目を気にするっておしゃれをするうえですごく大事なこと。ただ、30代になったら「私はこれ」っていう自分のスタイルがあって欲しいですね。
――40代はどうでしょう?
40代はすごく難しいんですよね…。陥りがちなパターンとしては2つあって。迫力がついて怖くなっていく人と、いつまでも若さにしがみついているちょっと不気味な人。
――そうなってしまったら、またはそうならないためにはどうしたら……?
迫力というのは、意識していなくても勝手に身についてしまうし、やはり怖さいうのは、女性にとっては敵だと思うんです。対策として、40代になったらもう一度“男の人の目”を意識することが大事なんじゃないかな。上司や同僚、パートナーから「なんか今日こわいよ」って言われたら、怒らずに素直に聞いてみる。ここで気がついて戻さないと、「怖すぎてもう誰もつっこめない」っていう次の段階にいっちゃうから。
若さにしがみついている人は、ファッションを見ればすぐにわかりますよね。たとえば40代後半でも30代に見える服を着ている人なら、「彼女の人生のピークは30代だったんだな」とわかりますし、さきほども言いましたが、今着ている服には、おのずとその人の人生観が現れているんです。ただ、40代はファッション的にも難しいこともあって、30代で築き上げた土台を一度壊すという作業も必要だと思っています。
おしゃれは鍛錬。1日だっておろそかにしたくない。
――せっかくできた土台をなぜ壊す必要が?
30代と40代の間には分厚い壁があって、顔つきも体つきも大きく変わるんですね。自分という素材が変わっているのに、同じ服を着続けて似合うはずがありません。私も30代のときはずっと、カシミヤのグレーのVネックニットにボーイフレンドデニム、靴はバレエシューズという定番スタイルがあったのですが、あるとき愕然とするほど似合っていないことに気がついたんです。
――気付いて、どうしましたか?
ニットはグレーの明度を上げて、デニムはストレートに、靴はポインテッドのパンプスに、と丸くなった体型や今の自分の顔色、顔つきに似合うものを選び直しました。パンツのサイズも9号から11号に変えて。
――サイズも変えたんですね。
そう。体重は変わらなくても、肉付きが変わるので、きれいに履くためにはサイズアップが必要な場合もあります。ショップの方と話していると、多くのお客様はサイズをあげることに抵抗があって、「入るから大丈夫!!」って言うようですが。
――その気持ちはわかります!
いや、押し込んで「入った入った!」って、荷物じゃないんだからさ(笑)。誰も他人が何号のパンツを履いているかなんて気にしないよね。それよりも美しいシルエットで履くほうが大事。40代でそのあたりをきちんと見直したか、立て直したかというのは、その先のおしゃれが全然違ってくると思いますよ。おしゃれの土台ができたからといって放置せず、常に自分を客観的に見ることが大事です。
――客観的に見るとは、鏡の前に立つなどですか?
鏡はね、無意識に自分がよく見える角度を選んでしまうので、あまりおすすめできません。友達やパートナーに写真を撮ってもらうといいですよ。写真は、こわいくらい如実(笑)。私はSNSやブログで写真を撮るようになって、見直す機会が増えました。「40代になったらファッションをもう一度見直しましょう、サイズ感大丈夫ですか」というのは、『ミモレ』でも大々的に行っています。
――日々の観察が大事なんですね。
おしゃれは訓練だから、鍛えたら絶対に誰でもできるようになるんです。洋服という共通言語を使って、最初はボディランゲージだったのが、文法がわかってきて、だんだん他人とコミュニケーションが取れていくような、自己表現の“ツール”になっていきます。だからこそ、1日たりともおろそかにしてはいけない、毎日磨いて磨いて死ぬ前がいちばんおしゃれだったら最高ですね。
最後に大草直子さんから
“美しくなるためのメッセージ”
ファッションは、その人の過去や今の情報が集積されたツール。ツールの精度をあげるには、日々鍛錬あるのみ。ただ、磨くことと服を増やすことは同義ではありません。「そこそこ似合う服」を増やして「そこそこな人」になるよりも、少ないワードローブでも「すべてがとびっきり似合っている」なら、その人は毎日「とびっきりおしゃれな人」になる。ツールとしてのおしゃれを磨くとは、すべての服を自分のとびっきりにする。そういうことだと思います。