TRADITIONAL STYLE

Vol.19 小暮徹


Mar 12th, 2014

Photo_Shota Matsumoto
Text_Noriko Oba

雑誌や広告の商業写真の第一線で活躍し、資生堂『TSUBAKI』やマンダム『ギャッツビ―』のCF作品も手掛ける写真家の小暮徹さん。仕事も自分自身も「カジュアル」に「自由」でいたいと語るその姿は、少年に見えたり、まるで仙人のようにも見えたり。お会いしたのは、大雪に見舞われた翌日の極寒日。都内の小暮さんの自宅兼スタジオにて、薪ストーブにあたりながらお話をお伺いしました。

通知表に書かれた「協調性◎」が今も武器

ー 小暮さんは小さいころ、どんな少年だったのですか?

小暮徹 自分じゃ分からないな。高校の同窓会なんか行くと「飄々としてた」って言われますけど。それは小さいころから変わらないかもしれない。自分ではかたまりからちょっと外れたところにいたと思っていたけど、通知表の先生からのコメントには「協調性があります」と書かれていたな。もしかしたら、これが今も俺の武器かもしれないね。

ー “俺が前に出たい”ってタイプじゃなかったということですか?

小暮徹 全然ない。5歳くらいのときだったかなぁ、漠然と察しちゃったの。団体のなかにいて「自分はだいたい中の上くらいがいいとこだな」と。いちばん前に出て表現するとかそういう才能はないって思ってたんだよね。そういうところが飄々と見えたのかもしれない。今でも”自分の個性を生かして”とか言ってる人を見ると、何言ってんだって思うよ、所詮父親と母親のコピーなのに、って。

ー ずいぶんと冷静な……

小暮徹 あまのじゃくなだけですよ。子どものころから今でもずっと。自分のあまのじゃくさに苦しんでるよ。大人げないよね。

ー 大学では、日本画を専攻していますが、その後写真家を目指したのですか?

小暮徹 20代前半のころは映画を撮りたかったんです。なにしろヌーヴェルヴァーグを見て育ったおじいちゃんですから。若いころにその熱を目いっぱい浴びちゃって、症状が出ちゃったね。今でもそこから出ていけないので困ってますよ。伝統がない映像という新しいジャンルをおもしろいと感じたんです。それは書家だった父親へのささやかな抵抗だったのかもしれない。

ー 実際に映画を撮ったのですか?

小暮徹 22、3のころかな。記録映画を撮ったのだけど、でき上がったものを見たら、本当に才能がないんだよね。

ー そのあと’72年に渡仏することに。

小暮徹 結婚して3年目でしたね。パリでは、楽しい貧乏生活でした。そこでカメラマンのアシスタントをすることになって、自分でもスナップ写真を撮ったりして。

ー パリでカメラマンになろうと決めたのですか。

小暮徹 なろうと決めた……うーん、できたらなりたいなという感じ。なれたらおもしろいな、で。29歳で日本に帰ってきて少しずつ雑誌や広告の仕事をするようになって。

「Be Casual」

ー 帰国してからは、『流行通信』などの仕事が始まりますね。

小暮徹 パブリックな写真はおもしろいなと思いました。知り合いが立ち寄って作品を見て帰るギャラリーでの個展とは違って、だれが見るとか何人の人が見るとかの想定なしで、だれの目に触れるか分からない、そういうおもしろさがあるなと思いました。

ー それで仕事もどんどん広がっていくんですね。

小暮徹 そうですね。自分の考えが写真のなかにあるとすると、それがどこの誰に当たるかわからない、乱射状態、そういう高揚感があった。

ー そのころから40年近く経ちますが、小暮さんのなかで変わらないことって何でしょうか?

小暮徹 仕事も自分もカジュアルでいたいと思うこと。それは自由でいるってことにもつながるんだけど。今、いろいろな映像や写真を見ていて、もう少しカジュアルにものを見た方がいいよって思う。例えば飲料系の広告の映像を撮るとして、缶とか瓶がしぶきを散らしながら飛んできて、光があたってパシーンとかっこいい、みたいな絵に対して全然興味がないんです。

そういう頂点とかエクスタシーを求めて、ヒエラルキーをつくるような撮り手のメッセージに惹かれないんですよ。Be Casual。さっきの広告を例に取れば、飛んできた缶を取り損ねた人物のがっかりとした表情のほうが魅力を感じるなぁ。

ー 笑。そうですね。小暮さんがおっしゃると説得力あります。

小暮徹 よく写真を撮るのがそんなに好きだったんですかって聞かれることがあるけど、そうでもないよ。どのカメラマンよりもそうでもないかもね。カメラもよくあげちゃうし。

そろそろちゃんとアマチュアになろうかと

ー 先ほど、小さいころは、俺が前に出るってタイプじゃなかったとおっしゃっていましたが、それは今も、仕事でもそうですか。

小暮徹 俺がこれ撮りたいじゃなくて、こういう風に提案しますってスタンス。よく言うんだけど、プロの写真家の仕事って上の句をもらって下の句をひねり出して唄うようなことなんじゃないかって。

クライアントなり代理店なり出版社からこういう商品があって、このように売りたい、訴えたい、という上の句をいただいて、それだったらこういうアプローチはどうでしょう、と。自分のアイディアもあるし、考え方もあるけど、まずは上の句をじっくり聞く。それでこんな下の句はどうですか、とコンセンサスを取っていく。

ー ひとつの唄をつくるように作品ができあがるんですね。

小暮徹 今ほどカロリーオフの飲料が世の中に出回っていなかったころ、飲料水で “ダイエット” のイメージを初めて世の中に出すときもそうでした。ただ痩せていくというストーリーでは、そこには明日は見えない。ダイエットをするって何だろうって考えていくと、活動的になるとか、ダンスのキレがよくなるとか、そういうことなんじゃないかと提案しました。そういう風にコンセンサスを取っていくのは好きなんです。通知表に書かれていた『小暮君は協調性がありますね』の部分が生きてる(笑)。

でも、今は、そこまで意見を言わせてもらえないことも増えたね。下の句のほとんどもクライアントがつくっちゃって、〆のひとことだけ詠む、みたいなね。下の句領有権を侵害されてるんだ。

ー どんどん規制されているんですね。

小暮徹 だから、そろそろちゃんとアマチュアになろうかなと思ってます。アマチュアだったら、上の句も下の句も両方できるから。逆に言うと、上の句をつくってくれる人がいない大変さもあるけれど。自分の考えを撮ること、それをリアライズするテクニックも必要。何より上の句、下の句を両方つくるモチベーションをもち続けるのもけっこうなエネルギーだよ。でもきっとひとりだったら気楽にできるよね。仕事も減ったから時間もある。

ー それは、ぜひ見てみたいです。

小暮徹 今までは避けていたんですよね。上の句から自分でやる才能がないのが分かったんで。でもアマチュアだったらいいじゃない。素人のシンガーソングライターみたいでいいよね。自分で曲つくって歌って、俺最高だよね、って悦に入っててかわいいよ。

ー テーマも自分で決めるとしたら、何を撮るのでしょうか。

小暮徹 ……教えない。だって日本カメラとかアサヒカメラとかの写真コンテストに応募するんだから。うまくいけば佳作くらい取れないかな。審査員の意識よりずっと高いところにもっていって、あ、そしたら落選か。

かわいいとかきれいじゃなく“おー”っていう写真

ー ところで、小暮さんが女性を撮るとき、どうやったらきれいに撮れる、のようなコツはあるのでしょうか。

小暮徹 ライティングがきれいだとかはあるかもしれないけど、きれいな顔を撮るとかあまり考えてないよ。女の人のきれいなんて、だれかの決めた基準があって、そこに当てはまるからきれいだなって思うだけの話。そんなの時代とか流行であっという間に変わるよ。平安時代にはあんなに眉と目が離れている人をきれいって思ってたんだからね。そんな枠に入ることにはあまり興味がないな。

ー では、どういう表情を撮れたときにうれしさを感じるのですか?

小暮徹 かわいらしい、かな。いや、それも違うな。やっぱりインパクトのあるものじゃないですか。 “きれいだね” とか “かわいい” とかじゃなくて “おー” っていうのがいい。たとえば、顎がコンプレックスでいつも隠してる人がふとしたときに顎を出したとして、ここが利点だよねって思って撮ると、ハッとするんですよ。 “かわいらしいな” って気持ちが沸いてくる。かわいいとかきれいとかの基準では測れない、インパクト。

容姿を取っても生まれながらに人は不平等だと思うけれど、どんな女性にも “へぇ” って心を動かされる表情やアングルは3つくらいあるよ。

ー そういう表情を撮るには時間がかかりそうですよね。

小暮徹 本当にいやな商売だと思いますよ。会って数時間しか経ってないのに “笑って” なんてね。言われた方だって失礼しちゃいますよ。でも、写真のなかの人が “嘘笑い” をしているのか “少しでも心を開いてくれて笑っている” のか “こっちに心は閉ざしてるけど大笑いしてるのか” は、やっぱり見ている人に伝わっちゃうと思うんです。

写真にはそういう伝達力がある。伝えたいこと、狙っていることは伝わると思っているから今もまだ撮りたいと思うんだろうね。

ー それは、写真を勉強したとかではなく誰にでも分かるものなんですね。

小暮徹 それをすごく感じたのは、昔チェッカーズが売れ出したときに、青山の高校に通っているファンの子が定期入れのなかに入れているフミヤの写真を見せてくれたことがあって。その写真が、モノクロで小さい新聞の切り抜きなの。女子高生は「これがかわいいの!」って言うんだよね。それを聞いて俺は「これだよなぁ写真は、これこれ!」って思ったんだ。

エイトバイテン(※20cm×25cmほどの大きなフィルムを使う大判カメラ)でカチっと撮って、クオリティもすごく高くて……って写真はそんなことじゃないんだよね。写真そのものの伝達力だよ。

ー そういう話は同業者の方としたりするんですか?

小暮徹 カメラマン同士でよく集まっていたときに「こんなに会うんだったら、どこかでまとまって写真展をしようか」という話になったことがあったんです。そこで、写ルンですのようなカメラで一発勝負で撮ったものを並べるなら、俺は参戦するよって言ったんです。さきほどの伝達力の話で言うと、いちばん簡易なカメラで撮るのがいちばん分かりやすいんじゃないのって。クオリティ云々じゃなくて、何を撮るかだけ。「いや……俺はちょっと……」って言ったのが3分の2くらいはいたね。

着ることに興味はあるけれど、10年くらい服は買ってない

ー 小暮さんのファッションについてお伺いしたいです。

小暮徹 何のこだわりもないよ。10年くらい自分で服も買ってない。奥さんが買ってくるものか、全部貰いもの。今日の服もジェネラルリサーチの小林君から貰ったものばかりだな。

ー 洋服に興味がないんですか?

小暮徹 いや、着ることに興味はあるし、かっこいいとかかわいいとか言われたら悪い気はしないけど、だからって買いに行くのは面倒じゃない? 友人や知人に「これ着てみて」と言われるものを素直に着ています。からだを締め付けるものは最近着なくなったね。

ー 昔は着ていたんですか?

小暮徹 そう。「小暮ぱっつん」なんて呼ばれるくらいね。

ー 人から貰った服でも、これは自分のスタイルとは違う……と思うときもありますよね。

小暮徹 「これがすっごく似合いそうだから着てみて」と言われて、「そうかな……」と戸惑ったとしますよね、でも「きっと似合うんだな」って思い直して着るようにしてる。「俺はこうだからこう見てほしい」という気持ちがないんですよ。自分のイメージがどう出ていくかを自分でコントロールすることに興味がない。ファッションだけじゃなくて、すべて。

取材を受けて、記事に「木暮透」なんて名前を間違えて書かれることもあるんですけど、文句言いませんよ。”きぐれすけるかぁ”って(笑)。このインタビューだって、原稿の確認なんてしなくていらないからね。相手が「小暮さんはこんな人」と思ってくれたことに対して、俺が「そうなんだ」と思うだけでね。

ー ずっと話を聞いていたくなりますが、インタビューは終わりです。ありがとうございました。次に撮影をお願いします。

小暮徹 ありがとうございました。はい、撮影ね。何したらいいですか? 写真でいろいろ悪いことしてきたから、何でもしますよ(笑)。脱ぎましょうか。

Vol.20 ルーカスB.B.

Vol.18 北村一輝


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