UNSUNG NEW YORKERS

Vol.01 魂に触ることができたらどんな感じがするだろう?


Jun 24th, 2015

edit_yumiko sakuma

「アーティストだ、というと、何を描くアーティストなの?と聞かれる。以前は、『世界を描いているんだ』と答えていたけれど、最近は『言語を描いている』と答えている」。

すっかり今では地価が高騰した、バウワリーとケンメア・ストリートに、マイケル・ズワックのスタジオ兼自宅がある。初老といってもいい年齢に差し掛かってきたマイケルが、今も、ここで暮らし、創作できるのは、「レント・コントロール」という、テナントを地価の高騰から守ることを目的にした法律のおかげだ。マイケルは、もう何十年もここに住んでいる。

誰もが認める才能を持っているのに、ほそぼそと創作を続けているだけのアーティストがいる、と共通の友人に紹介されたのはもうおそらく10年近く前だ。スタジオを訪ねると、抽象的で悲しげなランドスケープの作品の数々を見せてくれた。かつては、チェルシーの超有名ギャラリーでショーをやったこともある。「でもやつらが求めるスピードで、作品を作ることができなかった」。スタジオの片隅に、くだんのギャラリーから送り返されてきた作品が、当時のまま置かれていた。

ギャラリーと決別した後、メキシコやハイチのブードゥー文化に魅せられ、何年も中南米を旅してまわった。その頃、恋をしたハイチ人の女性との間に、子供が一人いる。ハイチに生まれた子供をアメリカに連れてくるのは容易なことではなかった。2009年にハイチで地震が起きたときに、単身ハイチに乗り込み、娘を抱えて国境を超えた。いきなり都会に連れてこられた娘は、自分が知らない言語が飛び交う教室で、紙に字とも絵ともつかないものを書きつけていた。今マイケルが作っているシリーズは、何も理解できなかった娘の落書きにインスピレーションを受けたものだ。だから「言語を描いている」ということになる。

マイケルは、ニューヨーク州北部のバッファローという街からやってきた。同じ頃、シンディ・シャーマンやロバート・ロンゴ、リチャード・プリンスがニューヨークにやってきて、ゆるやかなグループを結成した。2009年にはメトロポリタン美術館が、彼らのことを「ザ・ピクチャー・ジェネレーション」呼び、大型のグループ展を開催した。マイケルの作品もいくつか展示された。そのときのマイケルはとても誇らしげだったけれど、その展示が何かを変えることはなかった。

「ロウワー・イースト・サイド・ヒストリー・プロジェクト」という名の非営利団体が開催するウォーキング・ツアーで、観光客を案内したり、夏には友人のつてで大型コンサートでTシャツを売るというアルバイトをしながら、マイケルは生計を立てている。そしてときどき、コレクターが作品を買いにくる。

「この間、あるイベントに出席したら、『歴史学者のマイケル』と紹介された」と苦笑いする。「確かにロウワー・イースト・サイドの歴史については、相当詳しいけれど」。

最後にギャラリーと「別れて」からは、脚光を浴びることはずいぶん少なくなった。それでも創作を続けるのは、創ることをやめられないからだ。「人類の魂を触ることができたら、どんな感触がするだろうか、それを追求して、今まで作り続けてきた」。

「アートの世界を僕が嫌いなことは知っているだろう? 特に、その世界の住人たちを。でもこの年になって、他の手段で生計を立てることにも疲れてきた。でも、最近、自分の嫌いな世界に参加しないといけないことを自覚するようになった。それも自分のルールで戦いたい。可能かどうかわからないけれど」。

最後に、ニューヨークに暮らす理由を聞いた。「ガールフレンドを追いかけてきたから」。それも何十年も前の話だ。今はどうなの?と畳み掛けてみた。
「ここには、必要なものがすべてあった。特に刺激がね。今はどうなんだろう?わからない。でも僕は今もここにいる」

Navigator
佐久間 裕美子

ニューヨーク在住ライター。1973年生まれ。東京育ち。慶應大学卒業後、イェール大学で修士号を取得。1998年からニューヨーク在住。出版社、通信社などを経て2003年に独立。政治家(アル・ゴア副大統領、ショーペン元スウェーデン首相)、作家(カズオ・イシグロ、ポール・オースター)、デザイナー(川久保玲、トム・フォード)、アーティスト(草間彌生、ジェフ・クーンズ、杉本博司)など、幅広いジャンルにわたり多数の著名人・クリエーターにインタビュー。翻訳書に「世界を動かすプレゼン力」(NHK出版)、著書に「ヒップな生活革命」(朝日出版社)。

Vol.02 ずいぶん時間はかかったけれど、私はなんとかデザイナーになった。

こんなことができて、人々が喜んでくれる場所


FEATURED ARTICLES

Mar 2nd, 2017

ICON OF TRAD

Vol.51 トラッドな春夏スーツ服地の知識を蓄えれば仕事も快適にこなせる。

サマースーツの定番服地となるウールトロについて、ニューヨーカーのチーフデザイナーの声と共にその特徴を予習。今シーズンのス...

Mar 9th, 2017

HOW TO

ジップアップ パーカ Vol.01

氷雪地帯で生活をしていたアラスカ先住民のイヌイット民族が、アザラシやトナカイなど、動物の皮革でフード付きの上着(アノラッ...

Oct 20th, 2016

HOW TO

ストライプ スーツ Vol.02

Vol.01のディテール解説に続き、Vol.02ではストライプスーツを着こなすスタイリングを提案。Vゾーンのアレンジで印象はぐっと変え...

Mar 2nd, 2016

ICON OF TRAD

Vol.39 女性がほんらい男物だったトレンチコートを着るとき

そもそも男性服であったトレンチコートは、どのようにして女性たちの間に浸透していったのだろうか?

Aug 25th, 2016

HOW TO

ネイビーブレザー Vol.01

アメリカントラディショナルファッションの代名詞ともいうべきネイビーブレザーは、日本では《紺ブレ》の愛称で親しまれている。...

Jan 12th, 2017

HOW TO

トレンチコート Vol.01

トレンチコートが生まれたのは第一次世界大戦下でのこと。イギリス軍が西部戦線での長い塹壕(=トレンチ)に耐えるために、悪天...


YOU MAY ALSO LIKE

Mar 28th, 2017

UNSUNG NEW YORKERS

Vol.21 こんなことができて、人々が喜んでくれる場所

2000年代にはいくつもあった、ブルックリンのDIYスペースが、グリーンポイントやウィリアムズバーグから少しずつ姿を消すようにな...

Mar 14th, 2017

NEWYORK LIVES

川村真司「出る杭が謳われる都市ニューヨーク」

最初にニューヨークに移ろうと決めたのは、猫に引っ掻かれたから。アムステルダムの運河沿いの家で、いつも窓から入ってくる野良...

Feb 28th, 2017

UNSUNG NEW YORKERS

Vol.20 ニューヨークはプレシャスでかけがえのない都市

 ラーキン・グリムは、もう何年も前に、アーティストの集団を通じて知り合ったシンガー・ソングライターだ。 ごくたまにライブ...

Feb 21st, 2017

NEWYORK LIVES

重松象平 「Newがつく都市」

「New」ということばを故郷の街にくっつけて世界のどこかに全く新しい街をつくるというのはいったいどんな感覚なんだろう。それは...

Jan 31st, 2017

UNSUNG NEW YORKERS

Vol.19 ここが好きなのは、人々がコトをやり遂げるから

ジェイミー・ウォンのことは、ブルックリンで行われていたヴィンテージのトレードショーで知った。今ではすっかり友達になったけ...

Jan 17th, 2017

NEWYORK LIVES

SADA ITO「自分を傷つけ、癒し、受け止めてくれたニューヨーク。」(1999.10-2001.02)

 1999年10月、20歳の自分はニューヨークへ渡りました。目的は語学留学。海外に住んでみたい(すでに東京でメイクアップの専門学...