美人白書

Vol.13 八木沼純子


Sep 25th, 2013

photo_ daisuke araki
stylist_maiko nishio
hair&make_yuka sumimoto
text_noriko ohba
edit_rhino_inc

プロスケーターとしてアイスショーに出演する傍ら、理解しやすい言葉で伝えてくれる解説者としても定評がある八木沼純子さん。美しく、透明感のある佇まいの秘訣、そして意外にもおちゃめな?素顔ものぞかせてくれました。

氷上を舞う八木沼純子さんの美の秘訣

――プロスケーターとして18年!すごい年月ですね。

「プリンスアイスワールド」のショーキャストとしてリンクに立ったのが’95年、気付けば18年経っていました。

――競技選手からプロスケーターへ。どんな変化がありましたか?

5歳でスケートを始めてから’95年のプロへの転向するまで、私は団体競技を経験したことがなかったんです。プロに転向し、アイスショーを行うなかで、チームメイトだけでなく、ディレクターさんや音響さん、照明や衣装をつくってくださる方々、たくさんのプロフェッショナルな力が集結して、自分がリンクに立てているんだ、という気持ちをもちました。同時に総合プロデュース力を高めなくては、ということも感じましたね。

――総合プロデュース力というと?

アイスショーは、スケーティングはもちろん衣装や音楽、照明など、目に映るもの、聞こえるものすべてを使ってひとつの世界観を表現します。”ドラムのリズムが変わるタイミングで照明をガラッと変えて欲しい”とか”ここはジャジーな曲を入れて全体の抑揚をつけよう”など、お客様に「美しさ」「楽しさ」「感動」を感じてもらえる要素を徹底的に考えます。トレンドにも敏感でありながら、それを自分流に見せるならどうする?と常に客観的に見るプロデュース力が必要なんです。

――そうやってひとつのものが出来上がっていく喜びは格別ですね。

はい。つくりあげてきたものを出し切るショー当日、裏方さんとスケーターの息がピタリと合い、そこにお客様の熱がプラスされて、会場全体が何とも言えない一体感に包まれる瞬間があるんです。「今、一体になれた!」ってリンクの上で感じるあの感覚は、言葉では言い表せないほど幸せですね。おもしろいのは、その一体感は毎回同じところで感じるわけではないんです。同じプログラムで同じ演技をしても反応や盛り上がりが日ごとに違うのも楽しいですね。

365日、衣装と音楽のイメージソースを探しています

演出の大きな力でもある照明によって、
印象もガラリと変わる”白”の衣装。

――アイスショーの衣装はどうやって決めるのですか?

演出のなかでも、衣装は視覚に訴えるとても大切な部分。曲を聴き込んで、衣装のイメージをゼロから考え、衣装さんに伝えます。いろいろな案を出そうにも、ひとりの頭ではどうしても偏りが出てしまいますが、私のイメージを聞いて、「そのイメージは、この色でも表現できるよ」など、予想もしなかった提案をもらえる、振り幅の大きさには毎回感動。それを受けてまた自分の中から新しい発想が出てきたり、アイディアやイメージを行き来させながら、練り上げていきます。

――最初のイメージがお互いのやりとりで少しずつ形になっていくのですね。

はい。毎年、春から秋までがアイスショーのシーズンなのですが、曲と衣装のイメージは365日、常に探しています。私のパソコン内の「衣装」「音楽」フォルダには、普段から集めているイメージソースとなる写真や音楽が18年分詰まっています。

――それはどこから集めているのですか?

ファッションショーや雑誌の写真、街を歩いていてもウィンドウのディスプレイやイルミネーションを写真に撮ったり、あらゆる場所にヒントがあります。ラインや切り替えの美しさ、ストーン使い、シフォンのつなぎ方、グラデーションなど、部分ごとにかなり細かく探っていきます。音楽も邦楽洋楽問わず、オールディーズから今年のヒット曲まで網羅。そういえば…昔のレコードジャケットを衣装さんとの共有イメージにしたこともありましたね。色使いや背景など、パッと見で誰もが”ポップ”だと感じる表現の仕方はとても参考になりました。

ひとりひとりの魅力を束ねて、チームの美しさに

――’03年から10年間、「プリンスアイスワールド」のチームリーダーとしても活躍されました。

はい。この経験は大きかったですね。もう最初のころは、肩に力が入って大変でした。全部自分がやらなきゃ!って。あれこれ考えすぎて、メビウスの輪みたいにグルグルと同じことを考えては、どっぷりへこんだりも。10年経った今では、スピンの速さが売り、笑顔がいい、スパイラルが美しいなど、ひとりひとりの良さを引き出し、チームを同じ方向に向かせる「縁の下の力持ち的な役割でいよう」と、ずいぶんとラクに構えられるようになった気がします。

――ご自身はどんなリーダーだったと思いますか?

…うーん、どうなんだろう。逆にチームメイトに聞いてみたいですね。チームには若手から私よりも年上の方までさまざまな人がいて、若いスケーターの熱い気持ちやベテランの経験値、レベルも違えば、ひとりひとりの良さもさまざま。それでもみんなが同じ方向を向くにはどうしたらいいだろう…と考え、受け取り方はそれぞれに任せるにしても、私から積極的に個人個人とコンタクトを取り、今思っていること、見て感じたことを発信し続けることを心がけました。

――言葉をかけるとき、どんなことに気を付けていますか?

まずはタイミングを逃さないこと。練習でもショーでも終わってから時間が経ちすぎてしまうと「あのときの~~」と言ったところで、響き方も鈍くなってしまいます。もうひとつは、どこかひとつ注意するなら、ひとつは誉める。言葉をかけてモチベーションを下げるのでは元も子もありません。彼らのやる気を高めることも役目だと思っています。今、ようやくチームをひとつの形にまとめ上げることができて、リーダーとしての役割は果たせたかな、と思っています。

昔からの友人との他愛もないおしゃべりに心がゆるむ

――八木沼さんの素顔はどんな方なのでしょう。こうして向かい合っているとクールなイメージがありますが。

付き合いの長い友人に言わせると、オ…ヤジ?っぽいらしいです、私。すみません。

――意外すぎます(笑)。お酒も(かなり)強いと伺っていますが。

…はい。家で友人を招いたり、いつもお世話になっているお店でゆっくりと語り合いながら時間をかけて飲むのが好きです。私は、お酒が入ると、楽しくなって、話が止まらないタイプなんです。

――プライベートで、これからやってみたいことは?

運転テクニックを磨く、ドライビングスクールに行きたい!私、車の運転が大好きなんです。練習に行くにも車に乗りますし、小旅行くらいだったら、自分の運転で行きます。スポーツタイプの車に乗っていることもあり、F1観戦ももちろん好き。主人も車好きなので、目下モナコへの旅を計画中。「どのホテルだったら部屋からサーキットコースが見えるか」とか「なんとかピットに入れないものか」(笑)など、画策しています。やっぱり生の迫力は、伝え聞いたり、テレビで見るのとは全然違うので。

――確かに、生の迫力には勝てませんよね。

そういう意味でも、2020年に決まった東京でのオリンピック開催はとてもうれしいニュース。チームワークや選手の集中力、精神力、熱い気持ちなど、スポーツの力を直接感じられたり、目で見る機会をもてるのはすばらしいことだと思います。

普段着のパンツスタイル、解説席の正装、そしてジャージ

――リンクの上で華やかな衣装をまとっている八木沼さん、普段はどんなファッションをすることが多いですか?

スケーターとして体を冷やさないようにしていることもあり、また、リンクのうえで充分にスカートを履きたい欲は満たされているからか(笑)、プライベートでは、パンツ姿がほとんどなんです。ベーシックな色でまとめつつ、トップスやバッグやストールなどどこかにきれいな色を入れるコーディネートが多いですね。ストールは春秋冬と3シーズン常に身に着けている大好きなアイテムです。

――やはり冷え対策には気を遣っていますか?

そうですね。夏もクーラーは極力つけません。お風呂で本を読みながら半身浴をし、朝起きたら冷たい水は避けてぬるい水を飲む。冬はモコモコ靴下と腹巻は欠かせません。ショーの練習は深夜に行われることが多く、23時から始まり朝4時までかかることもあります。準備期間中は昼夜逆転の生活が続くので、体調管理も大切な仕事。チームには、アンダースタディ(代役)がいないので、役を与えられたらやり切るのみ。ひとつのものをつくりあげるのは、緊張感もありますがそれ以上の充実感が違います。

――解説をするときの、ファッションについてはどうですか?

毎回、必ず正装で実況席に座ります。

――正装で解説される時は、どんな心境でしょう?

解説中は、見ている方に分かりやすく、ていねいにフィギュアスケートの楽しさを伝えることが第一なので、日本の選手への応援の気持ちを感情的に前面に出すわけにはいきません。だけど、心のなかでは”がんばれ!”と手に汗を握りドキドキしながら、選手と一緒に闘っている気持ちでシニア女子のフリーの4分間を見守っています。

――心は熱く、頭はクールに、ですね。

リンク上で闘っている選手に恥ずかしくないように、そして、陰ながら応援の気持ちも込めて、その想いを”服”に託し、正装で会場に行きます。普段のパンツスタイルでも、正装のときでも、無意識に動きやすい服を選んでしまうのは、ジャージ育ちのアスリートのサガなのかもしれません。

失敗も魅せる、それがプロ

――落ち込んだとき、何か特効薬はありますか?

私、昔から切り替えが得意なんです。失敗したり、落ち込んだりしてても、ある程度のところまでくると「悩んでても仕方ないか、次次!」と行動に移すスイッチが入るんです。

――それはなぜでしょう?

やっぱりスケートの影響だと思います。スケートって、一回曲が鳴り始めたら、4分間待ったなし。たとえ、途中で転ぼうが、スピンで失敗しようが、音楽は止まってはくれないし進んでいきます。1回の失敗を引きずっていては、次の演技に悪い影響が出てしまう。力づくでも前を見て、切り替えなければいけないんです。そんな世界に長くいるので、切り替え術みたいなものが自然に身についているのかもしれませんね。

――なるほど! すごい4分間ですね。

失敗からの切り替えが必要なのはアイスショーも同じ。しかも、アイスショーではその失敗をどうフォローするか、失敗をもパフォーマンスにできるような魅せる力が必要です。競技会以上にプロにはその部分が必要なのだと思います。


最後に八木沼 純子さんから
“美しくなるためのメッセージ”

ときには、切り替えもうまくできないほど、考え過ぎてしまうこともある私ですが、でも、失敗も経験の引き出しにしていけたらいいですね。失敗さえも、自分の魅力に。そしてどんなものも演じられるイメージ力と表現力がこれからも大事なのだと思います。


ニットスカートストールブーツ、他本人私物

今月の美人
八木沼 純子

5歳からスケートをはじめ、早くから国際大会で活躍。1988年世界ジュニア選手権2位。同年14歳でカルガリー五輪に出場。1993年冬季ユニバーシアード大会優勝、同年アジアカップ優勝。1994年NHK杯3位。1995年にプロに転向。プリンスアイスワールドのリーダーとしてアイスショーに出演する傍ら、フィギュアスケート競技会の解説、テレビやラジオでのスポーツキャスター、コメンテーターとしても多岐に渡り活動。2010年のバンクーバー五輪では、ジャパンコンソーシアム代表として日本中が注目した女子フィギュアスケートの解説を務め、その興奮と感動を伝えた。2009年に結婚。家庭と仕事を両立しながらも輝き続ける女性として、新たなライフスタイルを実践中。

Vol.14 杉山 愛

Vol.12 中塚翠涛


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