TRADITIONAL STYLE

Vol.21 白石康次郎


May 14th, 2014

Photo_Shota Matsumoto
Text_Maho Honjo
Location_ city marina Velasis

26歳にして史上最年少、ヨットでの単独無寄港世界一周を成し遂げた白石康次郎さん。すべてをひとりで操作する“シングルハンダー”でありながら、周囲には協力を惜しまない人たちが自然と集まります。その驚異的な求心力の奥には、海が教えてくれたという人生哲学の数々が。爽快に晴れ渡った横須賀のマリーナにて、失敗も、成功も、すべてを語っていただきました。

好奇心は、距離なんかに負けない。

ー 海洋冒険家として活躍されている白石さんですが、海との出合いと、冒険家へ向かうきっかけを教えてください。

白石康次郎 鎌倉で育って、外で走り回って遊ぶのが好きだったんです。海を見ながら「この先に行ってみたい、いろんな国を巡ってみたい、できれば世界一周したい!」と。単純明快ですよ。

ー 好奇心がうずうずしている、白石少年の姿が浮かびます。

白石康次郎 昔、JRの広告コピーで、「距離に負けるな、好奇心」というのが大好きでした! 当時、外国の情報といえば、兼高かおるさんの「世界の旅」ぐらい。植村直己さんがグリーンランドを犬ぞりで単独走破したのもそのころだけれど、地図上ではまだ真っ白な部分を横断したわけで、世界でもまだよくわかっていない場所ってけっこうあったんです。未知の世界を知りたいという気持ちがむくむく育っていきました。

ー その思いを現実のものにするために、まず何をしたんですか?

白石康次郎 「中学を卒業したら水産高校へ行く」と宣言! 通っていたのが進学校で、周囲は一流校を目指すやつらばかりだったので、先生はぶっ飛んでましたね。でもそこがぼくの原点。船乗りの基礎知識から航海の厳しさまで、すべてを叩き込んでもらいました。

白石康次郎 今思えば、それが必要だったんですよ。たとえば不良って、だらしない格好をしたがりますよね? でも船の上で、服装の乱れは命取りです。乱れた袖が高速の歯車に巻き込まれて腕一本なくすこともある。整理整頓も同じ。出しっぱなしにした出刃が滑って首を切ることもある。そんなとき言葉で長々説明する時間なんてない。殴って体で覚えさせる。人間理屈で考えさせるより、反射神経で教え込むほうが重要なこともあるんです。世界を3周もして、ぼくの指がまだ10本そろっているのは、このときの指導のおかげです。

師匠の背中を追って、まっしぐらに。

ー 思春期に、厳しい指導だけでは、辛くなりませんでしたか?

白石康次郎 そこで、もうひとつのぼくの原点、多田雄幸(ただ・ゆうこう)さんというお師匠さんが登場するわけです。彼にはヨットの楽しさを存分に教えてもらいました。

ー 白石さん、多田さんのところに「弟子にしてください」って押し掛けたんですよね?

白石康次郎 高校生のとき、ヨットで世界一周したという人がいると聞いて、それが多田さんだったんです。そんな人が世の中にいるのかとびっくりして。勝手なイメージでどうせお金持ちなんだろうと思っていたら、東京でタクシーの運転手をやっているという。もういても立ってもいられなくなって、東京に出て、電話帳をめくって、連絡先を見つけて、つながらなくて何度も電話して、「弟子にしてください」と言いに行ったんです。

ー すごい、すごすぎます!

白石康次郎 いやね、当時はそれしか方法がなかったんですよ。ネットなんてないんだもの。

ー 多田さんってどんな方だったんですか?

白石康次郎 アントニオ猪木さんと長嶋茂雄さんを足して2で割った人(笑)。ま、天才です。ぼくは水産高校で機関科を専攻した理詰めで考えるエンジニア。師匠はそんなことどうでもよくて、思いつきでつくっちゃうアーティスト。すべてが衝撃でした。

ー 正反対のタイプだったんですね?

白石康次郎 海が荒れに荒れて、ぼくは辛くて苦しくて泣きたくてどうしょうもないのに、同じ船で笑いながら餃子の皮伸ばして、中華鍋でうまいメシつくっちゃう人。片思いの女をヨットで迎えに行くために、彼女の住む港の浅瀬に合わせて、危険を顧みずに船の設計まで変えちゃう人。むちゃくちゃもいいところ。でもそういう部分にいちばん影響を受けました。

ー 驚くべきことに、彼はレースの最中、寄港地のシドニーで自ら命を断ってしまいます。

白石康次郎 師匠60歳、ぼくが23歳。まったく予想しないことでした。

師匠はこのレースで引退して、次はぼくの世界一周をサポートするよって言ってくれてたんです。形見の船で世界一周したいという思いだけで、伊豆の造船所に住み込んで船を修理しながら必死に生きてました。でも、そのころのぼくは気持ちだけが空回り。失敗につぐ失敗で、人生最大の落ち込みに突入したんですよ。

人生で重要なことは、失敗が教えてくれた。

ー 失敗につぐ失敗って……?

白石康次郎 “単独無寄港世界一周”を掲げて、それも”史上最年少記録”を狙って、どうにか出航したのが25歳のとき。マスコミの取材もあり、華々しいスタートを飾ったのもつかの間、出航直後に舵が壊れて引き返してきたんです。みっともないことこの上ない! 2か月後に再出航するも、なんとまたトラブルで港へ戻るはめに。もうだれにも顔向けできない状態でした。

ー そ、それは……。どうやって立ち直ったのですか?

白石康次郎 立ち直るなんてできませんでしたよ。だれとも口をきかず、ずーっと落ち込んでました。造船所の親方に、一度だけ愚痴をこぼしたんです。「人生をかけて準備して、命をかけて海に出たのに、1度でなく2度までもだめだった。何がいけないのか」って。すると、親方がポツリと言ったんです。「おまえはヨットの尻を叩きながら走っているようだな」と。

ー それはどういう示唆だったのでしょうか?

白石康次郎 要は、船を愛しなさい、海を愛しなさい、と。なんだかんだぼくは”最年少で単独無寄港”という記録にしがみついていたんです。3度目の出発のときも、「生きてさえいれば、何度でもチャレンジできる。わかったな」とそれだけ。3度目の失敗は許されない、ぼくは死ぬ覚悟でいた、それを見抜かれたんです。

ー 懐が深すぎて、涙が出そうです。

白石康次郎 ゲーテの言葉を額縁に入れて贈ってくれた人もいました。「大切なことは大志を抱き、それを成し遂げる技能と忍耐をもつことである。そのほかはいずれも重要ではない」。技能と忍耐を磨くことなら、ぼくだって死ぬ気でやってきた。だから2文目に感動したんです、「そのほかはいずれも重要ではない」と。ああ、過去の失敗、みっともなくて辛くて恥ずかしい気持ち、プライドや見栄、それらを一切捨てよう、と思えたんですね。

海には楽観も悲観もない。ただあるがまま。

ー それは、2度も失敗している人だからこその視点です。

白石康次郎 そう、ぼく、こてんぱんにやられたんですよ(笑)。金もない、人脈もない、実績もない、何もない、あるのは情熱だけ。悲しいほどにそれがわかって、逆にすっきりしました。もうひとつわかったことがあります。「海は世界一周したいなんて思ってない。ぼくが世界一周したいだけだ」。そんなあたりまえの事実にあらためて気づいたんですよね。わはは!

ー その事実は、すごく重要なことに思えます。

白石康次郎 でしょう? 海には楽観も悲観もない。希望もないけど、絶望もないの。ただあるがままの世界が広がるだけなのに、ぼくが”世界一周”という私情をもち込んだんですよね。こうあってほしい、ああでいてくれなければなどと押し付ければ、やっつけられるのはあたりまえ。そうではなくて、嵐が来ればセールを縮めればいいし、凪が来れば風が吹くまで待てばいい、それだけ。以来だんだんとね、本当の海とつきあいができるようになったかな。「こうして立ち直りました」なんて話ではなくてね、鼻血も出ないほどやられたら、自分を捨てることができました、そういう話です。

想定外のことが起こるのが、海の常識。

ー それから26歳で、見事に”史上最年少単独無寄港世界一周”を達成! 実際に船の上の生活というのはどんなものなのですか?

白石康次郎 A地点を出発してB地点までいち早く到着するため、すべきことに優先順位をつけてひとりでこなしていく、というのが基本。風を読む、舵を握る、帆を張る、たたむ、壊れた箇所を直す、ごはんを食べる、掃除をするなど、基本的に24時間行動です。原稿や、動画を編集してメールで送るなど、最近はメディア対応も増えましたね。そして何もないときは体を休めるチャンス。でも1時間以上は寝ません、仮眠を取るだけ。

ー 想像を絶しますね……。座禅をすることもあるとか?

白石康次郎 座禅は、邪念を払いたいときに有効なんですよ。勝ちたいから風が欲しいとか我欲が顔を出し始めたら、海の状況を読むのに歪んだフィルタをかけてしまう恐れがある。そこで何も考えず、海を眺めてただ呼吸をします。コンピュータのソフトをひとつひとつ落として、再起動するイメージ。すると頭がクリアになって、100%目の前の作業に専念できるんです。

ー 技術、体力、気力、どれが欠けてもだめなんですね。

白石康次郎 あとは”運”。自分ではどうにもならない”運”の割合はすごく大きい。なぜかというと、自然界は不特定要素でできているから。予想もしないことが起こるのがあたりまえなんです。

ー 想定外のことが起こった場合、どう対応すべきかを聞いてみたかったのですが……「想定外のことが起こるのが想定内」なんですね?

白石康次郎 魚かなと思ったらその塊がいきなり空とつながって竜巻になったり、大きな影が見えると思ったらクジラと激突したり、雷がいきなりドカーンと当たったり。あんなに大きな船がまるごとひっくり返ったことだってありますよ。今生きているのも、奇跡ですね。

宇宙のなかで生きていると実感できる

ー そんな白石さんだからこその、船の上から見えた絶景について教えてください。

白石康次郎 赤道無風帯というエリアでのこと。風がなくなると海面って鏡のようになるんですよね。夜、満点の星のなかに、天の川が180度見えて、それらがすべて水面に映っている。空に星、海にも星。そのときは「ああ、宇宙のなかにいるんだな」と涙が出ましたね。

南氷洋では、雲のようなものがやがて緑に輝き出したと思ったら、オーロラでした。南十字星が見え、南極の火山が噴火したのかと思うぐらい、大きなほうき星が流れているのをずっと見ていたこともあります。

ー 神秘的な気持ちになりそうです。では、船の上でいちばん気持ちのいい瞬間は?

白石康次郎 自分のイメージどおりに船が走っているとき! 最高に楽しくて胸がおどります。自分と船と海とが一体になったような「決まった!」という感覚は、なかなか得られるものではないですから。

ー レース中は選択の連続だと思うのですが、直感やひらめきとどうつきあっていますか? それらを磨く方法ってあるのでしょうか?

白石康次郎 直感はすごく重要です。ただ、それに関して、経験上学んだことがあるんですよ。「直感も、当たり外れの2種類がある」ということ。体調がよくて気持ちが明るいときは当たるし、迷いや欲があるときは外れます。だから体調を整えること、平常心でいること、心の場所や色を明るくすることを心がける。だめなときはコンピュータに従います。

たとえば、同じ風で性能のいい船と平行して走っている。博打を売って近道を行ったらどうなるか、どつぼにハマります。ええ、経験済み(笑)。正解は、いい風に乗っているいい船についていくことですよ。ただ、よっぽどの勘と自信があるなら行けばいい。それで追い抜いたこともあります。直感には2種類ある、それは経験で学びましたね。

ワクワクを伝えるのが、自分の天命。

ー ファッションについてお聞きしたいのですが、ヨットのウエアに白石さんが求めることを教えてください。

白石康次郎 ウエアはぼくにとって、命を守るもの。だからつねに機能性を追求します。軽くて丈夫で海水を通さず、でも汗は外に出すもの、さらに装着にかかる時間を半分に縮めて1分で済むもの、など無理難題を伝えて、「ヘリーハンセン」ブランドを展開する「ゴールドウイン」に開発をお願いしました。ツーピースをワンピースにするなど画期的なアイディアを取り入れた、ぼくにとっての宝物です。

ー ファッションというより、道具であり、同志なのですよね。

白石康次郎 でもね、見た目のかっこよさも重要だと思っていますよ。なぜかって、子供たちに「かっこいい!」って思ってもらいたいから。その昔、船長さんなんてピシッとしていて憧れたもんね。ぼくがみすぼらしい格好をしていたら、応援してくれる人に申し訳ないし、何よりセーラーに憧れる子供がいなくなってしまう。自分のためにではなく周囲のために、かっこよくいようって、心がけていますよ。

ー では最後に。白石さんが考える自分の”天命”ってなんだと思いますか?

白石康次郎 ズバリ、「世の中を元気にすること」。だってぼく、実は船酔いがすごくて、船乗りには向いてないんですもん(笑)。妻にも「あなたの天命は、ヨットで早く走ることなどではないでしょう?」って言われてます。今は講演や指導も多いので、自分のヨットの話をして、できれば経験もしてもらって、ワクワクしてもらう、それが天命だと思ってます。

最後に、若い人たちに向けて。「実るほど、頭を垂れる稲穂かな」という言葉があるけれど、頭を垂れるのは実ってから。実らないうちに頭なんて垂れないこと。まずはバンっとまっすぐ伸びる。生意気でもいい、叩かれてもいいから、元気よく伸びること。それが必ず成功につながります。なんでこんなこと言えるかって? こんなぼくも実は失敗の連続だから。失敗も成功も実体験。ぼくがいばって言えるのは、実はそれぐらいなんです(笑)。

Vol.22 池谷 裕二

Vol.20 ルーカスB.B.


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