Vol.51 トラッドな春夏スーツ服地の知識を蓄えれば仕事も快適にこなせる。
サマースーツの定番服地となるウールトロについて、ニューヨーカーのチーフデザイナーの声と共にその特徴を予習。今シーズンのス...
ICON OF TRAD
トラッドの必需品であるブレザーは万能服としても知られるアイテム。今回は3人のアイコニックな人物のスタイルをお手本に、このアイテムの理想的な着こなし法を見習う。
ブレザーは過飾に着ない
昔の服飾入門書などを読むと、ブレザーは万能な服だからぜひ揃えるべきだ、ということが書かれているものが多い。その一例を、いくつかの本から引用してまとめておく。
『もしあなたがフレッシュマンで、すでにスーツを2着持っているなら、次に揃えるべきはブレザーです。というのもブレザーは替上着のなかでも別格の便利さをもっているからです。たとえばブレザーにタートルネックのニットを合わせ、ボトムにオフ白のコットンパンツを加えればスポーティーな着こなしが可能。パーティーなら白黒の千鳥格子のトラウザーズで、ドレスシャツを白にし、ネクタイをシルバーグレーの無地にすればフォーマル度はぐっとあがるもの。もし結婚式の司会などを頼まれたのなら、トラウザーズをブラックウォッチのタータンチェックに代えるとさらに洒落たものになるはずです』
といったことが書かれている。
たしかにその通りなのだが、いつしかこのブレザー万能説がひとり歩きを始め、オーバーデコラティブなブレザーの着こなしが日本の、とくにトラッド業界のパーティーなどでまかり通るようになってしまった。
その典型例をアイロニックに名物キャラに仕立てたのが綿谷 寛画伯が創造した『トラッドの先輩』であった。
2016年6月号の『メンズクラブ』に掲載された『綿谷画伯の大人トラッド110番』という記事には、若者に大人トラッドとは何か、を教えるトラッドの先輩が登場する。その着こなしが凄い。
エンブレム付きの赤いブレザー、ストライプ柄のボウタイ、タッターソールのベスト、ホワイトフランネルのトラウザーズ、白いサドルシューズという、デコ・ブレザーのスタイルが満載なのである。
綿谷画伯が反面教師として取り上げたように、頑張りすぎは、逆に大人トラッドにふさわしくない。そこで今回は3種の基本ブレザーと、その理想的な着こなしを3人のアイコンを例にして取り上げてみることにした。
フラノのブレザーはジョージ・ペパードがお手本
アメリカントラッドのブレザーを代表するものといえば、ダークブルーのフラノブレザーであろう。ディテールは、ラペルの返りがやや辛めの3個ボタン段返り衿、胸パッチポケット、腰パッチ&フラップポケット、袖2個ボタン、センターベントという、ボディをシェープしない典型的なトラッドモデル。
こうしたブレザーはアングロサクソン系の二枚目が着ると、イケメン的な嫌みがブレザーの無骨さによって中和され、イイ味になるわけである。
その好例が映画『ティファニーで朝食を』で、オードリー・ヘプバーンの相手役に抜擢されたジョージ・ペパードであろう。おそらくマンハッタンの老舗トラッドショップ製のフラノブレザーを、白かブルーの無地のボタンダウンシャツと、バーガンディ×ダークブルーのストライプタイで普遍的に着こなしている。この、ごく普通のブレザーをあたり前に着る、というスタンダードさが、大人トラッドなのだと思う。
ちなみにジョージ・ペパードのブレザーは、やや明るめのダークブルー。おそらく英国のフォックス・フラノのダークブルーと同じトーンだと思う。こうした色は昔、ファッションディレクターの赤峰幸生さんがごく初期に手がけたWAY-OUTや、横浜・信濃屋の白井俊夫さんのSHINANOYAオリジナルのブレザーなどで作っていたものだが、最近はほとんど見かけなくなってしまったのは、残念。
トロピカルウールのブレザーはJFKのテイストで
春夏用のブレザーとしては、トロピカルウール(通称ウールトロ)のブレザーがお勧めである。フラノのような紡毛(生地表面が毛羽だっている)とは異なる、梳毛のトロピカルウールは糸に少し撚りをかけてから平織りにしてあるから通気性に優れているのが特長だ。
こうしたライトウエイトウールのブレザーを上手に着こなしたのはジョン・F・ケネディだった。彼は、シングルブレスト2個ボタンで、ややボディをシェープしたブレザーを好んで愛用した。ディテールも、胸は箱ポケット、腰は両玉縁ポケットのフラップ付き、袖口のボタンは4個という、前出したアメリカントラッドモデルとはかなり異なるもの。
その理由はいろいろ考えられるけれど、JFKがご贔屓にしていた仕立て屋は、サヴィル・ロウ出身でニューヨークに店をもつH・ハリスだったことも大きいだろう。
夏用の薄い生地で直線的なボックス型のトラッドブレザーを作ると、どうしても平坦な雰囲気が出てしまう。しかし、ボディにシェープを入れて立体的に仕立てたブレザーならそうした欠点を和らげることができる。それを計算していたとするなら、バンカラという噂の高いケネディ大統領、じつはそうとうにお洒落な人だったのかもしれない。
ちなみにケネディ的ブレザーの着こなしを現代的にアレンジするなら、素材はより軽く涼しいイタリア製の強撚糸ウールで、色は黒に近いダークブルー。デザインはシングルブレスト2個ボタンの上ひとつ掛けで、サイドベンツ入り。ポケットや袖口のボタンは前出したケネディタイプと同様だが、ボタンは飾りのない平らな金色のブラスボタンがマッチする。着こなしは、白いブロードのレギュラーカラーシャツに黒のシルクニットタイ。トラウザーズはミディアムグレーの軽量ウールでパーフェクト。
サージのダブルブレザーはチャールズ皇太子調に
シングルブレストのブレザーはスポーツ(レガッタ競技)がルーツといわれるが、ダブルブレストのブレザーの起源は英国海軍の制服にある。そこで英国海軍の制服はどういうものかを記すと、ダブルブレスト8個ボタンのピークドラペル、胸は箱ポケット、腰は玉縁ポケットのフラップ付き、サイドベンツ入り。素材は、紡毛のフラノでなく、梳毛のサージ。それも制服用の織り密度の高いしっかりしたサージが使用されている。
一般的に普及しているダブルブレストのブレザーは、6個ボタンか4個ボタンが多いのだけれど、ごくたまに本格的な8個ボタンのサージブレザーを愛用している人がいる。
その代表がチャールズ皇太子である。チャールズ皇太子は現在、英国の陸・海・空軍の元帥であるが、最初は海軍と空軍に配属されていた。そうしたこともあって、自身の着るダブルブレストのブレザーを海軍調の8個ボタンにしたのであろう。このブレザーは海軍の制服そのままでなく、一番上のボタンはかけないように仕立てられているのが心憎い。
ちなみに英国で長らく軍隊にいた将校は、退役した後もダブルブレスト6個ボタンのサージブレザーなどをユニフォームのように愛用することが少なくない。そんな方の着こなしは白のドレスシャツ、所属した軍隊のレジメンタルストライプタイ、そしてベージュのキャバルリーツイルのトラウザーズ。
サージの上着にキャバルリーツイルのボトム、上下ともに軍服の素材を組み合わせているところが、究極のスタイルになっているわけである。
Navigator
遠山 周平
服飾評論家。1951年東京生まれ。日本大学理工学部建築学科出身。取材を第一に、自らの体感を優先した『買って、試して、書く』を信条にする。豊富な知識と経験をもとにした、流行に迎合しないタイムレスなスタイル提案は多くの支持を獲得している。天皇陛下のテーラー、服部晋が主催する私塾キンテーラーリングアカデミーで4年間服づくりの修行を積んだ。著書に『背広のプライド』(亀鑑書房)『洒脱自在』(中央公論新社)などがある。
トラッドな春夏スーツ服地の知識を蓄えれば仕事も快適にこなせる。
ボブ・ディランに刺激されて フォークソングがアイビーに与えた影響を探る。