UNSUNG NEW YORKERS

Vol.05 どんな肌の色をしていてもニューヨークにはチャンスがある。


Oct 21st, 2015

edit_yumiko sakuma

I am still looking for that old romantic New York
どんな肌の色をしていてもニューヨークにはチャンスがある。

ジェフ・シャガワットと初めて会ったときのことはよく覚えていない。ニューヨークに、さらには日本に共通の知り合いが何人もいて、気がついたら友達になっていた。シリアからの移民の父親と、ウクライナからの移民の母親のもとにニュージャージーで生まれ育ち、ニューヨークとLAを行ったりきたりしながら、ライターとして、写真家として活動してきた。そして何年か前に、悪性の脳腫瘍を煩った。ジェフは緊急の手術を受けたのち、長い闘病期間を経て回復したが、闘病中に写真やビデオで撮った作品を「New Brains」というパワフルな作品群にまとめた。

「作品をもって数々のギャラリーを訪ね歩いた。東海岸でも、西海岸でも。誰も関心を示してくれなかった。チェルシーのギャラリストには『ガンのシリーズはもう終わりだ。この作品群が成功するには、君が死ぬしかない』とまで言われた」

アートシーンではほぼ無名の写真家による生々しい闘病記は、ギャラリーのエスタブリッシュメントには求められなかった。闘病から2年以上経った去年、ジェフはようやくチェルシーのギャラリーで初の個展を開くことに成功した。

「個展では、セルフポートレートのシリーズをまとめた。違うタイトルをつけてね。そうすれば『New Brains』の作品も入れることができるから」

ジェフはいまだに作品のほとんどをフィルム・カメラで撮っている。出かけるときには、オートフォーカスのカメラを手放さない。ジェフの撮る写真には、ジェントリフィケーション(高級化)がどんどん進むニューヨークから姿を消しつつあるようなストリートの姿や、キャラクターの濃いニューヨーカーたちのリアルな表情が映っている。

「今も、古くてロマンチックなニューヨークの姿を探しているんだと思う」

ジェフはもう長いこと、トライベッカに住んでいる。ニューヨークの話になると、この街がどんどん古い魅力を失いつつあることへの不満ばかりが出てくる。好きなところの話をしよう、と水を向けると、急に真剣な表情になって言った。

「これだけ多様な種類の人間が一緒に暮らしている場所は、世界中どこにもない。どんな肌の色をしていても、チャンスがある。これから生まれて来る僕の子供は、そういう環境で育つことができるんだ」

今ジェフは、「New Brains」、セルフポートレートのシリーズに続いて、有効期限の切れたフィルムを使ったポートレートのシリーズを撮っている。

「フィルムがどう反応するのか予想がつかないから、作品として成り立たないものも多数ある。でもその偶発性が好きなんだ。現像したときの驚きにまさるものはない」

夏の終わり、ジェフから連絡があった。はっきり言わないけれど、用事があるのだという。待ち合わせをしてみると、すぐに告げられた。

「またガンが見つかったんだ」

あと数週間で、初めての子供が誕生する、というタイミングだった。

「すぐ治療をすれば大丈夫だと言われた。俺は大丈夫。子供が生まれるんだから、生き残るしかない。それ以外の選択肢はないんだよ」

Navigator
佐久間 裕美子

ニューヨーク在住ライター。1973年生まれ。東京育ち。慶應大学卒業後、イェール大学で修士号を取得。1998年からニューヨーク在住。出版社、通信社などを経て2003年に独立。政治家(アル・ゴア副大統領、ショーペン元スウェーデン首相)、作家(カズオ・イシグロ、ポール・オースター)、デザイナー(川久保玲、トム・フォード)、アーティスト(草間彌生、ジェフ・クーンズ、杉本博司)など、幅広いジャンルにわたり多数の著名人・クリエーターにインタビュー。翻訳書に「世界を動かすプレゼン力」(NHK出版)、著書に「ヒップな生活革命」(朝日出版社)。

Vol.06 裕福な世界と貧乏な世界の両方を垣間みることができる

Vol.04 15年この街で生活をしているけれど、ニューヨークに対する愛は色あせていない。


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