UNSUNG NEW YORKERS

Vol.10 この街は、自分でなりたい存在になれるところ。


Mar 16th, 2016

edit_yumiko sakuma

In this town, you are entitled to be what you want to be.
この街は、自分でなりたい存在になれるところ。

ミリアム・ウォズモンドとは15年以上の付き合いになる。かつて長く一緒にいた人の妹で、初めて会ったときの彼女は18歳だった。2001年に高校を卒業し、モダンダンサーを目指してニューヨークにやってきたわずか数日後にワールド・トレード・センターのテロが起きた。あのときは恐怖に泣いていたミリアムが、今もニューヨークにいて踊り続け、年に数作はパフォーマンス・アートの作品を発表し続けている。

「ニューヨークでダンサーとして暮らすのは楽じゃない。クリエイティブな刺激を受け取るにはこれ以上の場所はないけれど、ストレスは大きい。もう別の場所に行こうかっていう考えが、頭のなかをよぎらない日はない。踊ること、作品を発表することが生きがいだけど、どんなに成功するプロダクションでも、収支をとんとんにするのが精一杯。ダンスを見るために劇場を訪ねてくれるお客さんはわずかだし、テレビやSNSのおかげで『ダンス』の概念が変わってしまった。それでも別の場所に行けば楽になる、ハッピーになるって考えるのは間違っている気がするの。大切なのは自分の心の持ちようだから」

数年前までは、バーテンダーをしながら生計を立てて、余ったお金はすべてプロダクションに費やす暮らしをしていたけれど、大手ジムに勤めていた友人の誘いでトレーナーになった。今は、グループクラスを教えながらパーソナル・トレーナーをやっている。

「クライアントが人生のいろいろな段階を通過していくのを一緒に体験することができる。たとえば最近、減量を必要としていたクライアントが体重を落とすことに成功しただけじゃなく、ランニングを好きになって、初めて1マイルのレースに出場した。こういうことが与えてくれる喜びは大きい」

この街を出ることを考えない日はないのに、今もニューヨークにいる――。その理由を尋ねると、少し考えてこういった。

「この15年の間に、アップタウンからブルックリンまでの様々な場所に暮らしてきた。今、マラソンに向けてトレーニングをしているのだけど、アップタウンからブルックリンの自宅まで走っていたら、それぞれの場所に少しずつ思い出があるって気がついて、泣きそうになった。ここはやっぱり自分の街なのだと思う。それに、この街は、自分でなりたい存在になれるところだから」

Navigator
佐久間 裕美子

ニューヨーク在住ライター。1973年生まれ。東京育ち。慶應大学卒業後、イェール大学で修士号を取得。1998年からニューヨーク在住。出版社、通信社などを経て2003年に独立。政治家(アル・ゴア副大統領、ショーペン元スウェーデン首相)、作家(カズオ・イシグロ、ポール・オースター)、デザイナー(川久保玲、トム・フォード)、アーティスト(草間彌生、ジェフ・クーンズ、杉本博司)など、幅広いジャンルにわたり多数の著名人・クリエーターにインタビュー。翻訳書に「世界を動かすプレゼン力」(NHK出版)、著書に「ヒップな生活革命」(朝日出版社)。

Vol.11 ニューヨークの人々がそれぞれ違うのが好きだ。そして人々の野心がエネルギーを作り出している。

Vol.09 ニューヨークが特別なのは、すべてを次のレベルに推し進めようとする人々を惹きつけるから。


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