ICON OF TRAD

Vol.38 米国カウンターカルチャーのルーツ、 ビート・ジェネレーションのスタイルを探る


Feb 3rd, 2016

text_shuhei tohyama
illust_yoshifumi takeda
edit_rhino inc.

アメリカが生んだビート・ジェネレーションという思想運動をご存知だろうか? 言葉は聞いたことがあるけれど……。そんな人が多いのではないだろうか。今回はビート・ジェネレーションについて、その背景から解説していこう。

新大陸アメリカが生んだ最初の思想運動

アメリカが発明した偉大なものといえばコカコーラやジーンズ、そしてアイビールックが挙げられるだろう。しかしこれらは服飾品や嗜好品で、真に文化的なものではなかった。

アメリカは歴史の浅い国であるがゆえに、文化の分野でヨーロッパに遅れをとっていた。しかし第二次大戦後は、アメリカオリジナルといえる若々しい芸術が相継いで誕生し、伝統的なヨーロッパアートの地位を脅かしていくのである。

音楽の分野でいえば作曲家のジョン・ケージがつくる現代音楽。その曲を好んで採用した舞踏家のマース・カニンガム。絵画ではアクション・ペインティングによって世界最高額の絵画を描いたことで知られるジャクソン・ポロックや、戦前からニューメキシコで活動を続けていたジョージア・オキーフがいる。彼らの斬新な作風は世界を驚かせた。

そしてアメリカが生んだ初めての思想運動がビート・ジェネレーションだ。ウィリアム・バロウズ(小説家/代表作『裸のランチ』)、アレン・ギンズバーグ(詩人/代表作『吠える』)、ジャック・ケルアック(小説家/代表作『路上』)らが中心となって始まったこの文学運動は、現代のアメリカにおいてもあらためて注目されている。

その証拠に、彼らの活動を描いた自伝的な映画『バロウズの妻』、『ジャック・ケルアック/キング・オブ・ザ・ビート』や、彼らの原作を題材にした映画『裸のランチ』、『ON THE ROAD』などが次々に公開されているからだ。さらにビート・ジェネレーションの思想は、ヒッピーや現代のサードウェーブ世代、あるいはミニマリストにまで大きな影響を与えているといわれる。

ビート・ジェネレーションって何だ

第一次大戦後に起きた未来文明に対する茫漠たる絶望感は、フィッツ・ジェラルドやヘミングウェイによってロストジェネレーションと呼ばれる刹那的な文学を生み出した。そして第二次大戦後に起きたさらなる絶望感がビート・ジェネレーションを生んだといえよう。

ビート文学の思想的なルーツは、アメリカの古典文学ヘンリー・ソローの『森の生活』やハーマン・メルヴィルの『モビー・ディック』、さらにはマーク・トウェインの『ハックルベリー・フィンの冒険』にあるらしい。

ビートの主張の根本は、文明社会を否定し、開拓時代のフロンティアスピリッツやホーボー(季節労働者)の放浪生活を見直し、ネイキッドな魂を解放しようというものなのだ。

そこにスピードとドラッグとチャーリー・パーカー(アルトサックス奏者)らの激しいジャズがミックスされて発生したのがビートニクスであった。

1950年代の中盤、長髪に顎ひげ、セルビッチ付きのジーンズや太めのアーミー系チノーズにスウェットシャツやシャンブレーシャツをコーディネートした裸足の若い男たち。あるいは長髪に黒いタートルネックと黒いタイツの若い女性たち。彼らはニューヨークのグリニッジヴィレッジやカリフォルニアのバークレーに群がり、バップ・ジャズとマリファナと酒に陶酔した。

彼らこそがビートニクス。アメリカ最初の反抗する若者であり、そのキングとしてかつぎ上げられたのが、『路上 ON THE ROAD』をたった3週間のスピードで書き上げたジャック・ケルアックであった。

『路上』がビートニクスのバイブルだった

『路上』には、実在したビート・ジェネレーションの主要な仲間たちが名前を変えてほぼ全員登場する。著者のジャック・ケルアックはサル・パラダイス、アレン・ギンズバーグはカーロ・マークス、ウィリアム・バロウズはオールド・ブル・リーという役名だ。

そしてビートの申し子として登場する主人公のディーン・モリアーティ役は、ジャック・ケルアックの友人で少年感化院出のニール・キャサディという実在の人物。

小説は、ディーンとサルのふたりが北アメリカ大陸の東から西、西から東と、さながらバムやホーボーと呼ばれる渡り労働者のように放浪しながら、さまざまな出来事に巻き込まれたり、悪事を引き起こすというもの。

とりわけジャズの即興演奏のように奇矯な行動を起こすディーンは魅力的な人物で、実在のニール・キャサディのキャラとほぼ一致するらしい。というのも『路上』という小説は、ニール・キャサディの実体験にインスパイアされてジャック・ケルアックが書いたものだからである。

言い換えれば、ビートニクスたちが憧れたキング・オブ・ザ・ビートは、ケルアックよりむしろニール・キャサディに近いのである。

1997年に公開された映画『死にたいほどの夜』は、そんなニール・キャサディの人物像がリアルなタッチで描かれていた。ビートの効いた映像や音楽も素晴らしいが、キャサディが着こなすアイビールック登場以前のアメリカン・フィフティーズルックが荒々しくて格好いい。

ヘビーなウールツイルのダブルポケット付きブルゾンや格子柄のオープンカラーシャツ、そして太めのトラウザーズに白いタンクトップやTシャツ。これらは、古着とトラッドアイテムを組み合わせたラギッドなディリーカジュアルルックの参考になるはずだ。

ビート文学と切り離せない『ルート66』

1960年代の初めビート・ジェネレーションはお茶の間にも影響を及ぼした。『ルート66』というTV番組が放映されたのである。

『ルート66』とは、『路上』の第一話に登場する、アメリカ大陸を東西に横断する国道のこと。

この路を、エール大学生のトッド(マーティン・ミルナー)と貧しい友人バズ(ジョージ・マハリス)が、シボレー・コルベット(当時の最新スポーツカー)を駆って旅をするというのがそのストーリー。

この主人公の設定は、コロンビア大学生だったジャック・ケルアックと不良青年ニール・キャサディにとても類似している。ただしトッドとバズの2人組は、沿道の田舎町でさまざまな出来事に巻き込まれながら、持ち前の正義感でトラブルを解決していく。

変な言い方だが、露悪的な行動をするケルアックとキャサディを正統的なビートニクスとするなら、トッドとバズは品行方正なビートニクスと形容できるだろう。

TV『ルート66』は日本でも放映され人気を呼んだ。何より広大なアメリカ大陸を自由気ままに旅をするところに日本の若者は憧れたし、知られざる米国の田舎町の風習や地方の実態などにも興味をそそられたものだ。

しかし何より参考になったのは、2人がコルベットに乗り込む所作だ。それまで日本の映画にもスポーツオープンカーが登場したことはあるが、俳優たちはわざわざドアを開けてシートに座っていた。しかしトッドとバズは、ドアを飛び越え、格好良くシートに滑り込んだのである。

事程左様にビート・ジェネレーションは単に思想運動だけでなく、さまざまなスタイルを我々に伝授してくれたのである。

Navigator
遠山 周平

服飾評論家。1951年東京生まれ。日本大学理工学部建築学科出身。取材を第一に、自らの体感を優先した『買って、試して、書く』を信条にする。豊富な知識と経験をもとにした、流行に迎合しないタイムレスなスタイル提案は多くの支持を獲得している。天皇陛下のテーラー、服部晋が主催する私塾キンテーラーリングアカデミーで4年間服づくりの修行を積んだ。著書に『背広のプライド』(亀鑑書房)『洒脱自在』(中央公論新社)などがある。

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