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オーツカ M-5のエナメルプレーントウオックスフォード


Feb 10th, 2015

text_junki yamada
photo_kazumasa takeuchi

極上のエナメルシューズなら、ハレの日の
足元に華やぎとエレガンスを添えてくれます

近頃、カジュアルな靴にも多用されるようになったエナメルレザー。以前はフォーマルシューズのための特別な素材との認識がありました。鮮烈な光沢を放つこの革の“華やぎあるエレガンス”が社交シーンにおいて、足元を飾るに相応しいからです。

古代エジプト人がガラスを作る過程で発見したエナメルは、透明、または不透明のガラス質を溶かし、それを金属や磁器などに焼き付けたもの。琺瑯(ほうろう)とか七宝と呼ばれるものも、これに含まれます。が、エナメルレザーはガラスの焼き付けではなく、ウレタン樹脂の表面コーティングによって作られます。歴史も新しく、その誕生は1818年です。

発明したのは米国人セス・ボイデン。あるとき、彼は偶然、ドイツで作られたエナメルレザーの切れ端を入手しました。その革が誰によって、どのように作られたのかは不明ですが、彼はそれを徹底的に研究し、独自に開発を進めます。

翌1819年には量産化も実現しました。そのボイデンのエナメルレザーは現在のものとは違い、革の表面に亜麻仁油ベースのラッカー剤を重ね塗りしたもので、彼は「水や汚れに強く、面倒なケアも不要な革」とうたいました。

ちなみに、エナメルレザーにはパテントレザーの別称があります。パテント(Patent)は「特許」の意味ですが、じつはボイデン、なぜか特許を取っておらず、したがってこの革がパテントレザーと呼ばれた理由は判然としないのです。

ボイデンのエナメルレザーは大ヒットしました。ただし、大ウケした理由は丈夫さや手間いらずではなく、その鮮やかな光沢にあったのです。加えて、ケアにシューズクリームを必要としないことから、舞踏会(男女が体を接して踊るワルツが、急速に普及した時代でした)で女性のドレスの汚さずにすむとあって、オペラパンプスなどのフォーマルシューズの素材として定着したわけなのです。

ところで、年度が切り替わるこの時期、ハレの装いが求められる機会が増えることから、今回、エナメルシューズを取り上げた次第です。オーセンティックならオペラパンプスなのですが、ここはより実用度の高い黒のプレーントウを選んでみました。

この靴は、1872(明治5)年創業にして、日本最古の現存シューズメーカーとなる大塚製靴の製品で、創業の頃のカタログに掲載されたデザインをもとに、それをモダナイズさせたグッドイヤーモデルです。

レースステイは一般的な5アイレットではなく、よりドレッシーな6アイレット。そこに通されたやや幅広なシューレースのマットな質感が、革の艶やかさと絶妙なコントラストを見せています。

加えて、革の鏡面を際立たせるべく、レースステイ左右に、アイレットに沿って施される飾りステッチを廃しているのも、この靴の個性のひとつでしょう。また、これは気づきにくいのですが、そのレースステイの最前部に施されたハナ留め(羽根の付け根を補強する縫製)が手縫いで、しかもその糸が「シャコ止め」と呼ばれる手編み糸であるため、堅牢であるうえ、見た目に大変美しいのです。

ソールのコバは、大塚製靴が十八番にする矢筈(やはず)仕上げ。矢尻を弦にかける部分のことを矢筈といいますが、コバがその形に似た「く」の字形に面取りされていることから、こう呼ばれます。

コバの張り出しを目立たぬものにし、靴をよりエレガントに見せるための日本発祥の技術ですが、本品では、さらに面取り部分を緩やかな曲線に削り込むことで、この靴をフォーマルに相応しい華奢で繊細なシルエットにしています。

服との組み合わせを一考してみましたが、奇をてらわず、ハレの装いとなるタキシードや黒のスーツでこそ、その魅力が一番発揮されることは間違いありません。日本の老舗が、その長い歴史の中で培ったすこぶる高い技術力をフルに駆使して製作した、美しくエレガントなこの靴。ぜひこれからの季節に活躍させたい極上の名品といえるでしょう。

(問い合わせ先)
大塚製靴
電話:03-5413-0770
価格:65,000円+税

Navigator
山田 純貴

55歳/東京出身/雑誌・書籍のフリー編集者・ライター。 中学時代に靴の魅力に開眼。1993年以降、靴道の伝道者として雑誌等に執筆中。著書に『靴を読む (本格靴をめぐる36のトリビア)』(世界文化社)がある。

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