美人白書

Vol.17 柴田 文江


Jan 29th, 2014

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体温計やキッチン用品、ベビーグッズや炊飯器など生活に関わるモノのデザインで数多くのヒットを生み出すプロダクトデザイナー、柴田文江さん。最近ではカプセルホテルや次世代型自販機なども手がけ、世界でも話題に。美しい暮らしとデザインの密接な関係についてお伺いしました。

暮らしの“美”をつくる柴田さんの美しさの秘訣

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絵やイラストを描く仕事に就きたかった。

――デザイナーになりたいと思ったのはいつ頃からですか?

中学生の頃ですね。当時は”デザイナー”という言葉も知らなかったので、イラストレーターになりたいと思っていました。今のようにインターネットもなく、どこで何を学べばいいか具体的な方法はまったく分かりませんでしたが……。男の子が「将来はF1レーサーになりたい」と言うときのような”仕事にするための道筋はよく分からないけど、憧れる”感じで絵を描く仕事に就きたいと思っていました。

――絵が得意な女子として有名だったんですか?

美術部にも入っていましたし、文化祭でも、皆の意見をまとめて、テーマに添ったデザインを決めてクラスの出し物づくりの指揮をとっていました。今思えばアートディレクションですね。楽しかった記憶があります。

――この4月からは母校、武蔵野美術大学の教授としてデザインを教えるそうですね。

はい。今年の4月から基礎デザイン学科で授業をもちます。もちろん私が通っていた時とは校舎も風景も変わっているのですが、大学に行くと通っていた頃を思い出して、いろいろな風景が蘇ってきます。母校ってこんなにも温かいんだなって、まるで草木にいたるまでが”おかえり”と迎えてくれているような気がしています(笑)。

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――学生にはどんなことを教えたいですか?

私はデザイナーという仕事に日々楽しみも感じていて、満足感もあります。もしも子供がいたら「デザイナーになって欲しい」と思うくらい。授業ではデザイン的な眼や手、デザイン思考を育てるための学問や技術的なことを教えるのはもちろんですが、同時にデザイナーという職業の素晴らしさを理解してもらいたいという思いが強くあります。

――楽しみですね。

先日この春から大学院に行く甥に「また勉強できるなんていいわね」と言ったら、「おばちゃんも行くんでしょ、大学に」と返され、ああ、そうか、と思ったんです。「私ももう一度大学で研究できるんだな」って。デザインはどの段階でも探せるものが必ずあるので、学生は学生なりに、私は私なりに、デザインを一緒に研究していけたら、と楽しみにしています。

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日用品は“人生の何時間かを一緒に過ごす”道具

――先ほどおっしゃっていた満足感はどんなときにいちばん感じますか?

やはり納得のいくモノが完成したときです。街のカフェや公園で自分がデザインしたモノを使ってくれているシーンに偶然出会えることがあるのですが、そのときのうれしさは格別。自分の生み出したものが愛着をもって使われていることを実感できますし、デザインが社会とつながっていると感じる瞬間です。

――モノの選び方で暮らしは変わるのでしょうか?

日本の女性は、洋服やアクセサリーなど身に着けるモノに関しては、個性や好みもきちんと反映されていて、すごく感度が高い。ただ、それと同じくらいの感性で日常使うモノを選べている人は、まだ少ない気がします。

――そうですね。洋服選びとモノ選び、特に日用品選びのテンションは違う気がします。

私は、身のまわりのモノが、適切に美しいモノであれば、その人の暮らしは少し楽しくなったり、豊かになると思っています。キッチンスポンジひとつ取っても、気に入ったスポンジを使うだけで、毎日の家事がポジティブな気持ちになったり。そのちょっとした”ワクワク”は、暮らしの快適さや幸せ感を底上げしてくれるものですし、デザインの対象から一見離れているように見える日用品のデザインこそ、じわじわと生活に作用するものだと私は思っています。

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――どんな小さなモノでも生活に影響がある、のですね。

ペン1本だって、2、3日で使い切ることはないわけですから、買い替えるときに”自分の人生の時間を共にする道具”だと思えば、”本当に必要かな”、”このペンを自分は愛着をもって使えるかな”と見極めながら選ぶと思うんです。新しくモノを買えば豊かに……と言うのではなくて、買い替えるときに一瞬立ち止まって考えて選ぶ習性をつける。すると”自分らしい快適な暮らし”に近づいていくのではないでしょうか。暮らしのなかで自分に対して”美的な気遣い”ができる人は素敵ですし、私は好きです。

――”まぁいいか”で選ばないということ。

世の中には粗悪なものもたくさんあります。それをデザインの力で淘汰するのもデザイナーの仕事。気に入ったモノがない場合、”安いし、これでいいか”と適当に買うのではなくて、”見つかるまで買わない”という選択肢もアリだと思うんです。どんな小さな日用品も”自分の暮らしを構成するモノ”ですから。

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ファッションは着心地で選びません。

――突然ですが、柴田さんはどんな女性を素敵な人だと思いますか?

先ほども言いましたが”美的な気遣い”ができる人って素敵だなと思います。たとえば友人と待ち合わせをして、特別な場所に行くわけでもないのに、素敵な装いで来てくれたりすると「私と会ってお茶するだけなのに、おしゃれをしてきてくれたんだ」と嬉しくなります。女子会でもみんながキレイにして来てくれると、会全体が盛り上がって楽しい雰囲気になりますよね。

――柴田さんがファッションで大事にしていることは何ですか?

着心地のよさというよりは、むしろ、こんなの着たことがない!着てみたい!という、”どれだけグッときたか”を重視しています。

――”グッときた”度が判断基準なのですね。

デザインや形、色など、服に心を動かされたら、コーディネートや着心地を頭で考える前に買った方がいいと思っているんです。時には、目は欲しかったんだけど、着たら違った……という失敗もありますが、服を自由に選んで着る感覚は失いたくないですね。気に入った服を臆せずに着ることも仕事の一環だと思っています。もしも私がラクさとか着心地だけに走ってしまったとしたら、心身が相当弱っているときかもしれませんね(笑)。着心地だけで服を着ていたら、老けるんじゃないかな。

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――普段のお買いものはどんな風に?

私のお買い物は早いですよ。今日は買う日と決めたら、脱ぎやすい服と靴で家を出発。長年お付き合いのあるショップのスタッフの方にあらかじめ連絡をして、探しているアイテムやテーマを伝えて、用意してもらいます。そしてワッと試着して迷わずにイエス、ノーを判断していきます。スタッフの方にも見ていて気持ちがいい、壮観!と言われますね(笑)

――どんなファッションが好きですか?

あと少しで50代に入る今、ファッションのテーマを”ちょっとワルい感じにしようかな”と。40代の頃は、大きな仕事を抱え、ときには厳しいことも言わなきゃならない立場だったので、せめて見た目だけでもやわらかくしようと、”ファッション乙女化計画”のもとフェミニンなスタイルを心がけていたんです。けれど、そろそろもういいかなと思いまして。これから年齢を重ね、だんだん性別を超えた”人間”となるにあたり(笑)、品性は失わないよう気をつけつつ、少しエッジの効いたファッションにシフトしていこうかと思っています。

――40代はフェミニンで50代はちょっとワル。30代はどんなファッションを?

何を着ていたんだろう…これが記憶にないんですよ。

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30代の記憶が……ないんです。

――どんな30代だったのですか?

20代で独立して、30代はもちろんプロダクトデザイナーとして仕事をしていたのですが、今思い返せば、30代は、”デザイナー”になるためのラストスパートをかけていたのだと思います。今を越えれば、デザイナーとしてやっていけると何とか踏ん張っていた時期でした。無我夢中だったからか、自分のために使う時間が皆無だったからか、30代のことをあまり覚えてないんです。今では友人と「女性としてもっとも美しい30代という黄金期に何をしていたんだろうね……うーん、思い出せない」と笑い合っています。

――それだけお忙しかったということですね。

断ったら次がないと頼まれた仕事は全て受けていました。土曜の夜中に打ち合わせて、翌月曜日が締切りという真っ青になるような発注もありましたね。あぁ、思い出したくもない(笑)。髪をセットする時間も惜しくて、ロットを巻けないくらいのベリーショートにしていました。本当はウィッグを朝パコっとつけてセット完了! にしたかったくらいなの。でもウィッグだって結構高いでしょう。だからベリーショート。

――す、すごいですね。

まだ無理が効く年齢だったので、体力に任せて疾走していましたが、心のどこかでは”こんな生活は長くはもたない”と思っていました。24時間体制の今の仕事時間を4分の1にするには…”仕事の価値を4倍”にしないと。と考えていましたね。そのための具体策があったわけではないのですが、必死で駆け抜けたら徐々に思っていた方向に向かっていました。

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――何かきっかけがあったのですか?

コンペで選ばれた「コンビ」のベビー用品24アイテムを世に出してから、少しずつ風向きが変わっていきました。シリーズを見て、私のデザインを知った上でオファーが来るようになったんです。オムロンの電子体温計『けんおんくん』の依頼もそう。”誰でもいいから手伝って”から”柴田さんに頼もう”とデザイナーとしての名前も少しずつ知ってもらえたのかも知れません。デザイナーが変われば、完成する商品も違うモノになりますし、売上や会社の認知度などの結果も変わるわけですから、理想は”この人でなくては”と指名されることです。

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美しいモノをつくって暮らしに貢献する。

――デザインの発注がきて、どの部分にいちばん時間をかけるのですか?

制作期間は、長いプロジェクトで3年、短くても7~8か月で完成させるのですが、純粋にデザインだけをしている時間は短いです。製造の調整やデザインのことを理解してもらうために企業を説得したり、デザイン以外の仕組みづくりに多くの時間をかけます。制限や無理難題もありますしね。モノづくりは常に向かい風ですから。

――バランス感覚が必要そうですね。

利益を出すこと”だけ”に応えるのがデザインではないので、クライアントの求めていることを満たしつつ、その先にいるユーザーの満足できるものをつくる。これが意外と難しいんです。企業のためだと言いながら、生活者に対してモノを提供するという実に不思議な”二枚舌”を使っています。

――ユーザーのためにクライアントを説得するのも大きな役割なんですね。

はい。地味にでも長く売れ続けて、”あの会社の商品は本当にいい” “壊れてもきちんと部品がそろっている”など、誠実さを積み重ねてくことが大事だと思っています。それをデザインで行うのは一見遠回りのようにも思えるのですが、地道にやり続けていくことが最終的にユーザーからの信頼を勝ち得るんだと思っています。

――20代や30代の頃と今を比べて考えが変わったことはありますか?

“美しいモノをつくって暮らしに貢献すること”。これは、今も昔も変わりません。ただ、今は単純にデザインだけでなく、もっとプロジェクトのなかに入り込んで形をつくっているので、これまでよりもデザインの”倫理観”や”誠実さ”は意識しています。”美しい”の中には正しさが含まれますからね。螺旋で例えると、上から見たら何も変わっていなくても、横から見たら上がっているイメージでしょうか。

お客さんは、製造過程に口を出すことはできず、商品となっているものの中から選ぶしかありません。デザイナーは、生活者の視点をもち、なおかつ製造側のことも理解して、人の “快適”で”人間らしく” “美しい” 暮らしのために、モノの姿がどうあるべきかをデザインで引き寄せる立場だと思っています。


最後に柴田 文江さんから
“美しくなるためのメッセージ”

どんな小さなモノでも、雑に選ばずに愛着をもって大事にできるかを見極めること。好きなモノに触れ、使う喜びを感じる、その繰り返しが暮らしに美しさを与えてくれるのではないでしょうか。

今月の美人
柴田 文江

武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科卒業。東芝デザインセンターを経て、 1994 年 Design Studio S を設立。オムロン電子体温計「けんおんくん」やJINS SPORTSのサングラス、JR東日本「次世代自販機」、無印良品「体にフィットするソファ」、カプセルホテル「9h(ナインアワーズ)」など、数多くの作品を手がける。著書『あるカタチの内側にある、もうひとつのカタチー柴田文江のプロダクトデザイン』(ADP)も好評発売中。毎日デザイン賞、グッドデザイン賞金賞など国内外で受賞歴多数。'03年よりグッドデザイン賞審査員も務める。2014年4月より、武蔵野美術大学教授に就任。

Vol.18 倉本康子

Vol.16 福田 彩乃


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