チャーミングな宇宙飛行士、山崎直子さんの美の秘訣。
子どもの頃の夢を叶え、宇宙へ。
ー 「宇宙戦艦ヤマト」のアニメに影響を受けて、宇宙への憧れを抱くようになったそうですが、どんな女の子でした?
宇宙に興味を持ち始め、
『宇宙戦艦ヤマト』に憧れていた小学生時代、
家族旅行での一コマ。気分はヤマトのクルー!?
小さい頃から、『宇宙戦艦ヤマト』やプラネタリウムが大好きな少女でした。小学生の頃、学校のグラウンドで、はじめて天体望遠鏡で星空を見る体験をしたのですが、そこで目にした月のクレーターや土星の環がすごくきれいで、宇宙に興味を持つようになったんです。そして中学3年生の頃、チャレンジャー号爆発事故が起きたんです。ニュースで流れる宇宙船の映像を見て、これまでSFの世界だと思っていた宇宙が、突然リアルな世界の出来事として目に飛び込んで来た。その頃から、漠然と宇宙飛行士になりたいという夢を抱くようになり、大学で宇宙工学を専攻しました。
ー 宇宙飛行士になると言っても、その試験は非常に厳しく狭き門ですよね?
そうですね。宇宙飛行士の採用試験は不定期なので、いつ募集があるか分かりません。私は東京大学大学院を修了後、宇宙開発事業団という政府の機関(後のJAXA)に入社して、国際宇宙ステーションの開発業務に従事しながら宇宙飛行士を目指していました。試験には2度目の挑戦で合格できたのですが、1度目の挑戦から次の募集まで3年待ちました。その後は10年間募集がなかったので、ある意味、運が良かったとも言えます。でも、試験自体はなかなか面白かったですよ(笑)。例えば、最終試験に残った8人で、大型バス位の大きさの部屋の中に1週間缶詰にされるんです。思いつくままに作文や絵を描かされる課題もあり、こんなことやって、何の意味があるんだろう? って思うことも。最近は、『宇宙兄弟』の影響で一気に知名度が増しましたが、まさに漫画で描かれているような感じでした。
ー いざ宇宙飛行士になっても、そこからまた訓練の日々。ましてや、宇宙飛行士になったからと言って、確実に宇宙へ行けるとも限らないのですよね?
私の場合は、宇宙飛行士になってから実際に宇宙へ行くまで、11年かかりました。宇宙へ行くことがイメージできず、先が見えないまま訓練を続けるわけです。しかも、訓練のために世界中を転々とするので、2、3ヶ月後に自分がどこで何をしているかも分からない。正直、不安に思うこともありました。その間、2003年には宇宙船スペースシャトル「コロンビア号」の事故もあり、宇宙への道は増々不透明になりました。そういう状況だけを見ると、とても苦しい11年のように思われるかもしれませんが、一つ一つの訓練はとても興味深く楽しかったです。好きだからこそ続けられたのだと思います。
ー 宇宙飛行士の訓練とは、どのようなことをするのですか?
地上での支援業務と平行して、自分自身の訓練も行っていきます。訓練は、座学から実技、飛行機操縦訓練、そして、アウトドアでの訓練など多岐にわたります。不時着した時のことを想定して、モスクワの雪原の中や黒海の海上など、いろいろな地に行ってサバイバル訓練をしたこともあります。
ー 特に思い出に残っているエピソードはありますか?
アメリカでのサバイバル訓練中。
日ごとのミッション、スケジュールも様々
NOLS(National Outdoor Leadership School)というアメリカでの野外リーダシップ訓練に参加した時のことです。これは、宇宙滞在に似たストレス環境下で、自己管理やリーダシップ、フォロワーシップなどのチームワーク、状況に応じた判断方法などを習得するための訓練なのですが、宇宙飛行士に限らず、学生や政治家、企業の社長など様々な職業の人が参加しています。私が参加した時はロッキー山脈での訓練だったのですが、10日間過ごすための荷物や道具をすべて背負い、10人ほどのチームで、道順も、どこで何をするかも、すべて自分たちで決め、スタート地点から100km先のゴールを目指すというもの。NOLSには女性教官がいたのですが、「日中はすごく焼けるから、日焼け止めは必需品よ」なんてアドバイスをしてくれるような、一見サバイバルとは無縁な、すごくお茶目でキュートな女性だったんです。過酷な状況下であっても自然体でいられる彼女に、多くのことを学びました。だから、女性であることを否定するのではなく、それも含めてそれぞれの個性を出す、ありのままでいいんだ、と気づかせてもらいました。
ー とても勇気を頂けるお話ですね。山崎さんは結婚、出産も経験されていますし、家庭と仕事を両立して来られたんですよね。ご家族の支えも大きかったですか?
仕事や訓練がすべてではありませんから、家に帰れば、1人の妻であり、母であり、日常の生活がある。でもそれは、宇宙飛行士に限ったことではないと思います。ただ少し、仕事の状況が特殊なので、周りの人々の理解や支えにはとても助けられました。私自身よりも、夫や娘、周囲の頑張りの方が大きかったと思います。長女は当時7歳だったのですが、スペースシャトル「ディスカバリー号」で旅立つ1ヶ月ほど前に娘が熱を出してしまったんです。私が看病しようとして彼女に触れようとしたら、いつもなら甘えてくる娘が「ママあっち行って!」って怒るんです。なにか気に触ることをしたのかと思っていたら、「宇宙へ行くママにうつしちゃうから」って言うんです。娘も私の宇宙行きをすごく楽しみにしてくれていたので、彼女なりにすごく考えていたんだと、胸が熱くなりました。
日本人2人目の女性宇宙飛行として、宇宙へ。
ー 2010年4月、スペースシャトル「ディスカバリー号」のクルーとして、ミッションへ参加。
はじめて宇宙を目にした時の印象はいかがでしたか?
想像以上に綺麗でした! 姿勢のとりかたによっては、地球が下ではなく上にも見えるんです。日の出を浴びた青い地球が、漆黒の宇宙の中にふわっと浮かんでいる姿は、今でも目に焼き付いています。打ち上げからわずか8分30秒で宇宙に着くんですが、その時間は本当にあっという間。その間、地球の重力の3倍というものすごい力が身体にかかるのですが、訓練ではない、リアルな無重力を体験したときはさすがにテンションが上がりました。お決まりですが、宙返りもしました(笑)。
人類史上最多!女性4名が国際宇宙ステーションに滞在。
ー 宇宙では、物資の移送責任者として指揮を担当されたそうですが、ミッション以外に、宇宙ではどんなことをして過ごされたのですか?
娘から、色付きのシャボン玉を作るという宿題を渡されていたんです。娘は、学校の自由研究で、絵の具で色を付けたシャボン玉液を膨らませたるとシャボン玉に色は付くのか? という実験を夫と考案して行ったのですが、地球上では重力がかかり、色水が下にたまってしまって色が付かなかったんです。でも、無重力ならきっときれいに色水が広がって、色付きのシャボン玉ができるかもしれない、だから宇宙で実験してきてほしいって。自由時間に試してみた結果、見事に綺麗な色のシャボン玉ができましたよ。写真を撮って送ったらすごく喜んでくれましたけど、なかなかプレッシャーで大変でした(笑)。
ー 様々な訓練を積んで宇宙へ向うわけですが、訓練と実際に過ごす宇宙は違っていましたか?
国際宇宙ステーション内、
無重力空間での作業中。
仕事でも想定外の出来事はいろいろ発生しますが、日常的な小さな違いも印象に残っていますね。前髪が全部逆立って髪型がキマらないとか(笑)、エアコンがつきっぱなしなので、乾燥肌が気になったな、とか。あと、宇宙だと、足は浮腫まずに顔が浮腫むんです。ムーンフェイスと言われているんですが、無重量状態だと、地上に比べて上半身に送られる血液量が増えるので、体液が頭の方に集まってしまうんです。それで、地上にいるより顔が浮腫んで見えるんです。まさに、イメージとして語られる宇宙人のような感じですね。でも、宇宙で過ごした15日間よりも、地球に戻ってきてからの方が再適応するのに大変でしたね。身体が無重量に慣れてしまったので、ふらふらするんです。普段は意識しませんが、重力の大きさに驚きました。
ー ちなみに、お化粧やスキンケアなどはどうされていましたか?
ポーチに入るくらいのものは持って行けるので、ひと通りのスキンケアはできますし、お化粧もしていました。最近のスキンケア商品は進んでいるので、水なしで洗えるシャンプーやフェイシャルを使っていました。宇宙でも、女性であることは忘れずに、自然体で過ごせましたね。そう考えると、宇宙という空間に身を置きながら、こんなにも坦々と日常的な生活が送れるのかと、少し驚きました。起きて、ご飯を食べて、仕事をして、眠りにつく。限りなく非日常的な空間の中で進む日常生活は、とても不思議な感じがしました。
ー女性ということでやはり気になるのがファッションなのですが、宇宙服の着心地はいかがでしたか?
スペースシャトル打上げ&帰還時に着用するオレンジスーツ。
万が一の事故に備え、身を守ってくれる。
洋服は、基本的にポロシャツとズボン。NASAから宇宙で着る洋服のカタログが支給され、その中から好きなモノを選べるんです。宇宙服で大切なのは素材ですね。基本的に綿100%。乾燥する船内では火事になったら大変なので、静電気は大敵です。お風呂にも入れないので、通気性や消臭性も気になります。今回新しい試みとして、日本の洋服メーカーから宇宙へ持って行く洋服を一般公募したんです。動きやすい立体製法の洋服や、清涼感のある藍染めの洋服、消臭効果のある銅線入りの靴下や和紙素材の靴下など、どれも快適でしたよ。日本の優れた繊維技術を改めて感じることもできました。
人に興味を持つということ。
ー 性別も年齢も、国籍も違う、様々なバックグランドを持った人々がひとつのクルーとして過ごす15日間。ましてや隔離された状況下だと、様々な人間関係が浮き彫りになると思うのですが、苦労などはありませんでしたか?
船内業務の一つ、
ロボットアーム操作を訓練する山崎さん。
みんな陽気で楽しいチームでしたよ。ただ、私も含めて、みんな頑固で譲らないので、言い合いはしょっちゅうです(笑)。家族のような感じに近いですね。気心が知れ遠慮がなくなってくると、言い過ぎてしまうこともありますが、やはりコミュニケーションは大切だと思います。思ったことはきちんと伝えないと分かりあえない。そのためには、相手に興味を持つことが大切だと思います。ひとり一人違う人格なのだから、考え方も感じ方も、違って当たり前。だからこそ、相手に興味を持つことが第一歩。その上で意見がぶつかり合うのは、なにも悪いことではないと思います。チームの目標にむかって、それぞれが全力をつくす訳ですから。そのなかからより良い解が生まれてきます。
ー “宇宙へ行く”という偉業は、まさに人類にとっての夢であり、その体験はひと言で語れるものではないと思います。多くの困難と喜びのなかで、山崎さんが一番心に残っていることはなんですか?
地球に戻ってきて、最初に風を感じたとき、自分の身の周りにある、当たり前のようにあるものがどれほど愛おしいかを感じることができました。顔にふわっと風がふき、新緑の香りがしました。そして、あぁ、いいな。ただいま。と、心から思ったんです。この星には、水があり、空気があり、風が吹いて樹々や花が育っている。そういう当たり前のことが、どれほど貴重ですばらしいことか。空気さえもない宇宙空間へ行ったことで、改めて自分が生きるこの星のすばらしさを感じることが出来たのだと思います。そして、この星に生きる人間への興味もつきませんね。
最後に山崎直子さんから
“美しくなるためのメッセージ”
この星を包んでいる、すべてのものに感謝したいです。木も花も、水も、空気も、すべてが愛おしく尊い存在。感謝の心を忘れずにいれば、自然と表情もイキイキしてきます。周りを元気にしてくれる笑顔の素敵な女性こそ、美しい。そんな女性でありたいですね。