ICON OF TRAD

Vol.22 ローレン・バコールの弔報を知り、 懐かしのコンポラ・スーツを思い出した。


Sep 3rd, 2014

text_shuhei tohyama
illust_yoshifumi takeda
edit_rhino inc

かつて米国西海岸を中心に流行したコンポラ・スーツをご存知だろうか? 東海岸で誕生したトラディショナルなスタイルをモチーフに、西海岸の風土や気質をエッセンスにアレンジされたスタイルだ。今回はその源流を紐解いてみよう。

クールなスーツ素材

スーツを着こなすキーワードとして、心掛けていることがひとつある。それは『クール』ということ。クールには『涼しい』という意味も含まれているが、ファッション用語では『格好いいとかスマート』という意味で捕らえていただきたい。クールの対義語(反対語)は、デコラティブ(装飾的な)と考えると分かりやすい。つまりクールとは、最小限の表現で格好良く装うことにある。

スーツをクールに着こなすには素材が重要だ。ウールの布地はおおまかに2種類ある。ひとつは生地の表面が毛羽だった素材(これを紡毛=ぼうもう。英語ではウーレンと呼ぶ)。もうひとつは、生地の表面があまり毛羽だっていない素材(これを梳毛=そもう。英語ではウーステッドと呼ぶ)。

2種のうちどちらがクールな素材かというと、色調に深みがあり、柔らかでジェントルな雰囲気を醸し出す毛羽の長い紡毛よりも、張りがありモダンな雰囲気をもつ、毛羽の短い梳毛のほうがクールといえよう。

生地を織り上げた後の仕上げの段階として、剪毛機で毛羽をカットする工程がある。このとき生地の織り目がはっきり見えるほど短くカットしたものをクリアカット・ウーステッドと呼ぶ。梳毛のなかでもこの布地の手触りはパリっとして、きっちりとかたく織り上げた雰囲気が出るから、よりクールな生地といえよう。シャークスキンのグレー、ダークブルーのサージ、クリアカットした無地のチャコールグレーといったところがクールな布地である。

クールなデザインとは何か

クールなスーツは1960年代初頭に多出した。というのもシックスティーズは、現代のようにスリムフィットのスーツが好まれたからだ。その代表として、米国ではナチュラルショルダーで前ダーツのないアイビーモデルや、それをさらに大人向けにアレンジしたトラディショナルモデルがある。英国ではサヴィル・ロウのテーラー、アンソニー・シンクレアがショーン・コネリー主演の007映画のためにモダンブリティッシュなシングルブレスト2つボタンのスーツを仕立てている。

これらのクールスーツに共通しているのは、ラペル幅は細め、着丈は短め、肩幅は狭く、袖も細い。また余分な装飾がないのも特徴だ。

着こなしにも共通点は多い。ドレスシャツはコットンブロードの白。ネクタイはシルクニット製の黒で、プレーンノットで結びディンプルは入れず、タイピンも使用しない。靴とベルトは黒。ポケットチーフは白のコットン製で、これをTVフォールド(ポケットの口から数ミリだけハンカチーフの先を水平にのぞかせる)にする。

クールなスーツは、デザインも着こなしもミニマムなことが大切だ。

コンポラ・スーツの登場

コンポラ・スーツはニューヨークのブルックス・ブラザースやロンドンのサヴィル・ロウでは手に入らない。これを作る専門のテーラーが西海岸に存在したのである。このハリウッドスタイルを一手に引き受けていたのは、LAのバァイン通りにあったサイ・デボアというイタリア系アメリカ人のテーラーである。

彼の顧客は、ジェリー・ルイス(著名コメディアン)、ジーン・バリー(TV『バークにまかせろ』)のほか、フランク・シナトラが率いるラットパックのメンバー(サミー・ディヴィス・ジュニア、ディーン・マーチンなど)たちだった。

とくにフランク・シナトラとラットパックは、この店で仕立てたお揃いのシャークスキンスーツを着てラスベガスのショウに出演して金ばなれのいい男たちに喝采を浴びたり、映画『オーシャンと11人の仲間たち』(元祖『オーシャンズイレブン』)も大ヒットしたから、コンポラ・スーツの普及に貢献した。

ちなみにシナトラ一家をラットパックと呼ぶのには諸説があるらしい。シナトラのファンであるデザイナーのニック・ハートに聞いた説では、ある夜にハンフリー・ボガードが女優のエヴァ・ガードナーを連れてクラブに出かけたところ、以前からエヴァ・ガードナーと付き合っていたフランク・シナトラ(後にふたりは結婚する)がボギーの飲み仲間と一緒にふたりのまわりをウロチョロし始めた。ボガードはエヴァに「なんだアイツらは?」と聞いたところ彼女は「あっアレね、ラットパック(ネズミの群れ)よ」と言い放った。
ボガードはそれが気に入って、いつもの飲み仲間をラットパックと呼ぶことにした。ボギーの死後、その名称を仲間のひとりだったシナトラが受け継ぎ、新たなグループを結成したのだという。

チョイ悪でプレイボーイっぽいイメージをもつコンポラ・スーツは、今もマイケル・タピアのスーツなどに影響を残している。日本でも戦後の米軍基地に在留した兵隊たちがベース周辺の日本人テーラーにこのスーツをオーダーしたこともあって、当時夜のクラブ活動に熱心だった遊び人には、懐かしのお洒落スーツとして知られている。

この8月女優のローレン・バコールの弔報を知った。バコールはハンフリー・ボガードの最愛の伴侶で、私生活でボギーは年の離れた彼女のことをベイビーとかキッズと呼んでいたほどだ。カルト的な探偵映画でふたりは共演している。ラットパック誕生説も、ボギーが連れていた女性はエヴァ・ガードナーでなくバコールだという異説もある。そんなわけで、ラットパックと関係の深いコンポラ・スーツの一文をまとめた次第。

最高にクールだったボギー、シナトラ、そしてローレン・バコール。Here`s Looking at you, kids.(キミの瞳に乾杯!)。

Navigator
遠山 周平

服飾評論家。1951年東京生まれ。日本大学理工学部建築学科出身。取材を第一に、自らの体感を優先した『買って、試して、書く』を信条にする。豊富な知識と経験をもとにした、流行に迎合しないタイムレスなスタイル提案は多数の支持を獲得している。天皇陛下のテーラー、服部晋が主催する私塾キンテーラーリングアカデミーで4年間服づくりの修行を積んだ。著書に『背広のプライド』(亀鑑書房)『洒脱自在』(中央公論社)などがある。

Vol.23 『都会を出ずに田舎に居る』、 ツイードジャケットはこの心境で着こなしたいもの。

一流の政治家が愛用する白シャツから我々が学ぶべきヒントは多い。


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