Vol.51 トラッドな春夏スーツ服地の知識を蓄えれば仕事も快適にこなせる。
サマースーツの定番服地となるウールトロについて、ニューヨーカーのチーフデザイナーの声と共にその特徴を予習。今シーズンのス...
ICON OF TRAD
トラッドファッションに欠かせない、ICONの数々。このコーナーでは、トラッドのルーツを語る上で必要不可欠なICONに焦点を当てます。第1回は、様々なメーカーがアイデンティティを凝縮して作り出す「ボタンダウンシャツ」です。
ICON OF IVYの象徴
近年のIVY、プレッピーリヴァイバル人気を反映して、出版界はちょっとしたIVY本ブームに湧いている。
日本でも昨年2011年に『TAKE 8 IVY』、『TAKE IVY』(復刻版)の2冊が相次いで出たが、IVY発祥の国アメリカは、その比じゃない。代表的なものだけをあげても、『TAKE IVY』(日本の『TAKE IVY』の翻訳本)、『THE IVY LOOK』、『TRUE PREP』(2010年)、『PREPPY CULTIVATING IVY STYLE 』、『HOLLYWOOD AND THE IVY LOOK』(2011年)、『THE IVY LEAGUE』(2012年)と、とにかく枚挙にいとまがない。
なかでも1950年代半ばから60年代半ばにかけてのIVY全盛期のスターたちのポートレイト、スチール、スナップを集めた『HOLLYWOOD AND THE IVY LOOK』は、写真集の体裁を取っていること、馴染みのある往年のスター達の貴重な写真が満載されていることもあって英語が苦手な人でも気軽に楽しめる心躍るヴィジュアル本に仕上がっている。
この写真集には、スティーブ・マックィーン、ダスティン・ホフマン、アンソニー・パーキンス、ポール・ニューマン、ウディ・アレンといったICON OF IVYとでも呼べそうな有名スターたちが網羅されているだけではなく、日本ではあまり馴染みのないTVスターやジャック・レモン、ジェームズ・コバーン、ピーター・フォークといったいぶし銀の貴重なIVYルックも披露されている。ビリー・ワイルダー、エリア・カザンといった監督たちのIVYルックが納められているのもご愛嬌。個人的にはフランク・シナトラがエントリーから漏れている点がどうにも腑に落ちなかったけれど、映画ファン、IVYファンにとって垂涎の1冊となっている。
JFKは、B.D.を着なかった?
それにしても、この本を眺めているとボタンダウンシャツが、いかにIVYの代名詞であるかを今さらながらに痛感させられる。むろん、この本でスターたちが着ているすべてのシャツがボタンダウンというわけでは決してないのだが、ざっと見るところ8割の男たちがボタンダウンシャツ姿なのである。
服飾史の視点でみれば、ボタンダウンシャツそのものは、1900年前後にアメリカのブルックスブラザーズが英国のポロ競技の選手が着ていた襟にボタン留めのついたシャツをヒントに考案したものだし、実際には30年代、40年代のハリウッド映画にも登場しているから、IVYに限定するのはいささか性急で本来はアメリカントラディショナルの文脈で語るべきなのだろう。けれど、この本を眺めているとボタンダウンシャツが市民権を得て、若者からビジネスマンまでオンオフ問わない万能シャツとして広く浸透したのは、やはりIVYブームのおかげだったと認めざるを得ない。
60年前後が、アメリカでもボタンダウンシャツ定着の端境期だったことは、IVYリーグの名門ハーバード大学出身の第35代大統領ジョン・F・ケネディーが私生活以外では、ボタンダウンシャツを決して着なかったことからも明らかだ。大統領選挙が行なわれた60年当時、IVYリーガーの代名詞だったボタンダウンシャツを着ることは、いわば鼻持ちならないエリート意識と取られ大衆から反感を買うと、選挙参謀がケネディにボタンダウンシャツを着ることを禁じたというエピソードは、図らずも60年代当時のボタンダウンシャツのリアルなポジションを表しているように思う。VANヂャケットによって、日本で60年代に空前のIYY(つまり=ボタンダウンシャツ)ブームが起こったのも、当時のアメリカの最先端のスタイルがIVYルックだったためだった。
色褪せない普遍の魅力
振り返れば、10代からいろんなボタンダウンシャツに袖を通してきた。タイドアップしても、カジュアルでも組み合わせが楽チンなボタンダウンシャツは、僕のような会社勤めをしたことがない人間にとって重宝な万能シャツということあって無地のオックスフォードを中心にストライプ、チェックなど様々なバリエーションをこれまで買ってきた。さっき自分のワードローブのシャツを見てみたらおよそ8割がボタンダウンシャツだった。 元祖ブルックスブラザーズはもちろん、インディビジュアライズドシャツ、ラルフローレン、そのファクトリーといわれたアイクベーハーやギットマンブラザーズ、Jプレス、ポールスチュアート、あるいはメンズビギをはじめとするDCブランド、それに日本のニューヨーカーやドメスティックブランドのものもある。
90年代には、エルメスのシャツを手がけていたといわれていたルイジボレッリやロレンツィーニのオーバー3万円のボタンダウンシャツも愛用した。最近じゃ、トムブラウン、ブルックスブラザーズのブラックフリース、あるいは、バンドオブアウトサイダーズなども試している。正直、バンドのボタンダウンシャツだけは、価格に見合わない縫製上の欠点に辟易させられたが、バンドのデザイナー、スコット・スタンバーグがこのブランドそのものをシャツのコレクションから始めたこと、ファッションビジネスに身を投じる前に古いブルックスブラザーズのボタンダウンシャツを分解し、自ら縫製し直してタイトに着ていたなんてエピソードを知るとついついその欠点も許してしまいたくなる。こんなエピソードもボタンダウンシャツならではだろう。
それら手持ちのボタンダウンシャツは、今、袖を通すには少々襟越しが高すぎたり、アームホールが太すぎたり、柄が今の気分じゃなかったりして気恥ずかしいものもあるが、そのほとんどは未だ現役だ。とくにトラッドブランドが作ったオーセンティックなボタンダウンシャツは、ボディとアームホールさえお直しすれば、四半世紀前のものでも十分、通用する。サイズ感だけは時代とともに基準が変わってしまったためにどうしようもないが、そのことはボタンダウンシャツのエバーグリーンな普遍の魅力を如実に物語っているのではないかと思う。
the book can be bought at www.reelartpress.com
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山口 淳
ライター、ときどきエディター。ファッション誌、旅雑誌、モノ雑誌などのエディター、ライター、ディレクターを経て、現在は主にライター業をなりわいとしている。
著書に『これは、欲しい。』『ビームスの奇跡』『ヘミングウェイの流儀』(共著)などがある。
めったに更新されないブログ〉http://onlyfreepaper.com/yamaguchijun/
REGIMENTAL TIE / レジメンタルタイ
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