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ICON OF TRAD
トラッドファッションに欠かせない、ICONの数々。このコーナーでは、トラッドのルーツを語る上で必要不可欠なICONに焦点を当てます。第2回はレジメンタルストライプです。
「移動祝祭日」のレジメンタル
アーネスト・ヘミングウェイが、晩年、若く貧しかったパリ修行時代を少々ノスタルジックに振り返って書いた『移動祝祭日』のなかに、ヘミングウェイにとって文学上のキャリアの大恩人でライバルで友人でもあったF・スコット・フィッツジェラルドの着こなしにいちゃもんをつける下りがある。ヘミングウェイが、フィッツジェラルドにはじめて会ったドランブル通りのディンゴ・バーのシーンでのことだ。
「(前略)私は相変わらずスコットを観察し続けていた。彼は華奢な体格で、さほど体調がいいようにも見えず、顔がすこしむくんでいた。ブルックス・ブラザーズの服は体にぴったり合っていて、ボタン・ダウンの白いシャツにレジメンタル・タイをしめていた。パリにもイギリス人たちはいるのだし、そのバーにもいつイギリス人が顔を出してもおかしくないのだから ―― すでにそこには二人いたのだが ――アメリカ人がイギリスの近衛連隊のタイをしめる滑稽さを注意してやったほうがいいかもしれないと思った。が、すぐに、そんなことはどうでもいいな、と思い直して、またスコットの顔を見つづけた。あとでわかったのだが、スコットはそのタイをローマで買ったらしい(後略)」(高見浩訳)
そういえば僕も、30代半ばではじめて『移動祝祭日』を読んだ時、あるムック本のジョン・F・ケネディーの企画で若いスタイリストがセレクトショップで借りて来たレジメンタル・タイに「アメリカの大統領のスタイリングのページで、英国式のレジメンタル・タイなんか借りて来てどうすんの?」と辛辣なクレームをつけ、リースし直しを命じたことがあったことを思い出し、苦笑いをしたことがある……。
こういってもピンとこない方もけっこうおられるかもしれない。実は、英国式と米国式のレジメンタル・タイには大きな違いがあるのである。
ルーツは英国陸軍の連隊旗
服飾史辞典やテキスタイル辞典によれば、レジメンタル・タイは、英国陸軍のレジメンタル・ストライプの連隊旗が起源ということになっている。文字通りRegiment(連隊)の stripe(縞)である。もともとは16世紀に陸軍が中隊と連隊に編成されたときに訓練や戦場でひと目で自分の所属連隊を見つけられるよう特定の配色のストライプを連隊旗に採用したのがきっかけだったようで、その柄がタイにも採用されるようになったのは比較的遅く、19世紀後半になってからのことだといわれている。このレジメンタル・ストライプは、ロイヤル・エアホース(英国空軍)、ロイヤル・ネイビー(英国海軍)など、所属する軍、所属する連隊によって配色、縞の幅、ピッチなどが厳密に決められている。逆をいえば、海軍の兵士がロイヤル・エアホースのタイを締めることは絶対にあり得ない。それは軍隊だけではなく(ほぼ同時期に普及したといわれる)ジェントルマンクラブのクラブタイ、あるいは英国や米国の名門校のスクールタイと呼ばれるレジメンタル・ストライプのタイ、レジメンタル・ストライプとクレスト(紋章)を組み合わせたロイヤル・レジメンタルなどでも、所有者の所属や社会的地位などを示すいわば記号として徹底されている。
で、このレジメンタル・ストライプ、なぜか英国式の正統派”ヨーロピアン・ストライプ”は向かって右上がり、アメリカントラッドに象徴される”アメリカン・ストライプ”は向かって左上がりと(一部の例外はあるものの)決まっているのである。つまり、ヘミングウェイはアメリカの名門プリンストン大学出身のフィッツジェラルドがヨーロッパ式のローマで買ったレジメンタルを締めているのが滑稽だと指摘しているわけだ。そういえば、かつて日本人がアメリカの名門大学のそばのトラッドショップでレジメンタル・タイを買おうとして、「おまえさんはこの大学の卒業生なのか?」と店主に詰め寄られたなんてまことしやかな笑い話をよく聞いたものだけど、これもヘミングウェイ式の原理主義に基づいたエピソードといえるだろう。
アメリカでの流行は、ウィンザー公がキッカケ?
それにしても、なぜ英国式とアメリカ式では、ストライプが逆になってしまったのだろう。これについては、少々、ユニークな説がある。アメリカでレジメンタル・タイが流行したのは1919年にウィンザー公(当時、皇太子)が訪米した際に、近衛歩兵第一連隊のレジメンタル・ストライプのシルク・レップ・タイをしていたのがきっかけといわれているのだが、その英国式のタイをいち早く英国で買って来たアメリカ人の男が行きつけのテーラーでこれと同じレジメンタル・タイをと注文したところ、その男が映った鏡を覗いた店員が間違って左上がりのタイを作ってしまったというのである。う~ん。確かにまあよく出来たオチだけど、少々眉唾っぽい気もする。他にも、1920年にブルックスブラザーズが英国式をわざと反転させて作ったのが嚆矢という説もあるようだが、なぜストライプを反転させたのかがはっきりしない。いや、はっきりさせる必要はもうないのかもしれない。なぜなら、レジメンタル・タイは、もう事実上ドットやプリントのようにタイのデザイン・バリエーションの一部になってしまっているからだ。ヘミングウェイやかつての僕のようにレジメンタル・タイ原理主義を唱えるのは、もう野暮というものである。実際、ブルックスブラザーズあたりはともかく、ラルフローレンあたりにいけば、レジメンタル・ストライプは右下がり、左下がり、どちらも置いてある。アメリカントラッド好きもヨーロピアントラッド好きもどちらでもない人も、気軽に手軽に楽しめばいい。そう思う(ちなみに、アメリカントラディショナルに触発されて生まれた日本のニューヨーカーだが、レジメンタル・タイはオリジナルの出自に敬意を表して、すべてヨーロッパ式に統一されているそうだ)。
そもそもフィッツジェラルドのレジメンタル・タイにしたところで、近衛歩兵のレジメンタルだったということは、ウィンザー公のタイを確信犯で真似ただけではないだろうか。時期的にもヘミングウェイとフィッツジェラルドが出会ったのは20年代のはじめだったわけだから理屈も合う。『APPAREL ARTS』、『Esquire』を作った名編集者で男の服飾に詳しかったアーノルド・ギングリッチが激賞したスタイリストのフィッツジェラルドだけにその可能性は十分にありえそうだ。果たしてヘミングウェイの指摘は、そんな遊び心も踏まえてのことだったのか?今となっては永遠の謎である。
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山口 淳
ライター、ときどきエディター。ファッション誌、旅雑誌、モノ雑誌などのエディター、ライター、ディレクターを経て、現在は主にライター業をなりわいとしている。
著書に『これは、欲しい。』『ビームスの奇跡』『ヘミングウェイの流儀』(共著)などがある。
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