食べて「発見」。

夏のおでんで、コミュニティについて考える。

浅草 大多福


Jun 25th, 2014

Text_Junichi Kobayashi
Photo_newyorker magazine

冷奴だの冷やし中華だの、お店に入ると「冷」のつくメニューに目がいきがちな季節になりました。最近発見したうまい「冷」は、超簡単ズボラ冷や汁。 郷土によってつくり方は異なりますが、ある地域では焼いた魚の骨を外して身をほぐし、すり鉢であたって味噌で練り、冷ましただしでそれを溶き、きゅうりやしそを加えて食べるという、非常に手の込んだ逸品。なのですが、ズボラ版の冷や汁は、オリーブオイルに馴染ませた鰹節に味噌を加えて水で溶き、きゅうりや香味野菜を刻んで加えるという簡単ぶり。思いのほか美味しいので、ぜひお試しを!
…いきなり脱線しましたが、今回はおでんのお話。最近は、夏場でもおでんを絶やさないコンビ二も少なくないそうですが、やはりおでんは木枯らしが吹く頃に恋しくなるもの。なのですが、実は夏になると行きたくなる、そんなおでん屋さんもあります。それがこの店「大多福」です。

SHOP DATE
大多福

TEL:03-3871-2521
住所:東京都台東区千束1-6-2
営業時間:[4月〜9月]17:00~23:00 ※日祝は~22:00
     [10月〜3月]17:00~23:00(平日)
            12:00〜14:00、16:00〜22:00(日祝)
定休日:[3月〜10月]月曜
    [11月〜2月]無休
予約方法:お電話&ホームページにて
アクセス:東京メトロ銀座線「田原町駅」、日比谷瀬「入谷駅」より徒歩10分。つくばエクスプレス「浅草駅」より徒歩5分
席数:カウンター15席、テーブル12卓、座敷10卓
http://www.otafuku.ne.jp/

老舗おでん屋。夏の名物は白ワイン!?

浅草の繁華街から少しはずれた住宅街にひっそりと佇むおでんの名店として名を馳せるこのお店、下町の御仁や呑ん兵衛のみなさんの中にはすでにご存じの方も多いと思います。実はこの店には、初夏の5月から暑さの残る9月頃の間にしか楽しめないドリンクがあるのです。それがこのフルートグラスで供される、白ワイン的な飲み物。

鼻を近づけると、どことなく角のある果実の香り。甘酸っぱいのか? と想像を膨らませながら舌に乗せてみれば、とんがった青い香りが鼻へ抜け、フルーツのようだけれど、どちらかというと塩味を感じて、むしろだしを口に含んだときのようなうま味が舌をがっちりとホールドするので、ちょっとびっくり。

…そう、これが大多福の夏の名物「とまとジュース(650円)」なのです。

「数年前、トマトの前菜をつくっていた際、絞った果汁を試しに飲んだらこれが美味しくて…」と、このジュースの誕生の経緯を教えてくれたのは、店主の船大工 栄さん。まだ甘味の乗り切らない青いトマトを材料にして、色素を抜いたこのジュースは、まるで「トマトのだし」。常連の中には、ポケットにウォッカ の小瓶を忍ばせて、透明なブラッディマリーを堪能するなんてつわものもいるのだとか。

関東&関西のいいとこ取り。

清らかなトマトのうま味と清涼感で胃を調えて、幾つか前菜を頂戴すれば、いよいよワクワクのおでんタイム。注文すると、端正に下ごしらえされたタネを2つ3つ、芥子(からし)を添えた小皿に船大工さんが乗せ、すーっとだしを引いてから登場します。

関西では、味付けに薄口醤油を加えるからおでんのだしも透明な金色をしていますが、関東のそれは黒に近い醤油色。という話は有名ですが「大多福」のだしの色は、濃すぎもせず、かといって透き通りすぎもしない、ちょうど中間の色合い。というのも、この店のルーツは、大阪の法善寺にあった「お多福」だそうで、1915(大正4)年に船大工さんの先々代が東京に移住、今の土地に開店したそう。この店は、ちょうど関東と関西のよきところを取って、独自に進化してきたのかもしれません。

それぞれの、チビ太。

ジャーン! チビ太のおでん! 赤塚不二夫の『おそ松くん』に登場するチビ太がいつも持っているアレです。今回は”チビ太”と注文すると「こんにゃく」「大根」「昆布」というラインナップで供されましたが、いやいや三角形は「はんぺん」だとか、丸は「たまご」だなどなど、お客によって諸説紛々。
「お客様どうしがそれをネタに結構けんかなさるので(笑)、赤塚先生に一度手紙を出したことがあるんです」と船大工さん。「しばらくたって先生から直接お返事を頂戴したのですが、おでんのタネは地方や家庭によって異なるので、みなさんのご想像にお任せしているんですよ、というような内容」だったそう。それ以降、大多福ではお客の好みでさまざまな”チビ太”が存在しています。

鍋はおでんダネの交差点。

「く」の字に曲がった15席の長いカウンターに2つ鎮座する四角い鍋は銅製。熱伝道がよく、食材を彩りよく仕上げるのに一役買ってもいるそうで、不思議なことに、大多福が使っている特定の産地の「昆布」をこの鍋で煮ると、色鮮やかなグリーンに仕上るそう。

だしは昆布と鰹節。この店の先代で、船大工さんの父上の安行さんによる『おでん屋さんが書いたおでんの本』によれば、そもそも関東のおでんはお湯に醤油を入れて串刺しにした具を煮た、シンプルな煮物だったそう。それが関西へと伝わることで、ただのお湯ではなく、昆布と鰹節のだしを使うという手法がおでんの世界に導入されたというわけです。ちょうど関東大震災のあとに、炊き出しのために関西から駆けつけた料理人たちによって、関東のおでんにもだしが使われるようになったという話には、とにもかくにも首がもげそうなくらい頷くほかありません。

とにかくいろいろなタネがこのだしをくぐります。柔らかく煮られた、いつまでも味の続く「たこ足」。存分に吸い込んだだしが口の中で溢れる「大根」。椎茸を入れた「がんもどき」や、舌触りが優しい「揚ぼうる」などの練り物などは当然自家製。まぐろの切り身をねぎと交互に串刺しした「ねぎまぐろ」や、目立たない存在だけれど味わい深い「ぜんまい」などの変わりダネも。

それぞれの食材が、自分の持ち味を少しずつだしに残し、みんながそれを吸い込んで、ひとつのタネとして完成する。自分の持ち味を存分に発揮するタネもあれば、単体では目立った味はないけれど、だしをくぐると大出世するタネもある。タネの個性はさまざまだけれど、それぞれが同じだしの海をシェアしつつ、美味しく立派な姿に成長するこの鍋は、なんだか異業種がそれぞれの特技を持ち寄って世の中を美味しくするコミュニティのようにも見えてきます。

もうそろそろ夏も本番。ちょうど一年が折り返すタイミングにそんなことを考えながら、冷えたビールでおでんをチビチビ…なんて時間も素敵です。


変わり種の盛り合わせ
「人参」「ゆば」「ふき」「ねぎまぐろ」「しめじ」そして「茎わかめ」。そんな変わり種も充実。わかめの軸の部分を奇麗に結んで、だしを存分に吸い込ませた茎わかめは、他のおでん屋さんではあまり見かけないレアな一品。そして「ねぎまぐろ」は江戸時代のおでんの定番だったとか。

冷やしとまと(680円)
ざくっと切ったトマトにマヨネーズを従えて……なんて姿を想像して注文するや、この状況。湯むきしたトマトが、だしのジュレに浮かんでる! トマトの酸味とうま味が、だしのうま味によって叙情的な味わいに。時おり鼻が捉えるシソの香味が差し込まれることで味わいがリズミカルに!

ハモチリ(2,000円)
7月の祇園祭が近づくと、京都の人々はアタマの片隅でいつもハモのことを考えている、とまでいわれる夏の風物詩。口に入れるやホロりと崩れる純白の身。ふんわりと淡いうま味が舌を包み込み、ぷりっとした皮の食感がアクセントに。

じゅんさい(680円)
清涼な水の池や沼に根を張るじゅんさいが新芽を出すのは5月ごろから夏にかけて。ぬめりのある粘膜に包まれたその新芽が、品の良い三杯酢に浮かんで供されます。つるんとした涼しげな食感を楽しんでいると、感じますねぇ、夏を。


ここに行くならこんな服

この時季ならではの楽しみ、「さらりと浴衣」を着てみましょう。

かつて大多福にはお風呂がありました。仕事終わりのお客様には1日働いた汗を流して、さっぱり爽快な気分で憩いの時間を過ごして欲しいという先代店主の心意気。湯上りにはお店が貸し出した浴衣に着替え、カウンターで気持よく呑んでいたんだそうです。

もうお風呂は無いけれど、今でも昔ながらの和装が似合う、「大多福」。これからの季節なら、ぜひ浴衣姿はいかがでしょうか。装いを変えるだけで、普段なら見落としていたかもしれない日本の”和”の奥深さに気付けたり、ハッとする出合いがあるものです。

浴衣姿でひとしきり浅草を楽しんだら、夜はこちらで一杯ひっかけて、ほろ酔い気分でまた街を味わう、そんな粋な遊びができそうですね。


Navigator
小林 淳一

編集者。東京メトロ駅構内で配布するフリーマガジン『metro min.』、食材のカルチャー誌『旬がまるごと』などの編集長を経て、主に食の分野で編集者として活躍。お酒を呑んで東北を応援するイベント「DRINK 4 TOHOKU」(http://www.drink4tohoku.com/)を開催している。

自然派ワイン中華、夏の愉しみ方

バケーション気分で、幻の牛肉を。


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