食べて「発見」。

拝啓。すべての”故郷不足”なみなさまへ。

新橋 身知らず


Apr 16th, 2014

Text & Photo_Junichi Kobayashi

のっけからワタクシ事で大変恐縮ですが、私の生まれはここ、東京。父の転勤に従って、全国各地を転々としましたので、思い返せば「故郷」というものがありません。なんとなしに周囲で訊いて回ると「東京出身」という人は思いのほか多い。そしてなかには早々と「第二の故郷」をみつけて”故郷不足”を解消している人も少なくありません。桜の木も新緑に変わり、華やいだ気分も一段落ついたから…というわけではないけれど、ふと我に返った瞬間に、自らの”故郷不足”に気付いてしまったみなさんには、こんなお店もおすすめです。

SHOP DATE
会津 身知らず

TEL:03-5473-9540
住所:東京都港区新橋4-11-8 植木ビル1F
営業時間:17:00〜23:00
定休日:土日祝
予約方法:お電話にて
アクセス:新橋駅より徒歩3分
席数:約14席

企業戦士の街、新橋へ。

いわずと知れたおじさまの街、新橋。サラリーマンが「企業戦士」だなんて呼ばれていた頃のスタイルを貫き通すおじさまたちが時間を問わず行き交います。
人間というもの、一途に仕事へ邁進し始めると、いろいろ不足してくるもので、日々のハードワークによって味の出たスーツで身を包んだおじさま達を眺めていると、寝不足の顔あり、休暇不足の顔あり。そうかと思えば、喫茶店を覗くと、椅子からずり落ちそうな格好で昼寝している仕事不足な紳士の姿もちらほら。
…自分は明らかに運動不足だなぁなんてぼんやりしつつ、SL広場をあとにします。

いかつい店名と店構えに足がすくむ…

駅から西へ広がる飲屋街を歩くこと3〜4分。駅前の喧噪が落ち着きを見せ始める界隈に佇む酒処が今回の目的地。
福島県は会津地方の郷土料理と地酒が美味いと評判のこの店の名は「身知らず」。…いかつい店名。煤けたちょうちん。そしてくたびれた縄のれん。動きの芳しくない引き戸を開けると、そこにいるのは故郷の酒で頬を赤らめた老若男女。…いや”若”と”女”は、ちょっと少ないかなぁ。

カウンター6席に4人掛けのテーブルが2卓という小ぢんまりとした店内は、店主が毛筆でしたためた品書きがズラリ。オヤジ系酒場のど真ん中を行く嬉しい眺めを堪能しつつ、まずはビールとお通しで一献。
ふきとかつおとたけのこが、存分に吸い込んだ出汁の香りだけで、ビールのピッチが速まります。

会津の伝統料理に悶絶する

悩んだあげく、ひとまず注文したのは「こづゆ」。こづゆとは、細かく刻んだ根菜や山菜を干し貝柱とともに煮染めたひと品。もとは武家の料理だったものが庶民へと伝わり、今では冠婚葬祭の時の膳には必ず供される、会津の伝統食です。
にんじんだの、さといもだの、しいたけだの、すべての具に浸透する貝柱のうま味。口の中でくっきりと輪郭を主張する塩加減。ひとつひとつ箸で摘んでは口へと運び、うま味と塩味と具の味とをお酒で洗う…。そんなことを繰り返すうちにあっという間にお皿は空っぽ。訊けば中には2杯も3杯もお代わりするお客が少なくないそうで。

続いて登場したのは馬刺。脂肪が一切入らない純粋な赤身はしっとりとした舌触りで、むっちりとした食感。その味わいは至って上品、ちょっと寝かせた本まぐろの赤身のようでもあります。
なんとなく馬刺といえば熊本産が多く、にんにく&醤油で味わうという印象が強いですが、会津の馬刺は少々の醤油と唐辛子味噌で味わうのが特徴。だいこんやしそなどのツマを従えても二重マルです。

同じ盃を酌み交わせば、我ら同胞

カウンター脇の本棚には、会津関連の書籍がズラリ居並び、これもまた良い眺め。「会津藩家訓」なんてのがクリアファイルに収まっていたりもします。
この店の、郷土に馳せる思いの強さを噛み締めつつ馬刺を味わっていると「お客さん、地元どこ?」と店主。「いやぁ実は東京なんですが…先日会津に出かけたもので、なんとなく…」なんて言葉を濁すや、店主と常連さんの会津トークに飲み込まれ、あーでもない、こーでもない、と会話を転がし始めたら最後。気付けば店主も客席に陣取って、盃を酌み交わすという次第。

店の主は山田信彦さん。会津生まれで会津育ち。大学から東京に来て、20年間のサラリーマン時代を経た後にこの場所で店を開いたのだとか。いただいた名刺をよく見ると、その肩書きは「Mind Opener」。
「とにかくね、俺はこの店で人と人とをつなげちゃうの。料理より、そっちのほうが本業」だなんて言ってガハガハ笑う山田さん。そうかそうか、店主も客もこの店で補っているんだなぁ、故郷不足を…。すべての”故郷が足りていない”みなさま! 出身地がどこであろうとなかろうと”故郷不足”を感じたら、この店はおすすめですよ! いかついのは店主の顔と店名だけですから!

会津こづゆ(450円)
「こづゆ」は会津を代表する郷土料理。各地域で呼び方や入れる食材に差はあるものの、さといも、しいたけ、きくらげ、こんにゃく、にんじん、豆麩、季節の山菜、そして干し貝柱などを出汁で煮る煮しめのこと。ポイントは、さまざまな食材のうま味をともなった干し貝柱の出汁。輪郭のはっきりした出汁のうま味が、すべての食材をひとつにまとめ、品がいいのに勢いもある酒の肴へと大出世。手塩皿(てしおざら)と呼ばれる浅くて小さな朱塗りの椀で供されるのが定番で、会津ではこれを何杯もお代わりしながらちびちびと盃を傾けるのだとか。

身欠き鰊山椒漬(450円)
鰊(にしん)の背肉だけを欠いて乾燥させた「身欠き鰊」。これを5月に芽吹く山椒の新芽とともに漬けたもの。「にしん鉢」と呼ばれる専用の容器が、すでに江戸時代にはあったというから、これも昔ながらの郷土食。山椒の新芽が腐敗を防ぎ、保存性を高めると同時に、山椒独特の香り&発酵による爽やかな酸味が加わって、日本酒が止まらない…。鰊の山地は北海道や青森県など北の海。江戸時代の初期の頃から、それらは北前船によって新潟へと運ばれ、陸路で会津にやってきていたそうで。山国ならではの海の幸の保存の知恵が、酒の消費を促します。

会津馬刺 腿肉(800円)
口に含むと舌に吸い付くようなしっとり具合と柔らかさ。噛むたびに滲み出て、喉元を過ぎるまで持続するそのうま味は品が良いことこの上もありません。熊本、長野、青森など馬肉の産地はいくつかありますが、生産量で比べると、1位は熊本、2位が福島。ともに馬肉を刺身で食べますが、熊本は脂肪重視でサシの入った肉なのに対して、会津のそれは脂肪がほとんど入らぬ赤身肉。で、柔らかくて密度の濃い肉質が特徴です。熊本は海外から子馬を仕入れて育てるのに対し、会津は北海道を中心とした国産馬を肥育。そんな違いもあるのかもしれません。

くじら汁(500円)
昆布出汁に味噌を加えて味を調えたこの汁物は、会津以外にもみられますが、南会津地方にも古くから伝わる郷土料理。具は塩漬にしたくじらの白身(脂身)とじゃがいも、そしてねぎの青い部分のみというシンプルな構成ながら、これがなかなか抜群の組み合わせ。まず先にじゃがいも口に含んで2〜3回噛み、口内が若干もそっとした頃合いにくじらを一片放り込んで口中調理、くじらの脂気と塩気でもってじゃがいもに足りないジューシーさを補いつつ、最後の最後で青ねぎを合わせると、香味がふわっと味わい全体を包み込み、これがなんともいい具合。


ここに行くならこんな服

「ジャケットを脱いでも様になる」がキーワード。

新橋という場所がら、お仕事帰りにふらっと立ち寄れますね。いつものビジネススタイルもいいけれど、たまには肩の力を抜いて、着飾りすぎず、素のままで行きたい気分のお店。

そんなときは『ジャケットを脱いでも様になる』というのがコーディネートのポイントですよ!  華のあるクレリックシャツや、女性なら華やかな柄スカート、大きめのアクセサリーなど、品があっておすすめです。ビジネススシーンではないけれど(?)ここでもシワになりにくいスーツって万能ですね。


Navigator
小林 淳一

編集者。東京メトロ駅構内で配布するフリーマガジン『metro min.』、食材のカルチャー誌『旬がまるごと』などの編集長を経て、主に食の分野で編集者として活躍。お酒を呑んで東北を応援するイベント「DRINK 4 TOHOKU」(http://www.drink4tohoku.com/)を開催している。

バケーション気分で、幻の牛肉を。

not 中華。but 中華。店主が繰り出す”自家製”を堪能!


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