食べて「発見」。

初めてなのに、懐かしい。ネパールの“超”家庭料理


Jul 29th, 2015

text_junichi kobayashi
photo_tamon matsuzono

正月にGWに夏休み…。帰省ラッシュがニュースで話題になるようなタイミングには、なんとなくですが“おふくろの味”という味覚について考えることが(個人的には)多々あります。
2014年にクックパッドが行った調査「おふくろの味BEST10メニュー」によれば、里芋の煮っころがしやかぼちゃの煮物などの「いかにも!」なメニューたちの頂点に輝いたのは肉じゃがだったとか。
言われてみれば、手を打って頷きたくなる結果ですが、やはり人の数だけバリエーションが存在するのが“おふくろの味”というもの。実は、今回ご紹介するお店が繰り出す料理の数々にも、どことなく“おふくろ感”が漂っているのです。…ネパール料理なのですが。

SHOP INFO
プルジャ ダイニング
TEL:03-6912-1867
住所:東京都豊島区巣鴨1-36-6
営業時間:11:00~15:00(14:30LO)
17:00~23:00(22:30LO)
定休日:第1・第3火曜日
席数:18席

ここは巣鴨。とげぬき地蔵を中心に広がる“おばあちゃんの原宿”として有名な街です。実は駅の北側にも“おっさんの原宿”みたいな歓楽街が広がっていてなかなか楽しい街なのですが、少し歩けば住宅街が広がる閑静なエリアもあります。

そんな静かな住宅街を目指して、山手線の脇を池袋方面に歩くこと約3分。軒先に紫やピンクのLED電飾が妖しげにキラキラしている「いかにもアジア」な、エスニック感がハンパないお店が「プルジャ ダイニング」。

店内に流れる空気も、相当に異国。つい先ほどまで、駅前でおばあちゃんたちの背中を見ながら牛歩していたことが遠い昔に感じられるようなトリップ感を味わいながらメニューを見れば、干した羊肉の炒めものやら、一度干した漬物を使ったスープやら。…心はすでにネパールです。生ビールがなくなれば、近所の酒屋さんに電話して、新鮮な「生」を持ってきてもらうまで5~6分待つ…みたいなシーンもまた、旅感たっぷり。

看板に掲げているのは“ネパールの家庭料理”。店主のchhak devi pruja(チャカ・デヴィ・プルジャ)さんが、小さい頃から日々の暮らしの中で吸収してきた家庭の料理の数々を披露してくれます。

ネパールといえば、世界最高峰のエベレスト(ネパール語ではサガルマータと呼ばれます)を擁する国。インドの北東に位置していて、北側以外の三方の国境をインドと接しているだけあって、漠然とですが食文化もインド風?なんて感じに思っている向きも少なくないのではないでしょうか。

「自分が幼いころから慣れ親しんできた、ネパールの食文化の素晴らしさをどうしても外国の方々に伝えたかった」というプルジャさん。彼女によれば、ネパールの普段の食事はダル・バートと呼ばれる、和食文化の「一汁三菜」のような、独特な組み合わせがあるそう。

基本となるのは、豆のスープ「ダル」と、主食である「バート」。それらに独特のスパイスで煮込んだ野菜のおかず「タルカリ」と、スパイスやオイルでマリネした辛い漬け物「アチャール」が添えられます。タルカリは野菜を調理してつくるのが一般的ですが、週に一度か二度ぐらいは羊などの肉を使ったタルカリも食べるそう。野菜もハーブもスパイスも、乾燥させて保存することが多いので、プルジャさんのキッチンには見慣れぬ乾燥モノがひしめいています。

ちなみに、一般的に食されている主食は「チウラ」という名の干し飯で、ちょうど写真のようなセットが「ダル(右)」と「バート(左)」。大根のアチャールも少し添えられているので、これにタルカリが揃えば「ダル・バート」という組み合わせが完成します。

チウラは、籾(モミ)付の米を茹でてから、天日で干して乾燥させたものを、さらに煎ってから潰して、殻をとりのぞいたもの。で、味や香りはあまり感じませんが、実に軽快かつクリスピーな食感。カレーに入れたり、アチャールと混ぜて食べたりすると、その食感が絶妙なアクセントにもなるのです。

アチャールとは、スパイスを加えたマスタードオイルで、野菜や果物を漬け込んだ漬物のこと。この店ではじゃがいもの「アルコ・アチャール」(500円)と、大根の「ムラコ・アチャール」(500円)の2つがメニューに載っていますが、彼らの国ではマンゴーやキュウリ、レモンやライムなど、さまざまな食材をアチャールにするのだとか。「例えば?」ということで、プルジャさんに見せていただいたのが以下の2品。

まずはグンドゥルックのアチャール。グンドゥルックとは、塩漬けにして酸っぱくなるまで発酵させた高菜の漬物を、さらに乾燥させた保存食のこと。で、使う前に水で戻してから調理するかと思いきや、カサカサに乾いた状態のまま調理。若干ゴワゴワとした食感が気になるものの、嚙むうちにコリコリとした食感へと変化します。漬物を乾燥させるという知恵にも驚愕ですが“食感を育てる”という感覚が料理に込められている点にも感心します。

そして、これはなんと、豚足のアチャール!漬物にする対象として「豚足」というのは反則じゃないか!? と思いながらも作り方を訊けば、これまた仰天。茹でた豚足を、唐辛子や山椒などのスパイスもろともマスタードオイルを張ったガラス瓶に入れ、できるだけ直射日光に当てながら3ヶ月ほど発酵させる…というデンジャラスな逸品でした。…目に染みる発酵香。その香りだけで、十分に飲めます。なんというか、パルミジャーノ・レッジャーノを、さらにパワフルにしたような味と香りなので、実はこの豚足をラグー系のパスタに少々加えて食べたりすると、美味しいのではないか?なんて妄想が膨らむ…。実に逸品です。

…とまぁこのように「なんとなく知っている」かのようだったネパール料理の世界を、親切に、そして丁寧に、プレゼンテーションしてくれるという点がプルジャさんの最大の魅力。「自らの故郷の料理」を、自分が慣れ親しんだ美味しさを、提供できる店を続けたい。そんなプルジャさんのアツい気持ちに吸い寄せられるようにして、毎晩人々が集います。

グンドゥルック・コ・ジョル

塩漬けにして発酵させた高菜の漬物を、さらに乾燥させた保存食「グンドゥルック」のスープは、ネパール版の味噌汁。辛そうな色ですが、実は至って優しい味。香りは少々お茶っぽく、スープをひと口啜るとその瞬間に感じるうま味は、トマトのもの。噛みごたえのあるグンドゥルックの食感も素敵です。これをごはんにかけてひと口食べた瞬間に、なんというか、得も言われぬ懐かしさに絡め取られる…。(680円)

チョエラ

羊の肉を一度茹でてから焼き、1mmくらいに細く千切りにしたにんじんときゅうりなどの野菜とともにマリネ。香ばしさを従えた酸味と辛味に、オニオン、ガーリック、パクチー、ネギ、そしてショウガなどの輪郭のはっきりした香味が絡まって、羊肉を化粧します。コリアンダー、マサラ、ターメリックなど様々なスパイスが巧みに調合されている辛味と香りが、香味の存在感と複雑に絡み合う絶品です。(750円)

ディードセット

ディードとは、そば粉、キビ粉、小麦粉、大麦粉、とうもろこし粉などに熱湯を加えて、よく練ったそばがきのような、ネパールの主食。マス、タルカリ、チャトニ、アチャールといったおかずが添えられて供されます。さまざまな粉が混ぜられているからか、食感はボソッとした100%そば粉のそばがきと比べれば、モチモチしていて美味。濃厚なバターのような香りのギーが乗せられて供されます。(1,500円)

※料理の価格は全て税抜き表記です。

PROFILE
小林 淳一

編集者。東京メトロ駅構内で配布するフリーマガジン『metro min.』、食材のカルチャー誌『旬がまるごと』などの編集長を経て、主に食の分野で編集者として活躍。お酒を呑んで東北を応援するイベント「DRINK 4 TOHOKU」(http://www.drink4tohoku.com/)を開催している。

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