食べて「発見」。

産地&食文化を探訪。「郷土料理」を「風土料理」へ。


Oct 7th, 2015

text_junichi kobayashi
photo_tamon matsuzono

料理人自らが日本各地へ赴いて、地域の旬の食材や、その土地で古くから受け継がれてきた郷土料理を支える知恵を吸収し、新しい視点から再構築、斬新な料理へと昇華させるレストラン。ちょっと説明が長いのですが、今回ご紹介する「gozzo(ゴッツォ)」とは、日本各地の食材の生産者と、都市部で暮らす私たち生活者との距離を縮めてくれる、素敵な店です。

SHOP INFO
恵比寿 gozzo(ゴッツォ)
TEL:03-5793-5011
住所:東京都渋谷区恵比寿2-6-30
営業時間:11:30~15:00(L.O 14:30)
18:00〜23:00(L.O 22:30)
定休日:日曜日、第1第3月曜日
席数:35席
http://gozzo.tokyo

例えば下の写真をご覧ください。赤くて美しいソースに魚の切り身が浮かぶこの料理の名は「トマトの冷や汁」(¥700)。ご存知の方も少なくないと思いますが、「冷や汁」とは大分県や宮崎県の郷土料理で、いわば冷製の味噌汁のこと。本来は、焼いてほぐした鯵などの魚と味噌をすり鉢ですり、出汁でそれをのばしてから、胡瓜や茗荷などを混ぜて良く冷やし、ご飯にかけて食べる料理。…なのですが、この店では、トマトを使いガスパチョ風に再現。トマトのスープには、軽く炙った鯵のマリネが浮かび、その下には水でさっと洗って粘りをとったご飯が隠れています。グリーンのソースは大葉でつくったジェノベーゼ。トマトの酸味が際立つため、ナスの甘味やキュウリの香味や鯵のうま味が引き立ちます。

日本の各地で長い年月をかけて受け継がれてきた郷土料理や伝統料理。そんな日本のトラディショナルな食文化を一度丁寧に分解したうえで、モダンな解釈を加え、日本の食の新たな魅力を発見するというのが、今回ご紹介するレストラン「gozzo」のコンセプト。

その土地、その季節にしかとれない旬の食材を駆使して、連綿と受け継がれてきた日本各地の伝統的な郷土料理の知恵を改めて解釈し直し、常に新しいプレゼンテーションで繰り出される料理を、この店では「風土料理」と呼びます。

シェフは森田章平さん。国内での修行の後にパリの名店で経験を重ね、表参道の「Le cafe BERTHOLLET」の料理長を経て「gozzo」へ。そしてこの店で繰り出されるすべての料理を監修するのは、赤坂に店を構える「TAKAZAWA」の高澤義明シェフ。森田さんは高澤シェフとともに、各地の食材と食文化を探求、野心的な「風土料理」を繰り出し続けています。

いったいどんな試行錯誤を経て「風土料理」は生まれるのでしょう? そんな興味がきっかけとなり、今回は農産物や魚介類などのバリエーションが豊富な「青森県」をテーマにして、シェフならではの「風土料理」を試作していただくことに。

※注:「gozzo」では季節ごとにメニューが頻繁に入れ替わるため、今回以下の文章でご紹介するお料理をお楽しみいただくことは、本当に残念ながらできません…。が、定番の「風土料理」の数々も実に見事な名作揃いですので、是非そちらをお楽しみください。

まずは青森や北海道でメジャーな郷土料理「鮭のちゃんちゃん焼き」…。本来は、鉄板にバターを敷き、キャベツやピーマンやニンジンなどの野菜と、半身の鮭を乗せて、白味噌とともに焼く、アツアツ料理。でも「gozzo」では、それを「冷製」として再現します。

主人公は、刺身のまま味噌でマリネした、青森県は津軽海峡産の「海峡サーモン」。自家製のシュークルートがタマネギのスープに潜み、ピーマンのクーリをソース代わりにスープへと浮かべ、塩茹でにして乾燥させたもやしをディルと一緒にあしらう…という具合。見た目とは裏腹に、味はまさにちゃんちゃん焼き…。タマネギのスープの甘味、ピーマンともやしの苦味、キャベツのかすかな酸味などが、サーモンの味を支える逸品です。

※注:この「海峡サーモンの冷製ちゃんちゃん焼き」は現在配布中の『NEWYORKER MAGAZINE』のタブロイド版では実際にお店で注文できると表記しましたが、食材調達の事情により、お店では召し上がっていただくことができなくなりました。誌面をお読みくださって、楽しみにして頂いていた読者の皆さまには、お詫び申し上げます。

あるいはこの料理。これは青森県の西海岸、世界遺産・白神山地と日本海とに挟まれる深浦町でとれる「白神の魚」と「白神ベーコン」のロースト。

白神山地から川によって流れ出した栄養分が豊かな漁場を作り出す深浦町の海。この海域でとれる魚は「白神の魚」としてブランド化が進められています。季節によって、サワラ、タラ、ホウボウなど、さまざまな魚が使えるそう。

魚にベーコンの香りをまとわせるという部分がポイント。実は、白身の魚のローストをベーコンの香りで出世させるこの料理は、森田シェフがかつて修行したパリのレストランのスペシャリテ。ベーコンの薫香が白身魚のうま味を引き出して、実に美味。口の中を覆うねっとりとした濃厚な味がたまりません。

ちなみに「gozzo」のオープン時から使用しているこのベーコンもまた、白神山地の恵みを存分に受けながら育った豚を使った自家製です。

日本海に面した青森県西海岸エリアの中心的な町、鰺ヶ沢町。ここで養豚と鶏卵の生産を手掛ける長谷川自然牧場は、薬剤などを一切使わず、自家発酵飼料や地元で生産されるじゃがいもで豚を育てています。おまけに地域で生産される米のもみ殻を燻した燻炭を豚舎に敷き詰めることで、養豚特有の臭いを消すなどの努力も重ね続けているという、筋金入りの“自然派”養豚。飼育期間は10ヶ月。一般的な豚より4ヶ月も長い時間をかけ、ストレスをできるだけかけずに豚を育てます。

牧場主の長谷川幸治さんが豚に手を差し出すと、鼻を鳴らしながら柵から顔を出す豚たちは、まるで長谷川さんと何かを話しているかのよう…。「毎日スキンシップは欠かせません。まるで家族です」というのは奥様の洋子さんです。

夏の時期、オホーツク海から「やませ」と呼ばれる偏東風が吹き寄せる、青森県の太平洋沿岸部。「やませ」があまりに冷涼なため、関東では真冬に旬を迎える農作物が、この地域では真夏に採れたりもします。例えば、野辺地町の「葉付き小かぶ」。これはなんと真夏に旬を迎える、生食できるかぶです。果汁が多くてジューシー。爽やかな甘味もあって美味。手で皮をむけるほど軟らかいのも特徴です。

生のまま食べるのが美味しいということで、シェフはかぶの表面を高温でクリスピーに焼き、中は生の状態で仕上げて、葉付きのまま大胆に提供。新潟県の佐渡ヶ島で出合ったイワシのぬか漬けに、味噌とオリーブオイルを加えてピューレにしたソースでいただきます。

口に入れた瞬間にかぶのジュースが溢れ出す…。驚くべきは葉の部分の果汁の多さ。優しくて爽快な甘みのジュースが美味。シェフはこのかぶと出合ってから、築地の八百屋に「葉付き小かぶ」を新規で入れてもらって使っているそうで、実は、その八百屋が「葉付き小かぶ」取り扱い始めたことがきっかけで、他のシェフや料理人の間でも続々と「葉付き小かぶ」ファンが増えているのだとか。…いい話です。

枝豆といえば、東京の感覚なら7月から8月のもの。ですが、青森県の津軽地方には9月下旬から10月上旬にかけての短い期間に旬を迎える枝豆があります。それが「毛豆(けまめ)」。この地方に何世代も前から伝わる在来種の青大豆の枝豆で、その名の通り、豆のサヤは褐色の毛で覆われています。山形や新潟の茶豆が香りで勝負するのに対して、毛豆はうま味。甘みが強くて濃厚なその味は、まるで栗のよう。中にはじゃがバターのような香りを伴う豆もあったりするくらい、一般的な枝豆とは全くの別物です。

そんなホクホクしてうま味の濃い毛豆と、その茹で汁、そして豆と相性のよい鶏の出汁と合わせて、シェフがつくったのは「毛豆のリゾット」。お米は国産のイタリア米、毛豆は弘前市産。香りの穏やかな兵庫県産のハードタイプのチーズを加えることで、毛豆の風味が際立ちます。

スプーンですくって口へと運べば、出汁とチーズと毛豆の味と香りが見事に調和! この美味しさの引き出し方は? と訊けば、実は、茹でて豆を出した後のサヤをさらに茹でた汁を鶏の出汁に加えたそう。

「地域によっては、豆ご飯をつくるときに、豆のサヤを煮た汁を加えるという場所もあるんです」とシェフ。そのようにして各地に伝わる「美味しい知恵」をしっかりと拾い上げることも「風土料理」を生み出すための欠かせない要素なのかもしれません。

伝統的な郷土料理とは、数百年という長い時間をかけて、その土地の気候と風土に寄り添うようにして、無駄を削ぎ落とし、人々が代々磨きをかけてきた食文化。練りに練られて、これ以上修正の必要が無いくらいに完成された料理です。そんな「伝統」を改めて解釈しなおし、フレンチを始めとしたさまざまな調理法を掛け合わせて誕生する「gozzo」の「風土料理」は、トラディショナル(伝統)を慈しみつつ、ハイブリッド(新種)も同時に堪能できるという意味で、新しい価値に気づかせてくれるのかもしれません。…ちなみにこの店、ワインもかなり秀逸。これも是非。

※「gozzo」では季節ごとにメニューが頻繁に入れ替わります。今回ご紹介した料理も、常に注文できるわけではありません。が、今回ご紹介した食材は、入手が可能な時期であれば、以下の定番メニューでも味わえます。

◉白神の魚
「本日のお魚のあつあつバルーン仕立て」(蒸し焼き) ¥2,400

◉長谷川自然牧場のバラ肉でつくった自家製ベーコン
「厳選した豚を使った自家製ベーコン ザワークラウト添え」 ¥1,000
「枝豆と自家製ベーコンのキッシュ」(枝豆は季節ごとに変わります) ¥900

◉毛豆
「国産イタリア米とだだちゃ豆のひとくちリゾット」 ¥800

◉葉付き小かぶ
「旬のこだわり野菜のロースト 和風アンチョビクリームソース」 ¥1,200

PROFILE
小林 淳一

東京メトロ駅構内で配布するフリーマガジン『Metro min.』、食材のカルチャー誌『旬がまるごと』などの編集長を経て、食の分野で編集者として活躍、郷土料理や食材を求めて全国各地へ。青森県では観光国際戦略局の観光アドバイザーも務める。

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