食べて「発見」。

今年を締めくくるご馳走は、明治から続く極上のすき焼き


Oct 28th, 2015

text_tomoko oishi
photo_yu nakaniwa

いま思えば子供のころは“外食=ごちそう”でした。それが大人になるにつれて“ごちそう”の枠が徐々に狭くなり、とはいえいつもワクワクさせられるのが鮨とすき焼き。このふたつは、多くの人にとって贅沢な食事の代表格ではないでしょうか。だからこそ、頑張った一年のご褒美として食べたいもの。そこで今回は、一度食べたら忘れられない、すき焼きの名店をご紹介します。

SHOP INFO
いし橋
TEL:03-3251-3580
住所:東京都千代田区外神田3-6-8
営業時間:17:00〜21:30(L.O.20:00)
定休日:土日祝日
席数:30席

いいお肉を買い、家ですき焼きを楽しむという人も多いかと思います。もちろん、そんなお家での贅沢も楽しいです。羨ましいです。でも、私は「いし橋」のすき焼きを食べたときに、“もう、自分はすき焼きを作るまい……”と思うほど、その肉は老舗の底力が集結した味だったのです。
肉屋でもある「いし橋」がすき焼きのために選んだ肉に、明治12年から続く秘伝の割り下、昭和25年から使い続ける鉄鍋、そして肉を仕上げるのは熟練の仲居さん。いくつかの奥深いディテールがつくりあげる、唯一の味がそこにはありました。

そもそも「いし橋」は明治5年に肉屋を創業し、明治12年からすき焼きを始めます。現在もお肉屋さんは営業中。国産のいいお肉を、私でも気軽に買える値段で販売しており、ケースの隅にさり気にあるウインナー、焼きそば、餃子の皮も気になります。

いまの店舗は戦後に建てられたもので、この日本家屋もまた、ここですき焼きを食べることを特別な体験にしてくれる大きな理由。黒電話とその横には電話賃を入れるための小銭箱(昔は携帯がないからお店から電話していた)があり、古い掛け時計や、年期がありつつもきれいに磨かれた松坂屋の鏡など、店に一歩足を踏み入れると、まるでタイムスリップしたかのような感覚になり気持ちが高揚します。


木造の階段や廊下は歩く度にミシミシとなり、昔遊びに行っていたおばあちゃんの家の音を思い出します。

そして座敷に入ると、そこもまたクラシックな空間。すき焼きは4人くらいで行くのもいいですが、「いし橋」は個室デートとしても最強です。予約順に部屋を決めるので、ふたりであってもこのような広い座敷に通されることもあります。いずれにしろ店は全席座敷の個室。そしてお着物を着た専属の仲居さんが、ふたりのためにすき焼きを作ってくれる。レトロでいて贅沢、しかも硬派な感じもして、もし私が男だったら、年増な感じもしますが勝負デートはここかもしれません。この空間に加え肉でノックアウトされますから。
手頃なビストロとかで手頃なデートをするのもいいですが、一発凄みをつけるのもありですよ。

部屋に通されると、はじめに季節ごとのお料理が2皿出され、その後いよいよすき焼きの開始。上品なサシが入った肉が登場し、生肉を見るだけでさらにお腹が空いてくるから不思議です。肉はそのときどきで卸から最上のものを仕入れており、肉屋直営のすき焼き店ならではの手堅いものが並びます。こちらは3人前の霜降りのコース(ひとり¥10,000)。

そして鍋に肉が入りますが、レシピは明治12年から変わりません。味付けとなる割り下も創業のとおり。いまは店主の祖母と現女将である母親しかこの割り下の作り方を知らず、というのも、大事な味だからこそ、この店だけで食べられるように頑なに秘密を守り続けているのです。代々、すき焼きのレシピは石橋家の女性が担当、肉は男性が担当しています。


まずは鉄鍋に牛脂が入り、割り下を薄くはり肉に火をとおします。甘辛い割り下の匂い、肉の脂がゆるりと溶けていく感じ、熟練の仲居さんの流麗な手さばき、口に含む前にその様子を目の当たりにするだけで辛抱たまらなくなってきます!

仲居さんは、肉に火を入れている数秒の隙に素早く卵をかきまぜ……

ついに、くる……

卵にたぷたぷと!!



手渡された直後、口の中に。細かな御託なしに、カラダで感じる美味しさです。
ちなみに店にBGMはありません。鉄鍋の音と、ハイカラな仲居さんのお肉の話や旅の話を聞いているうちに、いつの間にか肉が仕上がっています。

次に2周めは野菜と一緒に。肉の脂が合わさった割り下が、しらたきや野菜に染み込みます。また個人的にはこの2周めの肉の方がひと口めの肉より美味しかった。何ごとも初めの体験が一番エキサイティングなようでいて、そうでないこともあるんですね。玉ねぎの(酵素の?)おかげで、肉がより柔らかくなっていたのかもしれません。


飲み物については¥2,000でお酒の持ち込みが可能で、私は日本酒を2本持参しました。極上のつまみだと思い、飲む気満々で行くのもよいでしょう。

肉が4周まわってすべての具材がなくなったとき、最後の〆となるのが卵ごはん。割り下のなかに卵とごはんを入れ蓋をしめ、ふわふわとろとろの卵ごはんを作ります。もともとは常連客のリクエストによる裏メニューでしたが、いまでは誰もが頼む名物となりました。

完成形がこちら。仲居さんいわく、「今日はちょっとコゲちゃったわ」とのこと。

それでも、私は十分に幸せでしたよ!
すべての材料をあますことなく吸い込んだ米と卵は、絶品でありながら人を懐かしい気持ちにさせてくれます。そして、見事に〆ります。

満腹になり店を出る際には、ご主人が客の背中に向けて火打石を打ってくれます。これには厄を落とす意味合いがあるとか。


明治から続く美味しいすき焼きを趣のある空間で食し、帰るころには運気も上がりそう。“また一年がんばろう”という気持ちにもなってきます。
そんな「いし橋」のすき焼きは、年納めや年始めにぴったりのごちそうなのです。

※表示価格は税抜きです。

PROFILE
大石 智子

編集者・ライター。出版社勤務を経てフリーランスに。『GQ JAPAN』『東京カレンダー』『LEON』『メンズクラブ』など男性誌を中心に活動。趣味は海外のホテル&レストランリサーチ。

とことん飲兵衛に寄り添う、悶絶必至の名酒場。

産地&食文化を探訪。「郷土料理」を「風土料理」へ。


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