食べて「発見」。

とことん飲兵衛に寄り添う、悶絶必至の名酒場。


Nov 25th, 2015

text_junichi kobayashi
photo_tamon matsuzono

時は2015年9月のこと。この店の「開店のお知らせ」を待ちわびていた人がどれだけ多くいたことでしょう。その名は「水無月」。かつて高円寺にあった名店が名前も新たにひっそりと復活したということで、さっそく暖簾をくぐってみれば、大正解。細部までしっかりと詰めて調理された手作りの和食と、筋の通ったセレクトによる日本酒を堪能できる名酒場が誕生していました。適度に騒々しく、でもじんわりとした温かみもたっぷりな雰囲気に、呑み込まれること必至です。

SHOP INFO
幡ヶ谷 水無月(みなつき)
TEL:03-5354-8918
住所:東京都渋谷区幡ヶ谷2-8-5 近藤ビル2F A室
営業時間:17:00〜24:00(日曜は15:00〜23:00)
定休日:月曜日
席数:16席

幡ヶ谷の駅から徒歩2〜3分、赤ちょうちんやネオンを灯した小さな飲み屋が軒を連ねる小路の一角に立つ雑居ビル。スナックのドアから漏れ出すのど自慢たちのカラオケ声や、お姉さんたちのピンク色の笑い声を耳にしながら、やたらに急な階段を2階に上がると正面に見えるのが「水無月」の入り口です。

この酒場感、なんとも様子がいい!

暖簾をかき分け、腰を少しだけ曲げながら木製の引き戸を開けて中を覗けば、奥へと細長く続くL字のカウンターには千客万来。「あーでもないこーでもない」と喉を枯らしておしゃべりしながら、どのお客も美味しいつまみと楽しい酒を堪能している顔つきで、実になんとも様子がいい…。隅々まで綺麗に整えられた、手作り感をほのかに感じる内装も素敵だし、店を包む雰囲気も芳しいし、厨房の様子も和やかだし…というわけで、椅子に腰を下ろすまでの数秒で、この店のクオリティを肌で直接理解できるというわけです。

満を持して開店

店の主は中山理恵さん。日本酒好きからこよなく愛される代々木上原の「笹吟」などで働いた後、高円寺へ移り、和食のつまみで日本酒を楽しませる「ビリエット」を1人で切り盛り。予約がなかなか取れない…という絶頂期に、惜しまれながら店を辞して自分の店の準備を開始、2015年9月に接客担当の小西亮平さんとともに「水無月」の開店に漕ぎ着けました。

ズラリ居並ぶ、飲兵衛垂涎のおつまみリスト

さて。今宵は何をアテにしようかな…と品書きに目を落とせば、おひたしに湯豆腐に…と日本酒ラバーの心をくすぐるおつまみがズラリ。「ビリエット」時代の名物だった「新生姜とベーコンのかき揚げ」もしっかりとオンリストされています。とにもかくにも飲兵衛が悶絶するラインナップの中から、まずは「クリームチーズもろみ漬け(400円)」と日本酒を注文。

注目すべきは、クリエイティブな和え物!

もろみのコクとクリームチーズのコクとが同じ方向を向いていて、美味しさの相乗効果を堪能できる「クリームチーズもろみ漬け」。…これはマジで日本酒向き! だなんてひとりで胸をドキドキさせながら、品書きに発見したのは「さつま芋と梨のマスカルポーネ和え(500円)」。甘じょっぱいのが好きな人はこの指止まれ! という具合のバランスの良い取り合わせで、さつまいもの甘み、梨の水分とシャリシャリ感、ナッツの香ばしさと食感、塩味を加えたマスカルポーネのコクとうま味。すべてが混ざり合った瞬間にパラダイスな一皿になります。

実は中山さんがかつて働いた代々木上原の「笹吟」も、意外な食材を取り合わせたクリエイティブな和え物が名物。今までに中山さんが辿ってきた道に思いを馳せながら、日本酒をチビチビするのも楽しいのです。ちなみに和え物は季節とその日の仕入れによってさまざま、例えば冬の時期なら「りんごとサーモンとナッツのブルーチーズ和え(500円)」なんてのも登場します。

サーモンのうま味とナッツ(カシューナッツとピーナッツとアーモンド)の香ばしさ、そしてりんごの甘味がブルーチーズの塩味と混ざり合って実に美味。そして、りんごのシャリっとした食感と、ナッツのコリっとした食感が楽しくて後を引く…食感が楽しい和え物って素敵です。

ハンドメイド感満点のおつまみたち

しっかりと出汁が利いた優しい和食のおつまみは、どれも秀逸。お造りも焼き物も、煮物も揚げ物も、とにかく細部まできちんと詰め切った!という感じの名作ばかり。薬味にも抜かりはなく、大根おろしやしょうがは間違いなくおろしたてで、しっかりと辛味が利いているし、わさびも都度都度おろすので香り豊かで辛味も抜群。薬味がすごい店は、飲兵衛にとってなんともありがたいものです。というわけで、取材の際に注文したつまみの数々を、ここで一挙にご紹介しましょう。


「うの花(300円)」。上品で濃厚な出汁の味が感じられる逸品。ねぎと一緒に桜えびが入っているので、味わいが重層的でおもわずうっとり。海老の出汁で食べるうの花…素敵だなぁ。

「〆サバ(750円)」。「そのまま」と「炙り」の2種が盛り付けられて登場。酸味はほとんど感じられず、ひたすらサバのうま味が舌を覆い尽くす。一方、炙りは香ばしさの直後にサバのうま味が口の中を充満する感じがたまりません。とにかく綺麗な〆っぷりに感動する逸品です。

「春菊と椎茸のおひたし(450円)」は、春菊も椎茸も出汁をたっぷり含んだ名作。一口目は出汁の味が口の中を充満し、5回ぐらい噛んでからようやく春菊の香りが漂い始めるという時間差攻撃なおひたしです。

「新生姜とベーコンのかき揚げ(650円)」は「ビリエット」時代からの超名物。生姜の清涼感とベーコンのうま味が絡み合い、軽快なコロモの食感と混ざり合う時、脳内がシビレます。…いったいどうして新生姜とベーコンをかき揚げにしようと思ったのか? そんな疑問が生まれるぐらいに、完璧にマッチ。


とにかく綺麗な「目鯛の煮付け(650円)」。煮崩れるなんてことは微塵もなく、的確に煮付けられている。添えられた豆腐の表面の色の変わりっぷりも見事。一口食べると心まで優しくなる味わいに悶絶。

「厚揚げ焼き(350円)」。エッジの部分がキリッと立ったクリスピーに焼きあげられた厚揚げは、醤油をたらした瞬間に、なんとも芳しい香りが広がります。

「揚げ銀杏(400円)」は、箸休めに丁度良し!さつまいものチップスと一緒に供されますが、超クリスピーなさつまいもと、銀杏のほっこり具合の食感的バランスが秀逸。

「鰤と里芋の揚げ出し(800円)」もおすすめ。ごろっとブロック状に切られた鰤と、ガッチリとした歯ごたえの里芋。鰤の臭みはまったく感じないのは下ごしらえが緻密なため。里芋が煮崩れないのは面取りしてあるから。とにかく仕事が丁寧なのです。


隠れた人気メニューの「湯豆腐(450円)」。出汁を張った鍋の中に、豆腐と鱈と水菜の上にとろろ昆布が載せられて登場。アツアツの豆腐を崩しながら、鱈の味が移った出汁で食べると、これもまた止まらない…。

「焼きめし(600円)」もまた、食感が楽しい逸品。ちりめんジャコが結構多めに入っているので、パラパラ感が小気味よく、実に美味しいのです。中山さん曰く「ねぎとたまごだけでは色気ない。ジャコは火を入れると固くなるので、焼きめしの食感を軽くしてくれるんです」

「できるだけ、飲兵衛に寄り添いたかった」

…われながらよく食べた(涙)と感慨にふけっていると、どのメニューもなんとも良心的な値付けなのに気付きます。「私も酒飲みなのでわかるのですが、酒飲みはお酒で値段がかさむ(笑)。なので、できるだけ安くしたかったんです」と中山さん。「いつ来ても、ストンと座れる店。近所のお客さんが必ず帰りがけに立ち寄れる店。そんな店にしたい」という中山さんの思いが、店内に漲っているからか、夕方の早い時間には近所のご隠居さんたちが、ひとり、ふたりと暖簾をくぐり、駄洒落を飛ばし合いながら、カラカラ笑ってお酒を楽しみ、19時前には帰っていく…というような光景も。そうかと思えば、21時を過ぎた頃から仕事帰りの男女が集い、深夜までいい感じにだらだらできるというわけで、この店はとにかくひたすら飲兵衛に寄り添ってくれるのです。

※表示価格は全て税込みです。

PROFILE
小林 淳一

東京メトロ駅構内で配布するフリーマガジン『Metro min.』、食材のカルチャー誌『旬がまるごと』などの編集長を経て、食の分野で編集者として活躍、郷土料理や食材を求めて全国各地へ。青森県では観光国際戦略局の観光アドバイザーも務める。

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