WITH ATTITUDE

ラクじゃないものにこそ艶は宿る


Jun 5th, 2013

text_Hiroko Koizumi
illust_Hitomi Hasegawa
edit_rhino inc

女性のための連載コラム〜with Attitude〜がスタート。より魅力的な女性になるための心得を、日常に溢れるエピソードを交えながら紹介していきます。第一回目のエッセンスは『ラクじゃないものにこそ艶は宿る』。 都合の良さや”ラク”であることを優先するあまり、女性らしく魅せることを忘れていませんか?


待つという贅沢

仕事でお世話になっている女性が結婚するというので、お祝いにリネンのエプロンでも、と自由が丘に出掛けた。久しぶりだったこともあり、うろ覚えの小道を地図を頼りに目的の店を探す。街に漂う香ばしい薫りに誘われるまま歩いていくと、向かっていた店の隣にその珈琲店はあった。軽井沢あたりにありそうなロッヂ風の、決して今どきとは言えない店構えだったが、好奇心が赴くままに珈琲を一杯オーダーする。「生豆から焙煎いたしますので、10分ほどかりますがよろしいですか」座って見渡すと、一角に備え付けられた小型の焙煎機がガラガラと音を立てながら回っていた。たった一杯の珈琲のためにかける手間、そしてそこに宿る情熱。そのことに驚きながら仕上がりを待つ10分という時間に、忘れていた豊かな気持ちが蘇った。

バッグを持ち換える理由

女性なら誰しも、美しさはそう簡単には手に入らないと知っている。”女”を生きていくのは、結構大変だ。一日でも肌の手入れを怠れば顕著に表れてしまうし、常にボディをコントロールする必要もある。そのうえに、着こなしにも細心の注意を払わなくてはならない。これはもう女性に限ったことではないが、見た目は言葉のない名刺なのだ。

あるときニュース番組で、秘書を仕事にしている人たちの懇親パーティの様子が映し出されていた。ホテルのバンケットルームでの立食形式で、皆シャンパンを片手に歓談している。多くの女性は、おそらく仕事帰りなのだろう。ダークな色調のスーツスタイルで集まっていたが、ある光景が目に留まった。通勤時によく持ち歩くようなA4サイズのバッグにぎっしり書類を詰め込んで、肩からぶら下げていたのだ。ホテルなのだから、色気のない黒のお仕事バッグはクロークに預けて、大きめのクラッチバッグに持ち替えていたら、秘書という仕事の延長線であることを踏まえた、女らしい見た目が実現できたことだろう。場に華を添えることは主催者への敬意の表現でもあり、大人の嗜みでもあるのだから。

ファッションエディターという仕事柄、新作発表などを兼ねたさまざまなタイプのパーティに出掛ける機会がある。一見華やかそうに見える仕事ではあるが、当然日中は取材や打ち合わせなどに追われ、優雅に過ごせるわけではないから、失礼のない程度のカジュアルが基本スタイル。わざわざドレスに着替えて、ということはほとんどないけれど、それでも夜のパーティならクラッチバッグを忍ばせていることも多い。クラッチバッグは正直持ちやすいものじゃないけれど、誰が持っても自然と艶っぽさが漂う。おそらく小脇に挟んで持つ所作の、不安定さこそ艶の正体かもしれない。

靴選びは、今のあなた自身を表している!?

そのことは、靴に端的に表れている。このところ街を歩く女性の足元を観察していると、スリッポンやバレエシューズなどのペタンコ靴の多さに驚く。背伸びして無理するのではなく、身の程を知っている自然体こそかっこいいという価値観の変化が背景にあると分析するメディアもある。もちろん私自身もかなりの頻度で愛用している。確かにラクだし、ストレスはない。けれど毎日はき続けていると、大地を堂々と踏みしめて歩く自分に、不思議と一抹の不安を感じてしまうのだ。

先月上映されていた、女性がハイヒールの虜になる秘密を掘りさげたドキュメンタリー映画『私が靴を愛するワケ』が、その理由を鮮明に解き明かしてくれた。「ハイヒールは女性の中に眠っている官能性と魅力を呼び覚ますんだ」(デザイナーのピエール・アルディ)、「ピンヒールをはいた瞬間、人は”女”になるんです」(心理学者)。そう、女性はみんなパンプスをはいた瞬間に”女”を取り戻す。ペタンコ靴で感じていたのは、明らかな女度の低下。パンプスを美しくはきこなすためには脚をお手入れし、ペディギュアも塗る。パンプスで武装して”女”を武器にするという心理ではなく、ペタンコ靴でオフにしていたスイッチを時折オンにして”女”を楽しむ感覚。美しいパンプスに惹かれる本能を、最近あなたは研ぎすませているだろうか。

合理性と実用ばかりを重視していると、いつしか奥行きが欠けてくる。かけた手間と時間は見えない豊かさとなり、ラクではない美しいものがもたらす心地よい緊張感にこそ艶は宿る。


NAVIGATOR
古泉洋子

ファッションエディター&ディレクター。大学卒業後、『ハーパースバザー』から『Mcシスター』まで、幅広い世代&ジャンルの編集部に在籍。現在は大人の女性誌のほか、新聞、ファッションブランドの広告などで誌面のトータルなディレクションを手掛けるほか、執筆も担当。著書に、信条である”着る人の内面を映し出すおしゃれ”を描いた『この服でもう一度輝く』(講談社)がある。
公式サイト http://koizumihiroko.com/

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