ICON OF TRAD

Vol.03 BLAZER / ブレザー


Nov 14th, 2012

Text_Jun Yamaguchi
Illustration_Yoshihumi Takeda

トラッドファッションに欠かせない、ICONの数々。第3回は通称「紺ブレ」でおなじみのブレザーです。さまざまな流行を生み出した、このアイテムのルーツや流行について山口さんが考察します。

紺ブレについて僕が知ってる二、三の事柄

ブレザーといわれると、ネイビーブレザーがまず頭に浮かぶ。そう、通称、紺ブレである。そして、紺ブレといわれるとやはり思い浮かぶある光景がある。おそらく、1989年か90年。渋谷のファイヤー通りの入り口あたりでネイビーブレザーを着た5人組の集団を見かけ、そのあまりの格好良さに見惚れ釘づけになってしまった経験があるからだ。年のころは10代後半。清潔感と育ちの良さを感じさせる5人組はみな一様に髪を短く刈り込み、いずれも金ボタンのダブルのネイビーブレザーに白のボタンダウンシャツ、おろしたてのジーンズを合わせて、足元をローファーで決めていた。

彼らの装いに釘づけになってしまったのにはわけがある。当時、渋谷といえば渋カジと呼ばれる長髪、ネルシャツにエンジニアブーツといったアメカジファッションが溢れ返っていて、渋谷を拠点に活動するチーマーと呼ばれるグループが社会問題になり始めていた頃。そんなこぎれいなファッションで固めた若者など渋谷では皆無だったのである。それが、大衆化しはじめた初期渋カジの一種のアンチテーゼとして自然発生した”キレカジ”と呼ばれるスタイルだと知ることになるのは、街に突如として紺ブレブームが巻き起こり、雑誌がこぞってそのスタイルを取り上げることになったしばらく後のこと。

つまり、偶然目撃した集団は、まさにキレカジのパイオニアたちだったということになる。そして、彼らとの出会いは、それまでの僕のブレザー観を覆すちょっとした事件でもあった。というのも、70年代後半から80年代後半にかけて僕が多感な時代を送った10代半ばから20代にかけてというのは俗にいうDCブランドとアルマーニに象徴されるソフトスーツ全盛期の時代で、IVYの代名詞だったブレザーというのは(少々、言い方は悪いけど)かつてIVYに熱狂した止まったままのオジさん達のユニフォームという印象が少なからずあったからだ。そんな浅はかなブレザー観を吹き飛ばしてくれたのが、颯爽とブレザーを着こなしたキレカジのその少年たちだったわけである。その後、ブレザーは多少の浮き沈みはあったものの、90年代、00年代、そして近年のIVY、プレッピーリバイバルの時代を通じて、我々のワードローブに欠かせない老若男女問わない定番として定着する。

あまり指摘はされないことだけれど、60年代のIVYも90年代のキレカジブームも知らない世代にもブレザーがすんなり受けいれられているのは、イケメンドラマやAKB48らアイドルたちのおかげが大きい。05年、ジャニーズ新世代として登場したKAT-TUNの亀梨和也とNEWS(当時)の山Pこと山下智久のダブル主演の『野ブタ。をプロデュース』でブレザーにグレイのパンツを腰バキで着こなした修二(亀梨)と彰(山下)が「青春アミーゴ」を歌う姿がTVに登場してすぐ、街に修二と彰もどきが溢れ返ったことは記憶に新しい。当時、小学生だった子どもたちは今、中学生、高校生になって、ブレザーで踊って歌うアイドルたちに熱中している計算になる。

「炎のランナー」と「華麗なるギャツビー」のブレザー

キレカジの少年たちを目撃するまで、僕のなかでいけてるブレザーというのは、主に映画のなかだけに存在した。『旅路』のデヴィッド・ニーブン、『ボーイハント』のジョージ・ハミルトン、『ティファニーで朝食を』のジョージ・ペパード、『脱出』のハンフリー・ボガードなど銀幕のブレザー上手は多いが、なかでもアカデミー賞の衣裳デザイン賞や作品賞他を受賞している『炎のランナー』(81年)のケンブリッジの学生たちのブレザー姿と、やはり衣裳デザイン賞を受賞している『華麗なるギャツビー』(74年/脚本はフランシス・フォード・コッポラ)で主人公ギャツビーの知人役ニックを演じたサム・ウォーターストンのブレザー姿は、とくに印象深い。前者は、1924年のオリンピックを目指す若きイギリスのスプリンターたちを描いた作品で、衣裳をキューブリックの『時計仕掛けのオレンジ』や『バリー・リンドン』も手がけたコスチュームデザイン界のスーパスター ミレナ・カノネロが担当。すべての衣裳をこの映画のために集めた20年代の古着を縫い直して仕立てたというだけあって、劇中の衣裳は、ヴァンゲリスの音楽とともに作品を支える重要な役割を担っている。この映画では、白のテープでトリミングされたパイピング・ブレザー、ストライプ柄のクラブストライプド・ブレザー、胸にエンブレムの入ったネイビーブレザーなどをチルデンセーター(クリケットセーター)の上に着込んだケンブリッジの学生たちが登場する。主人公のベン・クロスは決して洋服が映えるタイプの役者ではないのだが、それでもチルデンセーターの上から母校のエンブレムが胸についたバイピング・ブレザーを着て、スクール・マフラーを巻き、スクールレジメンタル・タイ、ホワイトフランネルのパンツ、白黒コンビネーションのウィングチップでボーターハットを被った姿はなかなかの見物といえる。

一方、舞台で数々の栄誉に輝くセオニ・V・アルドリッチが衣裳を担当した(ラルフ・ローレンと思い込んでいる人が多いが、それは誤り)『華麗なるギャツビー』は、同じ20年代でもアメリカのロングアイランドが舞台。謎に包まれた大富豪ギャツビーの知人役のサム・ウォーターストンのブレザー姿は、彼が夜ごとギャツビー邸で開かれていた豪華なパーティーに招かれるシーンで登場する。おそらく他の招待客のようなタキシードもブラックタイも持ち合わせていなかったという設定のためだろう。ひとり彼だけが、ネイビーブレザーに、レジメンタルストライプのタイ、ホワイトフランネルのパンツにホワイトバックスという出で立ちで出席する。その装いは場違いな場に呼ばれた彼の立場を表すと同時に、当時にあってもブレザーが十分フォーマルな場でも通用することを図らずも我々に教えてくれる。

セミフォーマルからモードまで、ブレザー普遍の魅力

ブレザーの起源については、イギリス生まれだということ以外にハッキリしたことは分かっていない。一般に有力といわれるのは、1830年代(あるいは60年代)に英国の軍艦ブレイザー号に女王陛下が乗船することになり、失礼に当たらないようにと艦長がメタルボタンをつけた紺サージの上着を乗務員たちに即席で着せたのが始まりという説。それと1877年に英国のケンブリッジ大学とオックスフォード大学の間で競われたボートレースでケンブリッジ大学の学生が真紅のジャケットを一斉に放り投げ、それがブレイズ(=炎)のように見えたのがはじまりという説だが、他にも貴族がキツネ狩りをする際に着ていた赤いジャケットがルーツとする説、白いクリケット・ジャケットが嚆矢とするという説、海軍のピージャケットが原型という説などがあり、いずれも決め手に欠けるというのが実情だ。

また、ひとくちにブレザーといっても、細かく分類すると、カレッジ(スクール)・ブレザー、キャプテン・ブレザー、クラブ・ブレザー、ストライプド・ブレザー、チェックド・ブレザー、ファンシー・ブレザー、テニス・ブレザー、パイピング・ブレザー、ニューポートブレザー、クルージング・ブレザーなど、デザインや素材や使用目的などによっても呼び名が数多くあり、応用範囲もセミフォーマルからカジュアルまでと実に幅広い。エンブレム、メタルボタン、ポケットの形状やスタイルなどディテールにも語るべきことは沢山ある。

俗に定番と呼ばれるものには、トレンチコートやボタンダウンシャツのようにミリタリー由来やスポーツ由来のものが数多くあるが、ブレザーほど振り幅、バリエーション、語り口が広いものはちょっと見当たらない。しかも、市場にはパターンはタイトに変更されながらも、他はオーセンティックな素材、仕様、ディテールのコンサバティブなブレザーが人気を集めている一方で、コンフォタブルなジャージーやニットのブレザーがあるかと思えば、カシミア仕立てやスウェット仕立てのブレザーもあり、直球、変化球なんでもござれ。少し前の話になるが、ジュンヤワタナベに至っては、ブルックスブラザーズのブレザーを解体し、わざわざワークウエアの工場でパッカリングや皺を活かしたタイトなブレザーを仕立てたりもしている。

セミフォーマルとして、ビジネスシーンで、学校や軍の制服として、スポーツシーンで、そして時にはモードからストリートの最先端のファッションとして、100年以上前に誕生したブレザーは、今も我々の生活の様々なシーンでその変幻自在の魅力を見せつけている。こんな定番、ほかにはちょっとない。


Navigator
山口 淳

ライター、ときどきエディター。ファッション誌、旅雑誌、モノ雑誌などのエディター、ライター、ディレクターを経て、現在は主にライター業をなりわいとしている。
著書に『これは、欲しい。』『ビームスの奇跡』『ヘミングウェイの流儀』(共著)などがある。
めったに更新されないブログ〉http://onlyfreepaper.com/yamaguchijun/

FISHERMAN SWEATER / フィッシャーマンセーター

REGIMENTAL TIE / レジメンタルタイ


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