同性を敵と考える女性
女性のことにどのくらい詳しいかというと、じつはまったく自信がない。とはいえ女性にしても、自分のことを客観視することは苦手と考える方が少なくないはずだ。
筆者も、男には珍しく、自分を客観視できないタイプの人間である。職業柄、筆者のなかには女性的な部分が多く含まれているからかもしれない。ファッション業界には目立ちたいという自己顕示欲が強い人が多い。そんな自分本位的な部分と、自分を客観視できないこととは相互に関連し、それはフェミニンな要素にも結びついている気がする。
自分本位な部分が強い女性は、いろいろな意味で同性を敵だと考える方が多い。それが極端に強くなると、悪女というレッテルを貼られてしまう。しかし不思議なことに、男性はそうした悪女的な女性に魅せられてしまうケースがままあることも事実である。
男性にとって、女性の自分本位なふるまいは、自分と異なるがゆえに興味を覚えてしまうのだ。彼女の極端な行動に驚かされ、翻弄されつつも、かえって愛しさがつのり、この女こそファム・ファタール(運命の女)と思いこむ傾向が男にはあるような気がする。
だからだろうか、長らく男性向きに製作されてきた映画では、こうしたファム・ファタール系のヒロインが多く登場した。古くは『情婦』のマレーネ・ディートリッヒ、小悪魔と呼ばれたブリジット・バルドー、最近では『氷の微笑』のシャロン・ストーン、『ブラック・ウィドー』のテレサ・ラセッルなどなど。悪女的なキャラは、ニコール・キッドマンのようなクール・ビューティ系美女が似合う気がする。
夫の隣で存在感を発揮する女性
しかし女性の社会進出、草食系男子の出現などによって、こうした悪女タイプのヒロインとそれを許容するマッチョな男の物語はステレオタイプなものになりつつある。
現代では、同性を敵と考える女性より、同性から好かれる女性のほうが人気があるのだ。また独身より、家庭をきちんと持ち、夫の隣で存在感を発揮する経験値の高い女性のほうが好感度が高い。そうした新しいヒロイン像の代表がリッキーといえよう。
リッキーとは、ご存じファッション界の帝王ミスターラルフ・ローレンの妻にして、ポロ・ブランドのミューズでもあるリッキー・ローレンのこと。エルメスにバーキンやケリーといったバッグの名品があるのと同様に、ポロ・ブランドにもリッキーという名前のパーマネントなバッグがコレクションに加えられているほど、彼女の存在感は大きい。
ミスターとリッキーの出会いは1964年。ニューヨークで眼科医の予約をしたミスターは、そこで受付係をしていたリッキーと出会う。すぐにミスターの愛車、ブリティッシュグリーンのモーガンで初デート。知り合ってから8カ月めに彼らは結婚する。
「スポーツカーの助手席に座って長い髪が風になびくのが似合う女性が好きだ」というミスターにとって、リッキーは理想の女性だった。「完璧にメイクアップして、いつもハイヒールをカツンカツンと鳴らして歩く女性より、ジーンズに白いシャツの袖をまくり上げ、ボーイフレンドのジャケットを借りて着ているような女性に魅力を感じるんだ。そう、リッキーみたいにね」
いっぽうリッキーの生活にとってもミスターの存在は、彼女が望んでも得られなかったジグソーパズルの隙間を埋めるピースとなっていった。「私には兄弟がいなかった。だからラルフは夫というよりもお兄さんという感じなの。彼と一緒だと、とても快適で最高の友達という感じ。ラルフは思慮深くて、ときに父親のように思えることもあるわ」
妻、そして女神としてのスタイル
結婚後すぐにミスターは、ワイドタイで成功を収めポロ・ブランドの基礎を築く。リッキーは幸運を呼ぶ女神だったのである。
ミスターはリッキーを連れてクロージングストアを巡ることを好んだ。おそらく彼女独特のセンスが、ミスターのデザイン的な感性を触発するからであろう。ある日小さな乗馬ショップに入ると、そこでリッキーはボーイズサイズのツイードジャケットを購入した。その着こなしは見事に時代の波にフィットしていたので評判を呼び、後にミスターがウイメンズコレクションを始めるきっかけになったといわれている。
1980~90年代に写真家ブルース・ウェーバーによって撮りおろされたポロ・ブランドのカタログには、必ずリッキーに似た、長髪で、スレンダーで、知的な雰囲気をたたえた女性モデルが登場する。リッキーはミスターのデザインの源泉、ポロ・コレクションにおいても見事にミューズの役割を果たしていたのである。
アメリカンファミリーのアイコン
リッキーはイタリア系アメリカンで、家族を大切にする意識が高い。ミスターはロシア系移民の家柄で、そんな彼女を愛しく感じていた。夫婦は2男1女(長男アンドリュー、次男デヴィッド、長女ディラン)に恵まれ、1970年代、家族は富裕なニューヨーカーが休日を過ごす別荘地アマガンセットやイーストハンプトンで水入らずの時間を過ごした。
そんなときのリッキーやファミリーのスタイルは、どれも色褪せ、使い古され、シワだらけで、ときに穴のあく寸前になった服でコーディネートされていた。だがそれは、シンプルさとユーティリティをベースにした、快適な生活着でもあった。労働と誠実な日々の暮らしの歴史が刻み込まれた服は、穴があき、修理され、変色しても、その輝きを失わない。それこそアメリカンスタイルなのである。
リッキーと幼い子供達と過ごした日々は、ミスターに深い影響を及ぼした。人気ブランドRRLは、リッキーとラルフのイニシャル、ダブルRから引用されたことでも、それをうかがい知ることができよう。
現在子供たちは成長し、長男が映画プロデューサー。次男はポロ・ブランドのヴァイスプレジデント。しかも彼は大統領を祖父と伯父に持つカリスマモデル、ローレン・ブッシュと3年前に結婚している。長女はニューヨークで人気の『ディランズ・キャンディ・バー』のオーナー。3人それぞれが個性に溢れ、多忙な日々を過ごしているのだ。
不思議なことに彼らは父親が著名なファッション・ブランドのオーナーであることに気づかなかったのだそうだ。「ローレンという私の姓を見て、友人から洋服をディスカウントで買えないの? と聞かれ、初めて父親の職業が有名なデザイナーだとわかったほどなの」と長女のディランは語っている。
アメリカ最高のセレブ・ファミリーに生まれながら、それを感じさせない育て方。リッキーの母としての偉大さには感心させられてしまうエピソードだ。
子育ての終わったリッキーは、モントークの心地良い日差しのなかで、すでに4冊の著書を刊行している。それらは、彼女のライフスタイルやインテリアコーディネート、そして料理のレシピやファミリーに対する考え方などを綴ったもので、どれも素晴らしい。
リッキーは最近白いコーディネートを好むのだそうだ。全身白のコーディネートは、着る人が常にパワーに満ちていないと、服に負けてしまうスタイル。熟年になってますます充実する、彼女の生活ぶりが感じられる。