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Vol.26 2015年の干支にちなんで 羊とウールの歴史を研究してみよう


Jan 7th, 2015

text_shuhei tohyama
illust_yoshifumi takeda
edit_rhino inc.

我々が身にまとうさまざまなアイテムをつくる上で、欠かすことのできないウール。当然のことながらウールは羊から採れる素材だが、その種類や起源は思いのほか多彩で奥深い。その歴史はなんと紀元前6000年頃までさかのぼることができるらしい。

人類と羊の深く長い関係

2015年の干支は羊である。そこで今月は、ツイードジャケットからアーガイルスウェーターまで、トラディショナル衣料の素材として欠かせない羊をアイコンとして取り上げてみた。

羊は大別して、肉を採るための羊と、羊毛を採るための羊の2種に分けられる。羊毛用の羊は、とくに緬羊(めんよう)と呼ばれる。緬羊のメジャー品種は、シェットランド、チェビオット、メリノが挙げられる。いっぽう肉食用の羊は、サフォーク、テクセル、アラゴネセ、ポートランドなど多種ある。そのほかにチーズをつくるためのミルクを採取する羊もいるが、ここでは緬羊を、羊の代表として紹介することにしたい。

人類と羊の関係は古い。一説によると紀元前9000年頃には野生の羊がイラクや中東に生息していたらしい。それが次第に放牧されるようになり、紀元前6000年頃のメソポタミアでは羊の肉や毛皮を食料や衣服に利用するようになった。

羊の毛の利用は最初、冬に自然に抜け落ちるケンプ(表面に生えたかたい毛)を羊飼いたちが拾い集め、保温用として履物の中にいれたところ、それがフェルト化して靴下のようになったことに始まる。やがて羊の毛を刈り下側に生えた柔らかなウールを紡いで糸にすることが発明され、羊毛は毛織物として重用されるようになる。

スペインでメリノ羊が誕生する

原初的な羊のブリード(種)は4種いたといわれるが、それを交配し、優れた食肉用の羊や緬羊へ品種改良していった。

現在もっとも優れた細毛品種の緬羊として知られるメリノ羊は、14世紀初頭にスペインで誕生したといわれる。

メリノ種の羊がなぜ珍重されたのかというと、ウールが白く、染色が容易だったからである。羊毛の染色はイスラム教徒が各地に広めたらしい。

メリノ羊の原種は西アジア産で、最初は褐色が混じった毛であった。それがスペインのイベリア半島に持ち込まれ、北アフリカの羊と交配されて、純白の羊毛をもつスペイン・メリノ種が誕生したのである。

スペインではメリノ羊によるウール産業を国がバックアップし、貴重な財産である羊を国外へ持ち出すことを禁止した。たった一頭の羊を持ち出そうとした者が死罪に処せられるほど、厳重な輸出規制を課したのである。

時は大航海時代、スペインの毛織物は世界各地へ運ばれ莫大な富を築いた。じつはアメリカ大陸を発見したコロンブスの航海も、羊で稼いだ国費によって賄われたものだったらしい。

14から18世紀までスペイン・メリノの毛織物は世界を席巻したが、18世紀後半にフランスがスペインへ攻め込んで国内が騒然となる。この混乱に乗じてスペイン・メリノ羊はフランス、英国、米国などへ流失してしまう。

今日メリノ種の羊といえばオーストラリアが有名で、約9000万頭ものメリノ羊を放牧している。しかしこの隆盛は、18世紀後半に南アフリカ経由でオーストラリアへ輸出された13頭のスペイン・メリノから始まったものなのである。

産業革命による英国羊毛の台頭

中世の時代、スペインとともに毛織物産業で栄えたのはフランドルだった。フランドル地方とはフランス北部、ベルギー西部にあたる地域にあり、オランダ国境にも面した土地であった。

毛織物には良質な水が大量に必要となるが、フランドルはその水に恵まれていた。また北海に面した土地には良質な港があり、そこへ英国からは上質な原毛が船で運ばれ、隣接するノルマンディ地方や北フランスからは陸路で染色材料が入ってきた。さらに地中海地方からは羊毛の脱脂や毛織物の最後の仕上げに必要な明礬(みょうばん)も船で搬入された。

フランドルは毛織物を主にして、北部ヨーロッパの交易都市として栄えたのである。

いっぽう英国は、スペイン・メリノと並ぶ優秀な緬羊(ニットのシェットランドやツイードのチェビオットなど。後にメリノも加わる)を多数育てながら、14世紀までは原毛をフランドルなどの羊毛加工地域へ卸す、いわば原産地にすぎなかった。

14世紀後半になると、エドワード3世が毛織物産業が巨大な富を生むことに気がつき、自国で生産した原毛の輸出を禁止。国内で紡績し、それを織る羊毛加工産業への転換を計った。さらには国王は外国産の毛織物の輸入まで禁止してしまう。こうした究極の保護貿易政策により、英国の毛織物産業は急速に成長していくのである。

いっぽうこの政策はフランドルにとって大きな打撃となった。英国からは原毛が入ってこないし、毛織物の輸出も伸び悩む。さらに度重なる戦乱によって土地が荒らされ、毛織物職人の多くは、英国本土へ移住を始めたのである。

卓越した羊毛加工技術をもつフランドルの職人たちの移住をエドワード3世はしてやったりと歓迎し、英国の毛織物産業はさらに勢いを得たことはいうまでもない。

18世紀末になると、英国本土は羊の王国となった。毛織物製品は大量に海外へ輸出された。さらに拍車をかけたのが、産業革命による機械の導入である。機織りの横糸を木製ケースに入れて機械で打ち飛ばすフライイングシャトルの発明は、布の生産性を飛躍的に向上させた。さらに足踏み式の機械や水力による紡績機の発明は、一度に何本もの糸を紡ぐことを可能にした。

家内制手工業から近代的ファクトリーへいち早く脱却した英国のウール服地は、その後約150年に渡り最高級ブランドとして世界の紳士を魅了したのである。

チャンピオン羊の写真集

さて今日、英国の毛織物産業は衰退し、代わりに、牧畜ではオーストラリアが、紳士服地ではイタリアや中国が台頭している。しかし英国から羊がまったく消えてしまったかというと、そうでもないらしい。

その証拠に『ザ ロイヤル ハイランドショウ』などといった、英国原産羊のチャンピオンを決めるショウが、毎年英国の各地で開催されているからだ。

最近日本でも入手可能になった、FRANCES LINCOLN LIMITEDから出版されている『BEAUTIFUL SHEEP』という写真集は、こうしたチャンピオンブリードを40種集めたもの。

布バックの前であたかもキャットウォークを歩くファッションモデルのようにポーズをとる羊たちは、どれも可憐で柔順な気質にあふれ、改めてこの動物のファンになってしまう方は多いはず。

かく言う筆者もこの本とアニメ『ひつじのショーン』によって、熱烈な羊フリークになったひとり。この羊の写真を使った2015年版カレンダーをアマゾンあたりが入れてくれないかと、密かに願っている次第なのである。

Navigator
遠山 周平

服飾評論家。1951年東京生まれ。日本大学理工学部建築学科出身。取材を第一に、自らの体感を優先した『買って、試して、書く』を信条にする。豊富な知識と経験をもとにした、流行に迎合しないタイムレスなスタイル提案は多くの支持を獲得している。天皇陛下のテーラー、服部晋が主催する私塾キンテーラーリングアカデミーで4年間服づくりの修行を積んだ。著書に『背広のプライド』(亀鑑書房)『洒脱自在』(中央公論新社)などがある。

Vol.27 ダイアナ妃とキャサリン妃。プリンセスファッションにおける伝統の進化。

Vol.25 ミスターR.Lのミューズ リッキー・ローレンのスタイルについて


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