ニットタイはビジネスに使えるか
3月ともなると、フレッシュマンになる男性からビジネススーツの着こなしについてさまざまな質問を受けることがある。そのなかに「シルク製のニットタイは仕事に使えますか?」というものがあった。
わざわざシルク製の、と限定した質問をしているのは、ウールやコットン製のニットタイは、素材がカジュアルすぎてビジネスに向かないことに気がつかれているのだろう。
結論をいうと、シルクのニットタイには2種類の形状があり、使い方を誤らなければ、ビジネスワードローブの有効なツールになるはずである。
その具体的な使い方に入る前に、まずニットタイの歴史をたどってみることにする。
ニットタイが初めてメンズファッションのシーンに登場したのは1920年代後半から30年代といわれている。
ジャズエイジと呼ばれたこの時代、喪に服したような旧式のクラバットの代わりに、幅の広いカラフルなニットタイが、まずは高級リゾート地から流行したのである。
ニットタイは、登場当初からスポーティでリラックスした要素の強い、どちらかといえばお堅いビジネスには不向きなネックウエアとされていたわけである。
カレッジで復活したニットタイ
そのニットタイを1950年代後半から60年代に、こんどはアイビーリーガーたちが注目した。彼らが愛用したニットタイは、ふっくらした弾力に富んだ編み目で袋状につくられ、中に芯地がないものだった。形は大剣の先がスクエアにカットされ、太陽にかざすと素材が透けるほどゆるやかに編まれていた。
学生たちがこのネクタイをどのように使ったのかというと、たとえば、自分がめざす研究室の教授に面接にいくときなどに、ボタンダウンシャツにチノーズ(チノパンツ)とブレザーを着て、このニットタイを使用したのである。
1968年に公開された映画『卒業』では、ダスティン・ホフマンがこのニットタイをアイコン的に使用している。
映画のためにサイモン&ガーファンクルが『ミセス・ロビンソン』や『サウンド・オブ・サイレンス』などの挿入歌を書き大ヒットした。映画では、その挿入歌にも登場するロビンソン夫人とダスティン・ホフマン演じるアイビーリーガーが不倫デートを繰り返すのだが、彼の勝負服はシアサッカーのジャケットにブルーのボタンダウンシャツ、そして黒いニットタイだった。ニットタイは、学生を大人の男へ背伸びさせる効果もあったのである。
ニットタイはクールビズに有効
ニットタイは、カジュアルをドレスアップしてくれるが、ビジネススーツをドレスダウンした雰囲気に見せてしまうので、たとえば重要な会議などでの着用はお勧めできない。逆にいえば、ほかの人たちがネクタイをしていないようなときに、ニットタイをしめていても、さほど堅苦しく見えないという利点もある。
言い換えるとこのスマートなカジュアル感はクールビズに向くのではなかろうか。皆がノーネクタイのときに、オーバードレスに見せずに、ニットタイでよりスマートに装える。こういうビジネスツールの使い方はなかなかクレバーだと思う。
ただしニットタイは、そのふっくらとした素材特性のために結びにくく、ノットが大きくなるという欠点がある。そのためフォア イン ハンド(プレーンノット)でできるだけきつく結び、結び目を小さめにしてやることが大切だ。
フランス人は、ギュッと結ぶときに生じる絹ずれの音を洒落て、『絹の悲鳴』とニットタイを呼んでいるらしい。
※鏡越しに見た場合の結びかた。
筆者は、お洒落なイタリア人から教えてもらった特別な結び方でニットタイを小ぶりにしめている。その結び方は、まずネクタイを裏返しにしてシャツの襟に通す。このとき大剣を右側へたらしておく(通常は左側)。左にたらした小剣の下に大剣を通して一度まき、そのときにできた輪のなかに大剣を通して、結び目の形を整えれば完成である。
ニットタイは伸縮性があるために、普通のネクタイより短めにつくられているものが多い。そのためフォア イン ハンドで結んでも、検先がウエストバンドまで届かないケースが多い。しかしこの特別な方法なら、その心配も解決。ぜひお試しいただきたい。
ドレスアップにも使えるグレナディンタイ
新橋にあった老舗ネクタイ専門店『New!』の先代オーナーだった清水さんが「これはニットタイだけれどかなりフォーマルな場にも使えるものだよ」と教えてくれたのが、スイスのシュワルツェンバッハのグレナディンタイだった。
グレナディンタイというのは、一見ニットタイのようなテクスチャーだが、それよりもずっときつく編まれていて、ふっくらした感じはない。形は大剣の先がスクエアでなく、普通のネクタイのように3角形にカットされ、中にバイアスの芯地が入っている。
ニットタイのようにソフトで軽く、しかも断然結びやすいから、筆者はその場でシルバーの無地と上品なゴールドの無地を2本購入した。モヘアがミックスされた少し光沢のあるダークブルーのスーツなどに合わせると、たしかにこれでフォーマル度の高いパーティなどにも堂々と出席できる。ソフトな素材で首もとが締めつけられた気がしないから、とても重宝していて40年も愛用している。
今はシュワルツェンバッハという会社はなくなってしまったけれど、国産のネクタイメーカーがフレスコタイなどという名称で販売している。この名前にはいささか『?』マークが点灯するけれど、品質はかなりいい。
グレナディンタイのアイコンは、映画『007は殺しの番号』(原題ドクターノォ)に主演したショーン・コネリーである。
ニットタイは一般的に言うと、ブラック、ダークブルー、バーガンディなどの無地が使いやすい。そのため着こなしは、格子柄のツイードジャケット合わせたり、柄入りのシャツに合わせるというケースが多いのである。
しかしコネリー・ボンド氏は、黒い無地のグレナディンタイ、白い海島綿のドレスシャツ、グレーか濃紺の無地スーツというスタイルを決して崩すことがない。
グレナディンタイにあえて柄モノを合わせる事なく、しかも余裕のある雰囲気をVゾーンに醸し出す。そしてときにストイックで完璧な組み合わせを破綻させるように、ネクタイをルーズにゆるめる。この仕草に、ぐっとくる女性は多いのでなかろうか。
新入社員諸君! ニットタイはお勧めだが、この仕草だけは、もう少し人生の荒波にもまれてから試すことにしよう。