ICON OF TRAD

Vol.29 黄金週間の前に、 ジェリー・マリガンを聞きながら、 着古した白いパンツで海へ向かうのもいい。


Apr 1st, 2015

text_shuhei tohyama
illust_yoshifumi takeda
edit_rhino inc.

人気の白いパンツを穿きこなすための考察。トラディショナルな着こなしには一見すると取り入れがたいアイテムだが、合わせるアイテム選びやコーディネートの方法で、流行をさりげなく取り入れた、玄人好みな着こなしが実現する。

季節を半歩先取りする着こなし

日本の着物には季節を先取りするお洒落法というものがあるそうだ。梅のつぼみがほころぶほんの少し前に着物の柄にそれを使うとか、ツバメが雛を育てるために町中をスイスイと飛び始める前に、帯留にツバメの細工物をつけるというのが、それだ。

季節を半歩先取りすることにより、着こなしを新鮮に見せるだけでなく、周囲に爽やかな雰囲気をふりまく効用も生まれる。

和洋の違いはあるが、白いパンツもこうした効用のあるお洒落アイテムのひとつといえよう。たとえば5月の連休に入る前の週末に、少し厚手のコットン地でつくられた白いパンツに霜ふりグレーのスウェットシャツをかぶるなどすると、初夏を誰よりも早く満喫した気分がしてウキウキしてくるものだ。

またいっぽう誰もが憂鬱になる長雨の季節に、白いコットンパンツとL.L.ビーンのゴムシューズで足元をかため、ゴアテックスパーカなどの完全装備でさっそうと雨の町を闊歩すれば、子供の頃に水たまりのなかへジャブジャブ飛び込んだ、あのやんちゃで活発な気持ちが蘇ってくる。これも楽しい気分転換法といえるだろう。

なぜ着古した白いパンツは、新品よりも着る人の個性を生かすのだろうか

このように白いパンツは周囲から自分を際立たせることのできる色だから、使い方を誤ると流行を追う服飾雑誌から抜け出たようなチャラけた感じが出てしまうので注意が肝心である。

お好みもそれぞれあろうが、このコラムでは色気が勝ちすぎるイタリアモノやスキニーなモード系のパンツよりも、質実剛健なアメリカントラッドを推したい。

さらにこれを読む人が心して欲しいのは、新品の白いパンツで町へ飛び出さないことである。七五三の記念写真を思い出してほしい。糊の効いたような新品パリパリの服というのは、自由な人の個性というものを堅く窮屈な服のなかに閉じ込めてしまうものなのだ。

筋金入りのプレッピーたちの合言葉に『frayed』というのがある。frayとは、生地がほつれる意味。つまり、長く愛用してパンツの裾がほつれたようなアイテムを着ることは、彼らにとって勲章なのである。

断っておくが、これは昔、裏原の無頼派系の皆さんが愛用していたお引きづりブルージーンズの裾のほつれとはまったく別物であるということ。きちんと裾上げをしていながら、ヘビーローテーションによって、裾が自然にほつれた白いチノクロスパンツなどは、さり気なく着る人のノーブルさを引き出すもの。いわばプレッピーのお宝アイテムなのである。

なので、仕立て下ろしの白いコットンパンツをはくときは、一度水通しなどして、味出しを加わえることをお勧めしたい。

マリンルックという仕掛けには気をつけたいもの

白いパンツが似合う場所は? と聞いて連想するのは、海ではないだろうか。それもお洒落に関心のある人ほど、欧州の高級リゾート地をイメージするのではなかろうか。

しかしだからといって、白いパンツに白×ブルーのバスクシャツを決まり事のように合わせてしまうと、昔のニュートラ系のお姉様のようになってしまう。

白いパンツにマリンボーダーシャツ。容姿や年齢や体型にもよるだろうが、髪の黒い日本人(したがって頭部が重く見える)にとって、この組み合わせを格好良く着こなせる人は限られるはずだ。

ちなみに白いパンツやバスクシャツを着こなす名人として知られるイネス・ド・ラ・フレサンジュ(かってはシャネルのコレクションにおけるミューズ。今はユニクロ・ウイメンズの福の神)でさえ、白いパンツにはダークブルーのニット、バスクシャツにはブルージーンズを合わせることが多いのだから。

白いパンツにどうしてもバスクシャツをコーディネートしたいという方には、バスクシャツの上にゴアテックスパーカやスウェットシャツなどを重ねて、横縞の分量を減らすと良いと思う。こうすることにより、白いパンツもバスクシャツも生きることになる。

海をイメージするなら
1958年のニューポートが今季はおもしろい

白いパンツ=マリンというイメージは筆者のなかにも確かにある。しかし筆者が連想するのは、南フランスやイタリアの高級リゾート地でなく1958年のニューポートだ。

米国東海岸のロードアイランド州にあるニューポートは、米国富裕層の別荘地であり、19世紀に建設された豪邸を見物できる観光地としても有名だ。同時にここは、かつてアメリカズカップ(セーリング)や全米オープンゴルフの第一回開催地としても知られた場所でもある。

1958年には、毎年8月に開催されるニューポート・ジャズフェスティバルを題材にしたドキュメンタリー映画『JAZZ ON A SUMMER´S DAY(邦題、真夏の夜のジャズ)』が製作されている。

1958年のジャズ演奏というのは、まだ難解でなく、黒人の天性のリズム感や即興性に、白人の知的な音楽性がほど良くミックスされた、聞く人を楽しませる心地の良いものだった。

映画は、ルイ・アームストロングの情熱的なトランペット演奏、ゴスペル歌手マヘリア・ジャクソンの圧倒的な歌唱力、さらにはジャズコンサートなのにチャック・ベリーが『スィート リトル シックスティーン』を披露するなどして観客を興奮の渦へ巻きこんでいく様子を見事に捕らえている。

しかもドキュメンタリー映画だけに、当時流行したアイビールックを着てジャズフェスティバルを見に来た人々のリアルな姿が鑑賞できるのである。週末のニューポートで過ごす彼らのスタイルは、着古したカーキや白のコットンのパンツやショーツに、少々くたびれたデッキシューズをはき、アイビーストライプと呼ばれた和装縞のようなプルオーバーボタンシャツや無地のポロシャツを合わせた、いわば質実剛健なバンカラ風アイビー。このコラムがもっとも好むリラックスしたアイビースタイルであると同時に、今の時代に通じるユーティリティさを併せ持っている。

ゴールデンウィークへ突入する前に、着古した白いパンツにコットンジャケットなどを引っかけ、映画にも登場したクールジャズの創始者のひとりにして白人の名バリトンサックス奏者として知られたジェリー・マリガンを聞きながら、初夏の潮風を吸い込みに行くのも気持ちの和むウィークエンドの過ごし方だと思う。

Navigator
遠山 周平

服飾評論家。1951年東京生まれ。日本大学理工学部建築学科出身。取材を第一に、自らの体感を優先した『買って、試して、書く』を信条にする。豊富な知識と経験をもとにした、流行に迎合しないタイムレスなスタイル提案は多くの支持を獲得している。天皇陛下のテーラー、服部晋が主催する私塾キンテーラーリングアカデミーで4年間服づくりの修行を積んだ。著書に『背広のプライド』(亀鑑書房)『洒脱自在』(中央公論新社)などがある。

Vol.30 トラッドな自転車マニアが憧れる フランク・パターソンのサイクリング画集

Vol.28 カジュアルアップかドレスアップ。 2種類のニットタイの使い分けを覚えておこう。


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