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Vol.31 ヴァルカナイズ スニーカーのローテクな味は夏のトラッドスタイルにふさわしい


Jun 3rd, 2015

text_shuhei tohyama
illust_yoshifumi takeda
edit_rhino inc.

夏が近づくにつれ、足もとをスニーカーでアレンジしたくなる。そう考える人は多いのではないだろうか? トラディショナルなスタイルに、ぴたりとマッチするスタイリッシュなスニーカーとは。今回は夏の着こなしにふさわしい、ヴァルカナイズ スニーカーを取り上げていこう。

ヴァルカナイズって何だろう?

スニーカーには、『こそこそ動く、忍びまわる(SNEAK)』といった意味があるそうだ。

昼間は立派な実業家、夜になると天才的な泥棒へ、という危険な趣味をもつ男を描いた映画『華麗なる賭け』(1968年公開)には、ビジネススーツから泥棒衣装へ変身する小道具としてスニーカーが登場する。

演じるのはこのコラムに何度も登場したスーパーアイコン、スティーブ・マックィーン。彼がはいたのは紺色のキャンバス製ヴァルカナイズ スニーカーだったと記憶している。

ヴァルカナイズ、聞きなれない言葉だが、いったいどんなものなのだろう?

スニーカーの発明者は南米のインディオだといわれている。彼らは、ゴムの木から採取した樹液に裸足を浸し皮膚を保護していた。

しかし生ゴムは、暑くなるとベタベタと溶けて異臭を発し、寒くなると硬化して弾力特性を失ってしまう。こうした生ゴムの短所を克服する実用的ゴムの研究を続けたのが米国人のチャールズ・グッドイヤーであった。

彼は1839年に、偶然ストーブの上にこぼした生ゴムと硫黄をきっかけにして、1年を通してベタつかず硬化しないゴムのヴァルカナイズ(加硫)法を発見したのである。

しかしこの発見は、グッドイヤーが米国で特許を認可される1年前の1843年に、英国人トーマス・ハンコックによって理論化され、欧州での特許を取得されてしまう。

いずれにせよ加硫ゴムは、以後タイヤ、防水コート、スニーカーの靴底などへ応用の幅を広げていったのである。

元祖スニーカーが登場する

ゴム底靴は、19世紀後半に上流階級で流行したクリケットゲーム用として初登場した。テニスがこれに続き、さらにアメリカで発明されたバスケッボール用としても開発された。

代表的なデザインは、内羽根式と外羽根式の2種があり、前者はケッズのチャンピオンオックスフォード、後者はコンバースのオールスターに受け継がれている。

また驚いたことに当時の製法も、今日とほぼ変わらない工程であったという。

その手順は、生ゴムに硫黄を加えた原料を靴底の型に入れて外底を作り、そこに中敷きを組み込んだアッパーを接着する。その接合部をゴムテープで一周するように隠し、最後に加硫釜で熱を加えて完成させるというもの。

こうした製法で作られたゴム底靴を、ヴァルカナイズ スニーカーと呼ぶようになったわけである。

手作りの工程をいくつか残した手間のかかるヴァルカナイズ製法を今も続けている工場は、国内にわずか3社しかないというのも、ちょっと買い物心をそそられるものだ。

ハイテクスニーカーブームの裏側で、人気再燃中

さて今日、スニーカーとして思い浮かぶのは、弾力性や耐久力をさまざまに変えたゴム材をケーキのように重ねたソールと、軽量のナイロンメッシュアッパーを備えたハイテクスニーカーでなかろうか。

1970年代に登場したこの新型スニーカーは、折しもブームになっていたジョギングと連動して、旧来のヴァルカナイズ スニーカーを駆逐していくのである。

さらに80年代に入ると、ヒップホップのカリスマやバスケットボールのスター選手たちが人気の火付け役となり、スニーカーコレクターという新しいカウンターカルチャー族を形成していく。

こうしたブームに乗って、スポーツシューズメーカーはレアな新型を開発すると同時に、かつての名品を限定復刻。発売日には、黒人やアジア圏のコレクターたちを毎度大騒ぎに巻き込んでいるようだ。

だがこうした喧噪の影で、最近ひっそりとローテクなヴァルカナイズ スニーカーが見直されているのである。

その証拠にネットショップなどでは、スタンスミスやスーパースターといった旧型モデルをあえてヴァルカナイズ製法で別注したものが並び、街を歩けば、アーミー系のビッグカーキパンツにクラシックなヴァルカナイズ スニーカーを合わせるという質実剛健なスタイルが新鮮に見えるではないか。

いったいヴァルカナイズ スニーカーの何が、こだわりをもつ現代のトラッド派を魅了しているのだろうか。

ヴァルカナイズ スニーカーの魅力は、たくさんありすぎる

1950年代にアイビーが登場した頃からケッズやコンバースといったヴァルカナイズ スニーカーはカレッジで愛用されていた。

しかし当時のモデルより、現在の復刻モデルのほうが断然はきやすくなったことが、人気再燃の要因のひとつといえよう。底材、中敷き、靴ひもなどが改良され、クッション性も使い勝手もハイテクスニーカーに劣らないほど優れたものに進化しているのは、購入を考えている人にとって大きなポイントだ。

またジョギングユースがベースとなったハイテクスニーカーに比べ、ヴァルカナイズ スニーカーはテニスやバスケット用に開発されたものが多い。フラットな靴底は、前傾姿勢を保つように設計されたジョギングシューズの靴底よりも、街歩きが楽チンなのは言うまでもない。

さらにハイテクスニーカーの底材は、使用材料によっては保管中に加水分解を起こし、靴底がはがれてしまうケースもある。しかし加硫製法のゴム底は頑強で、こうした劣化の心配は無用なのである。

このように列挙していくと、筆者はハイテクスニーカーを嫌っているように思う方がいらっしゃるであろう。しかし実際はその逆で、ハイテクスニーカーのなかには、トラッドスタイルを快適に進化させたブランドがあることも充分承知している。

しかし夏のリゾート地などでは、裸足感覚ではけるキャンバス地のヴァルカナイズ スニーカーのもっている、あの心地よいリラックス感は何事にも代えがたい。

最近、地下鉄の階段で前を歩く女性の足もとが見るともなしに目に飛び込んできた。それは白いキャンバス地で出来たイタリアのスペルガであった。

真新しいヴァルカナイズ スニーカーは夏の花のように、見る人の気持ちまで爽やかに変える効果があるようだ。

Navigator
遠山 周平

服飾評論家。1951年東京生まれ。日本大学理工学部建築学科出身。取材を第一に、自らの体感を優先した『買って、試して、書く』を信条にする。豊富な知識と経験をもとにした、流行に迎合しないタイムレスなスタイル提案は多くの支持を獲得している。天皇陛下のテーラー、服部晋が主催する私塾キンテーラーリングアカデミーで4年間服づくりの修行を積んだ。著書に『背広のプライド』(亀鑑書房)『洒脱自在』(中央公論新社)などがある。

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