サードウェーブ・トラッドって何だろう?
日本におけるトラディショナルルックの変遷を振り返ると、東京オリンピックが開催された1964年頃を第1次アイビーブーム(VAN大流行、メンズクラブ創刊、みゆき族が社会問題になる)。米国で刊行された単行本『オフィシャル プレッピー ハンド ブック』が登場した1981年頃が第2次アイビーブーム(ポパイが西海岸ブームを起こす)。そして現在は、第3次アイビーブームが静かに潜行している状況といえよう。
これをあえてサードウェーブ・トラッドと名付けたのは、現在進行中の質実剛健なトラッドスタイルが、サブプライム危機以降に大きく変革したアメリカの生活スタイルとリンクしていることに気づいたからである。
米国で注目されるこの新しい生活革命をいち早く紹介した、佐久間裕美子著『ヒップな生活革命』(朝日出版社)によると、サードウェーブという言葉は、大手コーヒーチェーン店のアンチテーゼとして登場した、自家焙煎で単一品種の豆(ブレンドは出さない)にこだわる個人経営のおいしいコーヒーを総称するものだったという。
それがいつの間にかひとり歩きを始め、今はエシカルで持続可能な社会貢献をすることに生きがいを感じる人々が始めた新しいライフスタイル全般を示すキーワードになろうとしている。
発端はポートランドから
前書によると、ニューヨークのブルックリンにも広まるエコ、ハンドメイド、オーガニックというこの新生活スタイルは、米国北西部オレゴン州のポートランドから始まったという。
それで思い出したが、1960年代にフォクーソングの女王と呼ばれたジョーン・バエズが『ポートランドタウン』という、シンプルな歌詞に強い反戦メッセージをこめた曲を熱唱していた。そのことからも分かるように、ここは昔からリベラルな思想の強い都市だった。
1960年代、ベトナム戦争に反対した一部の優秀な若者たちは社会をドロップアウトしてヒッピーやヤッピーになり、西海岸でアウトドアスポーツやスニーカーのブランドを立ち上げたり、あるいはシリコンヴァレーでコンピューターの開祖になった人も少なくない。
ポートランドにはそうした末裔たちの伝統が継承されているからこそ、インディペンデントなコーヒーストアや廃材を利用したヒップなホテル、オーガニックなレストランなどが他に先駆けて誕生したのだと思う。
ファッションは流行だけれど、スタイルとは生きざまが着こなしに結びついて自然に発生するものだ。単にサードウェーブが流行だからといって、高額な輸入スニーカーに黒ぶちのメガネをかけてキャップをかぶっても、その思想的な背景を掴んでおかなければ、一過性の流行を追うのと変わらないことになってしまう。
補足しておくが、いわゆるサードウェーブ系男子と呼ばれるファッションを否定しているわけではない。そこに思想的な背景を加えて理論武装すれば、単なる着こなしが流行に対して免疫をもつスタイルになる、と考えるのである。
サードウェーブとは、拝金的な金融システムと消費至上主義の社会に対するカウンターカルチャーとして生まれたもの。その生活スタイルは、現代の日本社会にも応用が効くはずである。
イラストレーター小林泰彦に学ぶ
さて筆者がサードウェーブな夏のトラッド紳士の着こなしを考えるとき、手本にするのは第2次アイビーブームのときに登場したヘビトラである。
ヘビトラとは、ヘビーデューティ・トラデショナルの略。すなわち1970年代後半から登場したアメリカン・アウトドアスポーツ・アイテムとトラッドルックのミックススタイルを指すものだ。その代表例は、60/40のマウンテンパーカにツイードジャケットの合わせ。あるいはチノショーツ、ダウンベスト、半袖鹿の子編みポロシャツのコーディネートなどである。
そうした着こなしを、極端に簡略した線によって、服のボリューム感や素材の雰囲気までも個性的なファッション画として、いち早く紹介してくれたのがイラストレーターの小林泰彦氏だった。
そんな彼の代表的イラストを集めた、1996年発行の単行本に小林泰彦著『永遠のトラッド派』(ネスコ/文芸春秋)がある。この本では、さまざまなトラッドアイテムを四季に分けて紹介しているのだが、なかでも注目したのは夏の項で提案されている開襟シャツである。
その文を抜粋すると、『開襟シャツとは、素材はコットン、色は白、襟腰のないオープンカラーだが、襟を閉じたときのボタンループが付く。着こなしとしては、上着を着ないときは裾を外に出すが、麻のスーツに合わせることが多く、その場合はスーツの襟の上にシャツの襟を出し、これが風俗としての大切なポイントだ。帽子はパナマ、手には扇子、靴は真っ白なズックのオックスフォード』
サードウェーブには、『ローカルな伝統を大切にする』という大事なポイントがあるが、小林泰彦氏は、日本のトラッド紳士の一典型を約20年も前に提案していた。まことに慧眼な人である。
さらにイラストで紹介されているパナマ帽は、イタリアの優男が愛用する洒落たデザインのものでなく、クラウンの前から後に1本の尖ったラインが入ったオプティモと呼ばれるコロニアル風のデザインなのも、サードウェーブらしくて良い。
シアサッカーにも注目したい
日本の伝統といえば、和装生地の『縮み』のような雰囲気をもつシアサッカーも注目に値する夏のトラッドアイテムだ。
たて糸の構成を、1本はピーンと張り、もう1本を緩くする。これを交互に並べて、よこ糸を通して織ると、緩めたほうの糸がよこ糸にからみつき、あたかも縞のようなしじれ(縮み)が出る。
これがシアサッカーの清涼さを生む特長だ。つまり生地の凹凸により、肌への接地面積が少なくなり、風通りが良くなる寸法。素材はコットンかコットン混紡。色は白地にブルー、白地にグレーといったところがトラッドだ。
シアサッカーはスーツやジャケットにすると雰囲気がイイ。着こなすときは、間違いではないけれど、マドラスチェックのボタンダウンシャツなどを組み合わせないこと。
というのはシアサッカーもマドラスチェックも、ともにトラッドを代表する存在感のある柄だ。そうした個性の強い柄どうしを合わせると、柄と柄が喧嘩をして収拾がつかなくなることが多いからだ。
シアサッカーの上着には、シンプルなシャツを合わせたい。定番は白い半袖のボタンダウンシャツに黒のシルクニットタイ。ちょっと上品な雰囲気を演出したい場合は、ハイゲージのニットポロシャツをコーディネートするのもよろしい。
スーパークールビズのときは、襟腰の付いた鹿の子編みのポロシャツが使い勝手がよくケアも簡単で、主流になっている。しかしハイゲージのニットポロシャツは、上質なドレスシャツのように、特別な日のビジネスに威力を発揮するアイテムとして、もう少し注目されても良いのではないのだろうか。