ICON OF TRAD

Vol.42 初夏は刑事コロンボのようなコートスタイルで見た目だけではない格好良さを考察。


Jun 1st, 2016

text_shuhei tohyama
illust_yoshifumi takeda
edit_rhino inc.

日本でも馴染み深いアメリカの刑事ドラマ『刑事コロンボ(原題:Columbo)』。今回は、その主人公であるコロンボの着こなしについての考察。意外にもファッション的な観点からも楽しめるドラマだったのだ。

コロンボ刑事、アイビー王子をこらしめる

今回のアイコンは刑事コロンボにフォーカスしようと思う。こう書くと、「なんであんなヨレヨレのコートを着たおじさんを!」と疑問に感じる方もいらっしゃると思うが、コロンボ刑事にはスタイルがあるからだ。

洋服は着る人の心を表現するもの。身につける服によって自分を世間にさらすことになる。コロンボはこうした原則を逆手にとった確信犯だと思う。

彼はあえてヨレヨレのコートを着ることにより、「自分はサエない刑事です」と相手を安心させ、犯人の懐へ入り込むことを得意とする。つまりコロンボにとってあの服装は、ピストルと同じくらい重要な武器といえよう。

コロンボはこだわり屋でもある。彼が活躍する米国西海岸は雨の少ないドライな風土。昼間は暑いが、太陽が沈むと放射冷却で気温が下がる。そんな土地柄を考慮してか、裏地なしの1枚仕立てのダスター(埃よけ)コートを愛用している。

愛車もプジョー403カブリオレ。外観こそボロボロだが、レストアすればロデオドライブでも目立つお洒落なフランス車に変身するはず。なんたってカーデザインは、フェラーリやランチアなどで多くの名車を手がけたあのピニンファリーナ工房だ。

そんなコロンボと対決する犯人たちは、なぜかお金持ちのウェルドレッサーが多い。

本連載「アイコン オブ トラッド」にも登場したアイビーの貴公子ジョージ・ハミルトン(第7回)や、プレイボーイ刑事役(TV番組『バークにまかせろ』)がお得意のジーン・バリー(第22回)。さらにTV『0011/ナポレオン・ソロ』でお洒落なコンポラスーツを着たスパイを演じたロバート・ヴォーン。TV『プリズナーNO.6』でラペルにパイピングの入ったクラブブレザーをクールに着こなしたパトリック・マクグーハンなど。1960~70年代にTVシーンをにぎわせた二枚目俳優ばかり。

それが当時三枚目役だったピーター・フォーク扮するコロンボにこらしめられるのだから洒落が効いている。

ジャケット代わりにコートを

先年、昔なじみのファッションデザイナーであるW氏が久しぶりに展示会を開くというのでのぞきにいったところ、庭に洋服ラックが出ていて、そこにステンカラーコート、オックスフォードのシャツ、ヘビーウエイトのTシャツ、コットンパンツという、たったの4アイテムだけが吊るしてあった。

理由をたずねたところ、「これはぼく個人のデイリーワードローブをコレクション化したもの。飽きのこない上質な素材で毎日着られる服を提供しようと考えて、結局こういう形にしました」という答えが返ってきた。

彼の作る服のゆとり量は、今どきのタイトすぎるものではなく、大きすぎず窮屈でもないレギュラーなフィット感。素材も、しなやかで繊維の長い上質な綿を使用したり、コットンなのに防水性に優れた生地を使うなど、とても快適で便利そうだ。何よりコーディネートの軸に、ジャケットではなくコートを持ってきている点が新鮮だった。

クールビズが普及してしまったことによって、最近はジャケットがオフタイムの主役になりにくくなっているのを感じる。つまりオンビジネスでジャケットをカジュアル感覚で着てしまう習慣がついたときから、休日にジャケットを着ると仕事の気分が完全に抜け切らないようになったのだと思う。

人間は贅沢なもので、その後にニットジャケットのような軽く柔らかな服が出来たにもかかわらず、まったく違うデザインの何かを羽織って気分転換をしたくなるのである。

そしてその何かこそが、コートだということを、この展示会が気づかせてくれたわけである。大袈裟だけれど、ジャケットの代わりにコートを着ることは、地球温暖化によって生まれたトラッドコーディネートの進化といえるかもしれない。

薄手のリネンコートが重宝する

地球温暖化の影響で、近年は3月末頃までは薄手のウールニットが必要なほどの寒さが続き、その後はうっかりすると見過ごしてしまうほどの短い春があって、4月末から5月は半袖でも良いと思えるほどのポカポカ陽気が始まる。季節の変化が、昔とは明らかに異なってきているのを感じてしまう。

そんなイレギュラーな初夏から梅雨にかけて対応してくれるのが、薄手リネンの一枚仕立てで作られたステンカラーコートではないだろうか。防風や軽い雨を弾く機能性に加え、太陽の直射から肌を守り、軽い裾が風にゆれて、はた目に涼しげに映るのも良い感じだ。

リネンだからシワが味にもなる。つまりコロンボ刑事のように、周囲の環境に自然と溶け込むボヘミアン的な雰囲気が、シワによって醸し出されるわけだ。

ただしコロンボのように、コートの下にスーツ&ネクタイ着用では、ただのくたびれたおじさん臭が出てしまうので注意が肝心。コーディネートはあくまでカジュアルに。上質なコットンTシャツや半袖のオープンカラーシャツ、あるいはニットポロシャツなどを合わせるのがいいと思う。

ワーク系好きにはショップコートも推し

ミラノやフィレンツェなどにある小さなオーダーシャツ店や注文靴店へ行くと、奥の工房からワーク風コートを着たちょっと味のある店主兼職人が出てきて接客をしてくれることがある。

彼らが作業着として使っているのがショップコートだ。デザインはコットンの1枚仕立てで、よれよれのチェスターフィールドコートといった雰囲気。胸と左右の腰に大きめのパッチポケットが付いている。

このコートは、無骨なコットンだから初夏だけでなく、重ね着の工夫をすることにより1年のうち3シーズンは着用できる便利なアイテムである。

以前、原宿の表参道をぶらぶらしていたら通りに面した古着屋の店さきに、ショップコートをサマーウールで作り替えたオリジナル製品がぶら下がっていて思わず購入してしまった。梅雨寒のときなどは、この下にデニムジャケットなどを合わせて、なかなか重宝している。

このコート、ものすごくリーズナブルなプライスでしかも便利だから瞬く間に売れてしまったらしく、その後は見かけない。

今から思うと、あの薄手ウール製の1枚仕立てコートのアイデアを考えたアノニマスなデザイナー氏も、きっと刑事コロンボのファンだったのかな、と想像してしまうのである。

Navigator
遠山 周平

服飾評論家。1951年東京生まれ。日本大学理工学部建築学科出身。取材を第一に、自らの体感を優先した『買って、試して、書く』を信条にする。豊富な知識と経験をもとにした、流行に迎合しないタイムレスなスタイル提案は多くの支持を獲得している。天皇陛下のテーラー、服部晋が主催する私塾キンテーラーリングアカデミーで4年間服づくりの修行を積んだ。著書に『背広のプライド』(亀鑑書房)『洒脱自在』(中央公論新社)などがある。

Vol.43 どんなに重くても手に提げて持つ、それがトートバッグの美学だと思う。

Vol.41 41カーキとドレスチノ、2種類あるチノパンの生い立ちと使い方を知っておきたい。


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