ICON OF TRAD

Vol.43 どんなに重くても手に提げて持つ、それがトートバッグの美学だと思う。


Jul 6th, 2016

text_shuhei tohyama
illust_yoshifumi takeda
edit_rhino inc.

さまざまなスタイルにマッチするトートバッグについての考察。その歴史を紐解くと、日本の氷屋や、お馴染みのL.L.ビーンのトートバッグにつながる興味深い共通性が見えてきた。

日本初のトートバッグ使用者は街の氷屋さんだった

夏になると長袖を半袖にするように、バッグを替えてみたくなる。筆者の場合は、イーストパックのデイパックや、ポーターが米軍放出バッグを元にして作ったゴム引きのショルダーバッグの代わりに、使い込んだ一澤帆布店のキャンバスバッグか自作のデニムバッグをワードローブから引っ張り出すことになる。

なぜ夏に手提げ式バッグかというと、デイパックなどではショルダーベルトや背中が汗で濡れて不快になることがあるからだ。

手提げ式のなかでトラッドな味わいを持つバッグといえば、その代表はトートバッグであろう。日本では米国西海岸のアウトドアスポーツブームが起こった1970年代初めあたりからトートバッグがアイビーアイテムのひとつに認知されたように思う。アウトドアのヘビーデューティーなアイテム(たとえばマウンテンパーカ)とアイビーをミックスさせた『ヘビアイ』が流行した頃である。

しかしそれ以前からこれに良く似たバッグを使っていた人達がいた。それが街の氷屋さんだ。電気冷蔵庫が一般家庭に普及する昭和30年代頃まで、夏になると氷屋さんは木製の氷式冷蔵庫のために毎朝氷を配達していた。自転車の荷台に積んだ大きな氷を大型の専用のこぎりで半分ほど引いた後に、のこぎりの背で軽くたたいて切断。一貫目(約4kg弱)ほどの氷を丈夫なキャンバスバッグに入れて、お勝手の裏口まで運んでくれるのである。

太陽に反射してキラキラ光る氷の透明な輝きと、のこぎりが氷を引くときにでる涼しげな音は、夏休みの幸福な時間を象徴するものとして筆者の脳裏に残っている。もちろん天然氷で作るおいしいかき氷の味とともに。

しかし氷屋さんは、なぜキャンバスバッグで氷を運んでいたのだろう?

元祖はビーンズ・アイスキャリア

ビーン・ブーツの生みの親といわれているシアトルのL.L.ビーンは、1944年頃にはトートバッグを氷を運ぶ袋として作っていたらしい。当時の商品名はビーンズ・アイスキャリア。イラストで紹介したように、現在販売されているボート&トートバッグよりも大型でデザインも無骨。日本の氷屋さんが使っていたものに近い形をしている。ただしビーンズ・アイスキャリアは白いキャンバスだったが、街の氷屋さんのはダークグリーンか黄色で店名のプリント入りだった。

さてトートバッグに氷を入れて持ち運ぶ理由であるが、それは、溶けた氷の水分がバッグに染み込み、水でふくらんだ綿糸がキャンバスの生地密度を高くして水分が漏れにくくなるからである。しかし綿糸にふくまれた水分が飽和点に達すると、袋の底からポタリポタリと水が漏れ出す。この自然な作用が逆に氷を長持ちさせるのである。つまり、バッグが防水であれば袋の底に水がたまり、氷の溶解を早めてしまうけれど、袋の底から絶えず水分が漏れ出すキャンバスバッグであればこれが少し防げるわけである。

ところで元祖ビーンズ・アイスキャリアのハンドルは、袋が大型なのに短いまま。機能的には、重いものを運ぶのだからハンドルを肩にかけられるくらいまで長くしたほうが便利だと思うのだが、じつはそうしないほうが格好良いのである。

それを教えてくれたのは、かつてカリスマバイヤーとして活躍し、後に参議院議員になられた故・藤巻幸夫さんだ。彼は一時期青山墓地の裏でオリジナルのトートバッグ専門店『CRUM』をやっていたが、そのどれもがハンドルが短いタイプのものだった。そんな製品をずらりと見せられたとき「重いものを入れても軽々と手に提げているように見せる。それがトートバッグを持つときの美意識なんです」という、藤巻さんのメッセージがこめられている気がしたものだ。

現代は軽い作りのバッグが主流だが、昔はトラッドな作りの重いバッグこそ本物とされていた。筋力トレーニングだと思えば、重いものを入れたトートバッグを手に提げるのも苦にならないかもしれない。

テールゲート・ピクニックに活用

トートバッグは開口部が大きく、サイズもさまざまにあるので、週末や夏休みのビーチでピクニックするときなどは重宝する。

たとえば深さのあるトートバッグをふたつ用意して、ひとつにはワインやナチュラルなオレンジジュース、そしてガス入りのミネラルウォーターなどを入れる。もうひとつにはバゲットと遺伝子組み換えではないシリアル製品、おむすびなどを詰め込む。小さなサイズのトートバッグには、オーガニックなパテやチーズ、生ハム、自家製のジャムなどを保冷バッグに収納して放り込む。多少重いけれど、それらを目的地の砂浜まで運んでいると心がウキウキしてしまう。ただしビーチ遊びに夢中になりすぎると、頭の良いカラスやトンビがおいしい食料を盗みにくるから注意が肝心だ。

筆者の実家のひとつは海に近いので手軽だが、そうでない方はテールゲートピクニックがお勧めだ。これはクルマ(ヴァンやワンボックス)の後部収納スペースに食料、バーベキューセット、クーラーボックス、気取った籐のバスケットなどを満載し、目的地についたら後部ドア(テールゲート)を全開。その前のスペースにシートなどを敷いてピクニックを楽しむという合理的な方法だ。

アメリカなどでは、試合時間が長いスポーツ競技が開催されている観戦場所近くの広場や、アメフトスタジアムを利用したスワップミート(大規模なフリーマーケット)などの駐車場で、日がな一日テールゲートピクニックを楽しむ家族を多くみかける。またそんなときに何かと活躍するのがトートバッグなのである。

さまざまなトートバッグ

ところでトートバッグを夏のビジネスに活用することは可能だろうか。上質な薄手レザーのトートバッグやブランドロゴが入った塩ビ加工のトートバッグ、どちらもビジネスに利用している人を見かけるが、質実剛健なトラッド派にはいささか艶っぽさが過度なような気がする。

仕事用なら黒。そこでハンドルも袋も黒で作られたキャンバス製トートバッグを探したところ、ジェームス・パースの小型トートバッグがなかなか良い線をついていることに気がついた。デザインは、元祖ビーンズ・アイスキャリアを彷彿させるシンプルさ。しかも素材はコットン・リネン混紡で小粋。この黒であれば、会社の頑固な服装指導係も見逃してくれるのではなかろうか。

いっぽうアウトドア遊びに最適な機能的トートバッグも紹介しておこう。モンベルのメッシュトートバッグは袋部分がナイロンメッシュになっているから濡れモノを入れても安心。また水着やビーチサンダル、スキンダイビング用品などを入れたまま、ホースで水をかければ、簡単に潮抜き&砂抜きができる。

夏のさまざまなシーンには、やはりトートバッグを持つ姿が映えるはずだ。

Navigator
遠山 周平

服飾評論家。1951年東京生まれ。日本大学理工学部建築学科出身。取材を第一に、自らの体感を優先した『買って、試して、書く』を信条にする。豊富な知識と経験をもとにした、流行に迎合しないタイムレスなスタイル提案は多くの支持を獲得している。天皇陛下のテーラー、服部晋が主催する私塾キンテーラーリングアカデミーで4年間服づくりの修行を積んだ。著書に『背広のプライド』(亀鑑書房)『洒脱自在』(中央公論新社)などがある。

学生向きの靴という印象が強いローファーの奥深い魅力。

Vol.42 初夏は刑事コロンボのようなコートスタイルで見た目だけではない格好良さを考察。


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