ICON OF TRAD

Vol.19 梅雨にあやまちをしないための質実剛健な仕事スタイルを考える


Jun 4th, 2014

Text_Shuhei Tohyama
Illustration_Yoshihumi Takeda

季節はもうすぐ梅雨。煩わしい雨の日の服装をどうするかは、この時期の大きな悩みです。今回は大人のためのレインスタイルを遠山さんに指南していただきましょう。

英国紳士とこうもり傘

ロンドン、否、世界の金融の中心地のひとつであるザ・シティは、ハイテクな高層ビルが建ち並ぶ今も、じつに特殊な土地である。広さにして約1.6キロ四方は、古くから独立の伝統が守られ、裕福な銀行家、トレーダー、保険業者などの『領土』となっている。形式的にではあるが、女王陛下といえども、市長の許可なくしてここへ立ち入ることはできないのだという。

そこに生息する紳士は一種独特のスタイルをもつことで知られていた。それは、ダークブルーの地にペンシルストライプのサヴィル・ロウ製スーツを着て、ボーラーハット(山高帽)かトップハットをかぶり、タイムズを小わきにはさんで、こうもり傘を持ち歩くというもの。しかしこうした格好は、人気テレビドラマ『シャーロック』を観ても、今や絶滅種であることがわかる。

ところでザ・シティの男たちには都市伝説がひとつある。彼らは、雨が降っても傘を決して開かない、というものだ。じつはコレ真実なのである。その要因には、英国人が風変わりな天候、と呼んで愛してやまない島国的気候の影響が挙げられよう。

ロンドンを訪れた方なら、一天俄にかき曇り、豪雨になったかと思うと、その小1時間後には嘘のようにおだやかに晴れわたり、街路樹の葉に残った雨のしずくが陽光に照らされてキラキラ輝くという、なんとも清々しい時間を経験したことがあるであろう。

英国紳士は、猫の目のように変化する天候に合わせて、そのたびに傘を開いたり閉じたりはしない。なにしろ紳士の持つ傘はステッキのように細く巻かれたものでなくてはならないからだ。しかも先祖代々受け継いできた伝統的な傘ともなると、扱いやすいナイロンでなく厚手のシルク地であるから、きつく細く巻くのに技術がいる。そのための専門家が傘屋にいたというくらいだから、その面倒臭ささは想像できよう。

ならば彼らは何のために傘を持ち歩いているのだろう。それはタクシーを止めるためだ、という笑い話がある。傘をひょいとあげてドライバーへ合図を送る独特の所作もロンドン名物のひとつといえよう。

折り畳み傘のクラシック

ボーラーハットにこうもり傘の英国紳士を絶滅種的スタイルと揶揄したが、じつはこの手の古典的着こなしを筆者は嫌っているわけではない。むしろ、できれば真似したい、と考えるのだが、しかしアレを着こなすのは、かなり難しい。我々日本人だけでなく、一般の英国人にだって真似るのに無理がある。

『ヨーロッパ退屈日記』文芸春秋という本のなかで伊丹十三が書いているように、あの手の格好が似合うには、英国上流社会出の独特な肉体的条件が揃わないとダメなのだそうだ。すなわち、(A)肌はサーモンピンクであること、(B)髪は亜麻色系で襟足が耳の穴の中間で一直線に終わっていること、(C)後頭部とくに首筋がラッキョウ型になっていること−−などが必須条件なのだという。

現在シティに生息する若き金融マンは、ブランドスーツをモダンに着こなしている。しかし彼らには、ボーラーハットにこうもり傘スタイルを着こなせるのは自分たちだけなのだ、ということをもっと自覚していただきたいと思う。

ジェレミー・ハケットの写真集『MR CLASSIC』には、そんな古き良きスタイルを現代に蘇らせたらどんなに素敵か、という見本が掲載されているので、彼らには参考にして戴きたいものだ、と勝手なことを考えている。

ところで日本の若いビジネスマンのスタイルも捨てたものではない。体格も向上しているし、なによりスレンダーで頭が小さくなり、腰の位置も高くなっているから、モダンクラシックなスリムスーツがよく似合う。

先日もそんなビジネンマンが、イタリア製のナイロンブリーフケースのサイドポケットから、クラシックなバンブーハンドルの折り畳み傘をのぞかせているのを発見した。

調べてみると、デザインしたのは英国の著名傘ブランドらしい。折り畳み傘は、軽く小さくという方向で進化を続けてきたが、英国は風雨が激しいから重厚な作りでないと破損の恐れが出る。そこでクラシックな良さを残しながら実用性も生かすという、この老舗のデザインコンセプトはなかなか良かった。またそれをさり気なく選ぶ若い人たちのセンスにも好ましいものを感じた次第である。

レインコートについて

梅雨のビジネス街で定点観測すると、意外やスプリング・レインコートの着用者が少ないのに驚かされる。その理由として、日本は雨粒が大きいから、レインコートよりも傘のほうが有効なのである。これが、霧雨の多い都市であるならば、レインハットにレインコートで闊歩する男がもっと増えるだろうが、コート好きとしては少し残念だ。

レインコート姿が少ない間接的な要因としてハイテクジャケットの登場も挙げられよう。NASAが開発したクールマックスを使用したジャケットは、涼しいだけでなく速乾性も高いため、仮に雨にやられても、冷房の効いたオフィスに吊るしておけば、シワも気にならずすぐに復活する。

そのいっぽうで、台風が来襲したときなどには、ゴアテックスのコートに、オイルドレザーのアッパーとラバーソールを備えた頑強な靴で出勤しているビジネスマンをたまに見かける。こういう人を見ると、99対1のショッピング法を実践しているな、と内心嬉しくなってしまう。

99対1の買い物法とは、筆者が勝手に名付けたものなので説明しておくと、世の中の99%は、平穏な日々が続く。しかし残りの1%ぐらいの割合で、台風など、自然が猛威を奮う非日常的な日が必ずあるはずだ。そんな一日をあらかじめ想定して、日頃から質実剛健な商品選びをするのが、この買い物法の特徴なのである。

こうした製品は、1年の大半はヘビーデューティすぎて使い勝手が悪いと感じるかもしれない。しかしいざ一大事、となったときは、逆にやわな日常品を差し置いて大活躍してくれるはずである。

99対1の買い物法は、常に最悪のケースを考えて装備を整える、山登りの発想と似ているところがある、と思う。

アウトドアスポーツモノの応用

ウエルト製法の靴は、3万円をスタート価格(アジア産)として、5万円代の国産モノ、さらに欧米モノは8万円以上になろうか。こうした価格差は、ブランドや関税の影響もあるが、使用されている革材料の質が主な要因になっていると思う。

たまにハイキング用品を探しに東京千代田区の神保町界隈を歩くと、スポーツショップでビジネスにも応用できそうなアイテムを見つけることがある。

現在のお気に入りはパタゴニアのフーディニ・ジャケットだ。このアイテムは羽根のように軽いナイロン(メンズのMで約120グラム)でできているから梅雨寒にもってこい。クールビズ用シャツの上に羽織れば、体温をキープしてくれるし、軽い雨なら弾く機能もある。折り畳み傘を差しながらこれを着れば、ビル風にともなう横なぐりの雨などからカラダを守ってくれ、軽い通気性を備えているので、蒸し暑い日本の風土に適応する。

もともとはトレイルランニングに開発された商品だそうだ。デザインはミニマムの極み。しかし袖付けやフードの設計は手を抜かず、立体裁断が施されているから、苛酷な条件でも最低限の仕事をしてくれる。使わないときは、唯一付けられた胸の小さなポケットのなかに本体を収納できるから、ビジネスバッグの隅にでもほうり込んでおけばよい。

フーディニ・ジャケットは、羽根のように薄い膜でカラダをプロテクトする、という新発想でデザインされた服である。おそらくこの服の企画者は、その特長を最大限に引き出すために、必要以上の機能は求めていないはずだ。長所を生かすために、他を捨てることも厭わない。この減り張りある発想も、質実剛健なデザインのひとつであると思う。


Navigator
遠山 周平

服飾評論家。1951年東京生まれ。日本大学理工学部建築学科出身。取材を第一に、自らの体感を優先した『買って、試して、書く』を信条にする。豊富な知識と経験をもとにした、流行に迎合しないタイムレスなスタイル提案は多くの支持を獲得している。天皇陛下のテーラー、服部晋が主催する私塾キンテーラーリングアカデミーで4年間服づくりの修行を積んだ。著書に『背広のプライド』(亀鑑書房)『洒脱自在』(中央公論新社)などがある。

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