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Vol.18 スニーカー派がドレスシューズへ転向するときに、心得ておくべき2、3の事柄


May 7th, 2014

Text_Shuhei Tohyama
Illustration_Yoshihumi Takeda

意外にも30歳を過ぎてからドレスシューズに芽生えたという遠山さんが、自身の経験を元に、ドレスシューズ選びについて考察します。まず最初に買うべき一足は? そのいちばんの魅力とは? いまスニーカー派の人は必読です。

最初はスニーカー派だった

 筆者(1951年生まれ)は、スニーカーを初めてライフスタイルに取り入れた世代に属している。映画『ウエストサイド物語』に影響されてキャンバスの国産バスケットボールシューズ(タイガー)を愛用したのがスタート。その後は米国のケッズやコンバース。さらに1970年代はニューバランスやブルックスの初期型を愛用している。いわばローテクからハイテクへ移行するスニーカー史を実体験してきたわけだ。

 しかも毎日きちんとスーツを着て通勤しなくてもよい職種(雑誌編集者)だったから、まともな革靴を履き始めたのは30代のなかばを過ぎていた。ドレスシューズに関しては、極めて奥手であったことになる。

 30歳を過ぎた頃に、自分のなかでスタイル(軸)を確立したい願望が芽生えてきた。それは、シーズンごとに激しくトレンドが変化する過激なファッションの時代を若者情報誌の記者として過ごし、また自らもさまざまな流行服を次から次へと着替えてきたことの反動だったのかもしれない。で、選んだアイテムは、既製のモード服とは逆な方向に位置するオーダーメイドのスーツであった。

 ビスポークスーツに今まで愛用してきたスニーカーを合わせるわけにもいかない。やむなく革靴選びをあれこれするわけだが、この経験は、スニーカー派から革製の仕事靴へ転向せざるを得ない新米ビジネスマンへのアドバイスにもなるかもしれないと、今回は僭越にも筆をとった次第である。

大好きな黒のサドルシューズ

 スニーカーと革靴には大きな相違点がある。スニーカーは、最初の履き心地を10点満点中の6から7くらいに譬えると、その後すぐに履き心地は8から9へ向上する。だがそれからは次第に劣化していくように思う。革靴も最初の履き心地は6から7くらいのもの。その後に8から9に向上するが、スニーカーと異なるのは履き心地がそのまま保たれること。さらに手入れ次第では9以上に向上することもある。

 ただしすべての革靴がそうであるとは言い切れない。このことに気づいたのは、靴箱の中身が、スニーカーの割合が7、革靴が3くらいの構成になった頃であろうか。それまでに国産や輸入物、高い物から中級品までいろいろ試し、革靴はウエルト製法のものがやはりイイと確信が持てたのである。

 ウエルト製法の代表的なものはグッドイヤーウエルトと呼ばれる。これは中底と外底の間に中物(ゴムとコルクを混ぜた詰め物)を入れた作りの靴で、履きこむほどにこの詰め物が体重で沈みこみ、足型にフィットした靴に仕上がる仕掛けになっている。

 こうした作りの靴の新品を、最初は小1時間くらいから始めて、こまめに1から2週間ほど続けて履いていると、甲革と中底のリブなどを釣り込むよう縫い合わせた太い糸がフッと緩んで、足の裏側が中敷きにしっかり馴染むような瞬間を感じることがあるものだ。こうなればしめたもの(ただし頑固なパリ製のローファーは1か月以上かかる場合もあるが)で、後は履きこむほどに具合がよくなっていく。

 またウエルト製法の靴は、仮に外底に穴があいたとしても、修理交換が可能だ。その際、中底に刻みこまれた足型はそのままだから、修理後も以前と同じような履き心地が継続できるのも嬉しい点だ。

品質とバランスと手入れが重要

 ウエルト製法の靴は、3万円をスタート価格(アジア産)として、5万円代の国産モノ、さらに欧米モノは8万円以上になろうか。こうした価格差は、ブランドや関税の影響もあるが、使用されている革材料の質が主な要因になっていると思う。
 
 ウエルト製法の靴は、修理が効いて長く愛用できるがゆえに、アッパー(甲革)の品質がじつは重要なのである。良質なアッパーを使用した革靴は、履きこむほどに味わいのあるシワが入り、革の風合いにも深みがでてくる。いっぽう革質やなめしが劣るアッパーを使用している靴は、靴底を貼り替える前に、風合いが悪くなっていたり、表面にヒビ割れが出来たりで、高価な修理代を払ってまでオールソール交換をする気になれない。

 良い靴は、お金が稼げるうちに出来るだけ早く手に入れ、長く愛用するほうが投資効果も高い。余裕がない場合は、セールや質の良いユーズドモノ(靴の修理屋に置いてあることもある)を狙う手もあろう。

 しかしどんな高価な革靴であろうと、きちんと手入れされていないものはそれを保有する意味が半減する。通勤電車でファッションウォッチングをすると、踵がすり減っていたり、つま先が反り上がっている靴を履いている方の割合がなんと多いことか。1日履き続けた靴は、軽くブラッシングしてシューキーパーを入れ次の日は休ませる。踵の裏に貼った半月型のゴムは、減り具合が積層した革製のヒールに到達する前に、修理屋で交換してもらう。

 「なんのためにそんな面倒なことをやるのだ」という方へ、筆者は「人は見た目が大事だ。そうしたほうが仕事もできそうに見える」という常套な殺し文句をあえて書かないことにしている。

 筆者が靴の手入れをするのは性分だろう。いわばきちんとするのが好きなだけである。他人がどんな格好で居ようが動じないが、自分が妙な格好をして他人を不快な気持ちにさせるようなことは避けたい、と思うだけなのだ。

スニーカーと革靴の違い

 スニーカーを長らく愛用していた筆者が、革靴というものもなかなかいいものだ、と思うきっかけとなった最初の靴は、友人が英国のノーザンプトンにある靴工場の在庫置き場から掘り出してきてくれた黒いサドルシューズだった。サドルシューズといっても、米国調のつま先が丸いコンビのデザインとは少し趣が異なる。英国製らしく、木型がスマートで、つま先が俗にエッグシェルトウと呼ばれるエレガントな丸みを備えた靴であった。

 内羽根の黒だからドレス度はそこそこに高い。ただしサドルシューズだからカジュアル感も若干備えている。愛用しているうちに、この靴のデザインは履いていく場所への適応力が高いことに気づいたのである。

 通常のビジネスシーンにはもちろん合う。黒の内羽根だから、ダークスーツに合わせてレセプションなどへ出席するときにも重宝。おまけにサドルなので、細みのジーンズにも合うし、筆者は着ることが少ないけれど、合わせようと思えばヨージ・ヤマモトのアヴァンギャルドなブラックスーツまで着用可能なのである。クラシックからデザイナーズ系まで、さまざまな取材現場へ出かける筆者の職業にピッタリの靴であった。

 上質なクラシック靴。デザインはトラディショナルだが、素材を少しツイスト(今はハラコが気になる)した靴。さまざまな革靴との出会いは、仕事も人生も豊かにしてくれるものだ、と思う。


Navigator
遠山 周平

服飾評論家。1951年東京生まれ。日本大学理工学部建築学科出身。取材を第一に、自らの体感を優先した『買って、試して、書く』を信条にする。豊富な知識と経験をもとにした、流行に迎合しないタイムレスなスタイル提案は多くの支持を獲得している。天皇陛下のテーラー、服部晋が主催する私塾キンテーラーリングアカデミーで4年間服づくりの修行を積んだ。著書に『背広のプライド』(亀鑑書房)『洒脱自在』(中央公論新社)などがある。

梅雨にあやまちをしないための質実剛健な仕事スタイルを考える

アイウェアのベストドレッサーはジェームス・ディーンとスティーブ・マックィーンである。


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