ICON OF TRAD

Vol.11 原宿のセントラルアパートにバークレイという大人の店があった。


Sep 25th, 2013

Text_Shuhei Tohyama
Illustration_Yoshihumi Takeda

今から43年前、原宿セントラルアパートの一角にオープンした、ニューヨーカーのアンテナショップ、バークレイ。その当時大学入学前の遠山さんが見て聞いて感じた原宿界隈の風景も合わせて、バークレイを考察します。

アイビーがもたらしたもの

 1970年、ニューヨーカーから伝説的なトラッドクロージングストアが生まれた。店名はバークレイ。明治通りと表参道の交差点に、これも今は伝説となっているセントラルアパートがあった。そこの明治通り沿いの一角に、その店は静かに姿を現したのである。

 それを溯ること6年前、東京オリンピックの年に第一次アイビーブームが発生した。こうしたブームは、当時中学1年生だった筆者のまわりにまで波及するほど影響力の強いものだった。なにしろ東京の北の端に位置する筆者の住む街にも、VANショップができたほどなのである。

 アイビー的な商品を扱う店は、新宿では三峰、伊勢屋、高久、伊勢丹など。池袋にはユウキ屋、そして池袋西武と東武の百貨店にはトラッドコーナーが設けられていた。また銀座と青山のテイジンメンズショップはアイビー信奉者の聖地として君臨していた。

  各ショップには必ず格好イイ名物店長がいた。アイビーの着こなしやアイテムのうんちくなどは、店長がお客へ、あたかも宣教師のように伝導していた時代だったのである。

 アイビーブームは、それまでアメ横やPXなどで細切れにしか手に入らなかったアメリカの伝統的なスタイルの情報を、具体的なトータルワードローブとして誰もがトライできる国産品で提示した点が画期的であった。戦後の日本人は、アイビーによって正しい着こなしとは何かを、初めて学んだのである。

表参道はまだ薄暗かった

 しかしアイビールックの祖国アメリカではベトナム戦争の泥沼化が進行していた。公民権運動の騎手として各種のデモに参加していた学生たちは、米国の正義に疑問を抱いてドロップアウトを始める。またカウンターカルチャーが台頭し、ウッドストックなどの大規模なラブ&ピースイベントが開催される。そうした変化のなかで学生たちはアイビールックを脱ぎ、ジーンズにTシャツ、そしてサープラスウェアを身につけ始める。

 1年ごとに目まぐるしく流行が変わり、ドラッグやフリーセックスによって価値観が多様化していった時代。原宿のセントラルアパートにはそんな混沌を楽しむように、新しい表現手段を発揮する若手の写真家やコピーライター、スタイリストたちが出没していた。

 1970年の早春、筆者は大学入学前の休みを利用してアルバイトをしていた。ミュージカル『ヘアー』のプロデューサーをしていた川添象郎が保持する六本木の事務所で、大阪万博のカナダ館で展示するマルチスクリーン映像の仕事を手伝っていたのである。また学生時代は、表参道に面した千疋屋やクルーズの入っていたビルに建築家の丹下建三の事務所があり、そこで都市計画の手伝いも経験した。

 そんな合間に表参道や青山をよく歩いた。当時の表参道は、欅並木が街灯を遮るせいもあって薄暗い感じがした。目立つお店といえばコープオリンピアの半地下にあるクリームソーダ屋とか、キディランド、オリエンタルバザーくらいなもの。それでも表参道交差点あたりで、嶋田洋書店帰りであろうエッセイストの植草甚一を見かけたり、青山通りのVAN99ホール近辺で石津謙介に出くわしたものだ。

 その数年後、雑誌編集者になってからはセントラルアパートにある喫茶店レオン周辺で個性的な風体の人々と交遊した。彼らのうちある者は米軍放出の戦闘服を愛用したり、ヨーロッパの最新モードに身を包んだり、ときにロンドンのギラギラなウエア類を着倒している男もいた。

 そんな数奇なビルに誕生したバークレイは、あたかもNYにある大人のトラディショナルクロージングストアのような佇まい。住人と店は一見ミスマッチとも思えるが、常にネクストトレンドを追いかける習性のクリエイターにとっては、逆にこうした頑固で筋の通った店が好まれるものらしい。おそらく彼らは、トラディショナルのもつスピリットのようなものを本能的にこの店から感じとっていたのだろう。写真家の浅井慎平、まだ学生だったテリー伊藤などもこの店をひいきにした。また当時は大人の女性向のトラッドショップがなかったから、女優さんたちもこの店を利用した。人気TVドラマ『時間ですよ』のお涼さん役で、憧れの女性ナンバーワンだった篠ひろ子もここの2階によく顔を出した。

セレクトショップ登場以前の名店

 バークレイは最初、ニューヨーカーだけでなく、靴下のモンド、ニットのジムの3社が共同出資したアンテナショップとしてスタートしたが、次第にニューヨーカーが経営の主導権を握っていく。1階は紳士服、2階は婦人服という構成で、当時は珍しい2層の大型店舗であった。
 
 店の中には、アメリカ、否ニューヨークがあった。ニューヨーカーが自信を持って製造していたブレザー数色、トラディショナルな素材のスーツ、そしてヘビーウェイトのオックスフォードボタンダウンシャツ、女性用のミラノリブ製ブレザーや金ボタンのついたカシミア製ニットアンサンブルなど。それ以外は、国内外の専門メーカーから優れた商品を仕入れて販売していた。とくに原宿バークレイは海外からの商品構成比率が高かった。

 1970年代も中盤を過ぎると、『スキーについて考える本』、『メイド イン USA カタログ』、『ポパイ』などの雑誌が登場し、再びアメリカやトラッドスタイルに追い風が吹き始める。

 現在セレクトショップの大手といわれる数社も、この追い風に乗り急成長するが、まだそれほどには成熟していなかった。

 『ポパイ』の第5号によってアメ横で安売りしていたフランス製ポロシャツが見直され、鹿の子編みのポロが大流行した頃、バークレイはNYで仕入れた天竺編みのポロシャツを大人の顧客に売っていた。ブレザーに誰もがグレーのウールパンツを合わせてパーティーへ出かけた時代、バークレイが推したのはフロント2プリーツ入りの米国製ドレスチノだった。NY派デザイナーの影響でトラッドにラギットなテイストが加味されたときバークレイはいち早く本場のグルカパンツやエポーレット付きの綿ジャケットを仕入れ服好きを喜ばせたものだ。

 品のあるウインドウディスプレイ。あえて音楽を流さない落ち着いた店内の雰囲気。店員たちは自信にあふれ、伝道師のような押し付けがましい接客はしない。主張のある厳選された商品群。当時、お洒落な服に憧れはするもののお金がない若者は、重厚な両開きの扉を一大決心をして開け、店内をつぶさに観察した後、靴下やリボンベルトなどの小物を購入。それをあえて大きな紙袋で包装してもらった。バークレイのロゴが入った紙袋を持ち歩くのはステータスだったからである。

 巷にニットの湘南帽とトレーナー姿があふれた第2次アイビーブームが到来する前の一時、これぞ大人のクロージングストア、というべき原宿バークレイを懐かしむ人は今も少なくない。


Navigator
遠山 周平

服飾評論家。1951年東京生まれ。日本大学理工学部建築学科出身。取材を第一に、自らの体感を優先した『買って、試して、書く』を信条にする。豊富な知識と経験をもとにした、流行に迎合しないタイムレスなスタイル提案は多くの支持を獲得している。天皇陛下のテーラー、服部晋が主催する私塾キンテーラーリングアカデミーで4年間服づくりの修行を積んだ。著書に『背広のプライド』(亀鑑書房)『洒脱自在』(中央公論新社)などがある。

トレンチコートは使い込んだ道具のように扱うのが格好いい。

山登りやツイードランで着てみたいノーフォークジャケットのこと


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