ICON OF TRAD

Vol.10 山登りやツイードランで着てみたいノーフォークジャケットのこと


Aug 28th, 2013

Text_Shuhei Tohyama
Illustration_Yoshihumi Takeda

ハンティングやサイクリング、ゴルフにスキーなど、時代と共に様々なスポーツで愛用された歴史をもつ、ノーフォークジャケット。このジャケットが大衆化したきっかけは、あの乗り物にあったんです。

ノーフォークジャケットが気になる

 この夏は南アルプスの北岳に登った。途中何度も休憩を入れ、軽食や酸素や電解質サプリを補給。おかげで高山病にもならず、なんとか夕食前に山小屋へたどりついた。しかし3千メートルを越える山である。翌日は強風と雲霧が発生、高齢の我々パーティは無理せずにコースを変更して無事登山を終えた。

 筆者は、いつの日か映画『氷壁の女』に登場したショーン・コネリーのようなノーフォークジャケットにニッカーボッカーズというスタイルで山登りをしたいと憧れるのだが、今日までそれが出来ないでいる。急な天候変化などには最新のハイテクウエアがやはり安心できるからである。

 ノーフォークジャケットが、登山や山スキー、ゴルフやテニスなどに使用されるようになったのは20世紀前半のこと。それ以前は主にハンティングに用いられていた。

ディテールの進化について

 原初的なノーフォークジャケットは、上着の前身の左右に1本づつボックスプリーツが入り、背にも中央に1本か、あるいは左右に1本づつボックスプリーツが付いている。

 ボックスプリーツとは、今日のボタンダウンシャツの背中に見られる箱型に畳まれたゆとりひだのこと。アクションプリーツが誕生する以前は、このようなひだで生地に余裕をもたせ、銃の上げ下げのときに腕を動かしやすくなる工夫をしたのであろう。またこのプリーツを利用して、たて型の隠し胸ポケットを切った服も多く見られる。

 上着のデザインはVゾーンの狭いシングルブレスト4つボタンで、前裾は詰め襟の学生服のようにストレートカットされている。ウエスト位置には上着と共地のベルトが縫い付けられ、前部中央でボタンどめされる。腰には大型のパッチポケットが左右にひとつづつ。素材は今季注目されるツイードやキャバルリーツイルが使用されていた。

 こうしたディテールは現代のノーフォークジャケットとは微妙に異なるものである。その進化の理由は、背のアームホールの左右にアクションプリーツが付けられるようになった頃に溯るのではないか。アクションプリーツの発明により、不要となったボックスプリーツは、たて方向に縫い付けられた共地のベルトに変化する。さらにそのベルトは腰の大型パッチポケットの上端部に止められ、ポケットに入れた弾薬などの重量を支える機能を果たすように進化したのであろう。

 これらは20世紀の初頭に、スポーツウエアや軍服などの影響を受けて少しづつ変わっていったように思う。前裾が今の上着のようにカッタウェイされたのも同じ頃のことだ。

 1925年には『華麗なるギャッビー』の著者F・スコット・フィッツジェラルドがノーフォークスーツを着用していた。1929年にはウェルドレッサーとして知られるダグラス・フェアバンクス・ジュニアがダブルブレストの変形ノーフォークジャケットでスキーをするなど、この時代、ノーフォークジャケットは多様なデザイン進化を続けたのである

ノーフォークジャケット誕生の謎

 デューク・オブ・ウインザーやチャールズ皇太子など、英国王室は昔から多くのウェルドレッサーを輩出しことで近代メンズモードに貢献した。皇太子時代のエドワード7世も希代の洒落者として知られている。

 プリンス オブ ウェールズ時代のエドワード7世が流行させたものは、ホンブルグ帽、グレンチェックのスーツ、トラウザーにクリースとカフを入れたことなどが挙げられるが、ノーフォークジャケットも1860年代に皇太子が愛用し、その後に貴族の間でポピュラーな狩猟着となったという説がある。

 英国王室は各地に別荘(といっても外観は城)を所有していったが、皇太子はサンドリンガムの別荘を改装し、ここで多くのときを過ごすことを好んだ。滞在中はしばしばハンティング大会を催し、彼を慕う貴族たちが多数参加した。彼らが狩りの際に着たのがノーフォークジャケットだったという。ちなみにサンドリンガムはノーフォーク州にある。

 もうひとつの誕生説はノーフォークのレスター伯爵(農業改良家トーマス・コーク)がこの上着を世間に知らしめるきっかけを作ったというもの。ノーフォーク州にある伯爵の広大な領地には最高の猟場がいくつもあった。

 そこに皇太子時代のジョージ4世(ボウ・ブランメルのパトロンとしても有名)御一行が、山うずらやその他の狩りをするためにこの地を訪れた。これを迎えたレスター伯たちが着ていたのは、前プリーツと大型のパッチポケット&腰ベルトが付いたノーフォーク地方で愛用されていた狩猟着。

 この説によれば、18世紀にはノーフォークジャケットの原型となる狩猟着が存在し、一部の愛好家が着用していたことになる。

自転車がリバイバルのきっかけとなる

 最初はハンティング用、後にスポーツやトラベルに用いられたノーフォークジャケットは、20世紀に入ると日常着として市民に愛用されるようになる。そのきっかけを作ったのは自転車の発達だ。

 自転車は1818年に発明されたが、最初はブレーキやチェーンもない大変に危険な乗り物であった。それが約70年をかけて、足踏み式の駆動装置やゴムタイヤを備えた現代の自転車に近い形へ発達した。

 貴族やお金持ちと異なり馬をもたない一般の市民にとって、自転車は画期的な乗り物となった。なにしろ汽車のように時刻表を見る必要もなく、いつでも好きなときに移動することのできる自転車は、市民の意識を屋外へ向けたのである。

 それまで町のなかでしか楽しみがなかった彼らに、自転車は週末の郊外ピクニックという新鮮で優雅な遊びをもたらした。そんなとき彼らが着用したのは、暖かく機能的で雨風に耐えるノーフォークジャケットだったのである。

 「メトロポリタンを、ちょっと小粋で懐かしい格好でキメて、自転車で走ろう」というコンセプトのツイードランは、2009年にロンドンのグループによって提案された。この秋には、その東京版の第二回大会が開催されるらしい。

 お洒落だけれど、環境にも優しいこのイベント。筆者も、クロモリフレームのマウンテンバイクというちょい年代モノの自転車とノーフォークジャケットでキメて、応募してみようかなと、密かに考えている。

 まだ暑さが残る初秋にこんなことを想像すると、少し気が晴れるものだ。


Navigator
遠山 周平

服飾評論家。1951年東京生まれ。日本大学理工学部建築学科出身。取材を第一に、自らの体感を優先した『買って、試して、書く』を信条にする。豊富な知識と経験をもとにした、流行に迎合しないタイムレスなスタイル提案は多くの支持を獲得している。天皇陛下のテーラー、服部晋が主催する私塾キンテーラーリングアカデミーで4年間服づくりの修行を積んだ。著書に『背広のプライド』(亀鑑書房)『洒脱自在』(中央公論新社)などがある。

原宿のセントラルアパートにバークレイという大人の店があった。

ナンタケットを知らずして夏のプレッピーは語れない


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