ICON OF TRAD

Vol.09 ナンタケットを知らずして夏のプレッピーは語れない


Jul 24th, 2013

Text_Shuhei Tohyama
Illustration_Yoshihumi Takeda

トラッドスタイルの象徴を紹介している当コラム。今回はマサチューセッツ州ケープ・コッドの南に位置し、観光地として有名な島であるナンタケットにスポットを当てました。

ナンタケットレッドって何だろう?

 アイコンの対象となるのは、時代を象徴するアイテムであったり、大衆に憧れを抱かせる人物だけでなく、場所も重要な構成要素のひとつであろう。たとえばホテルのアイコンは、パリのリッツやロンドンのクラリッジ。リゾート地のアイコンは、サンモリッツやヴェニスというように……。

 そしてこのコラムの題名にマッチした”アイコン オブ プレース”として挙げたいのがナンタケットである。ここはニューイングランドに暮らすプレッピーたちの憧れの地。

 マサチューセッツ州にあるケープ・コッドの沖合に浮かぶナンタケット島の存在を筆者が初めて知ったのは1983年のことであった。当時筆者は駆け出しのファッションライターとして若者情報誌の仕事を手伝っていた。このときの先輩編集者に花房孝典(著書に『アイビーは永遠に眠らない』三五館がある)という、一見オーソン・ウェルズのような存在感のある風貌を持ちながらも、心優しい紳士がいた。彼は『オールカタログ・石津謙介』というムックを企画し、石津とともに米国へ長期出張したのである。

 石津謙介の設立した服飾メーカーは、『TAKE IVY』や『ケープコッド スピリッツ』といった大胆な広告キャンペーンをやり、1960年代に大ブームを起こしたことで知られる。そのカムバック企画として編集されたムックのなかで、石津と花房がどうしても訪れたい場所があった。

 それがJFケネディのサマーハウスがあるといわれたケープコッドだったのである。しかし実際に現地を訪れて、ふたりが魅せられたのはコッド岬の南側に存在したナンタケット島であったらしい。その証拠に、米国帰りのふたりはお揃いの格好で編集部に現れたからだ。彼らのコーディネートは、ネイビーのサマーウールブレザー、白いボタンダウンシャツとネクタイ、そして見たこともない赤い色のコットンポプリンパンツにレザーデッキシューズというもの。

 このレンガ色ともザクロ色とも形容しがたい赤いポプリンパンツこそナンタケットレッドと呼ばれる、お宝モノのアイテムだったのである。しかもこの赤パンツ、はきこむほどに色が褪せてきれいなピンク色になるらしい。JFKのポートレートにも、このピンク色のショーツにネイビーのニットを着て、サマーハウスでくつろぐ写真があった。

ヨットから誕生した独特のレッド

 1980年にニューヨークで発行され、世界的なベストセラーになった『オフィシャル プレッピー ハンドブック』にも、ナンタケットレッドについてのコメントがある。 「プレッピーの着るべき綿パンツは、引退した裕福な老人が好むような色がいい。それに該当するのがナンタケットレッドである。プレッピーならいかなるときもこれを着るが、通常はカントリー用。またブレザーとクラブタイを着けてヨットクラブの催しに参加することも多い」と記されている。

 そもそもナンタケットレッドのパンツは、ニューヨーク ヨット クラブ(NYYC)の依頼で地元の洋品店(マーレーズ トガリーショップ)が製作したのが始まり。NYYCとは、アメリカズカップで約100年間も無敵を誇った名門クラブ。旗艦『ブラックナイト』の優雅な船体がケープコッド沖に現れると、他のセーラーは航路を譲るほど特別な存在だ。

 ナンタケット関連の写真をあれこれ調べてみたら、紺ブレ&ナンタケットレッドパンツでヨットレースを観戦するプレッピーたちの姿が記録されていた。彼らはステーションワゴンのテールゲートを開け、そこに酒やチーズやバゲットやハムなど満載して、優雅なヨットレースをゆっくり楽しむ。これを『テールゲートピクニック』と呼ぶ。まさにDrone(なまくら)なWASPのスタイルである。

捕鯨から始まる島の歴史

 ナンタケット島は17~18世紀、世界一の捕鯨港として栄えた。当時は鯨油が貴重な資源だったのである。その繁栄の様子は、メルヴィルの小説『白鯨』でも少しうかがい知ることができる。

 しかし1846年に島で火事が発生する。鯨油に火がまわり、捕鯨施設が壊滅的な打撃を受け、港はさびれてしまう。忘れさられた島、ナンタケットが再び活気を取り戻すのは100年後であった。1950年代に不動産デベロッパーが、米国北西部の富裕層に向けて、ここを別荘地として売り出したのである。

 快適な東海岸の気候風土。そして『灰色の貴婦人』と形容される長く優美な海岸線。古いハーバー沿いには、潮風で渋い色に変わったシダー製の壁面を白い縁でトリミングしたオールドハウスが建ち並ぶ。ナンタケットの静かで落ち着いた風景は、トロピカルデコのビルディングと喧噪に溢れたマイアミビーチとは対極に位置するもの。そのためIBMなどの大企業の社長、良識派のコラムニストや俳優たち、そしてJFK。多くのセレブリティが、ここを夏の憩いの場として愛したのである。

プレッピー女子憧れのナンタケット名物

 前出した『オフィシャルプレッピーハンドブック』には、プレッピー女子の必須アイテムとしてライトシップバスケットが紹介されている。これは昔、灯台船(ライトシップ)で海を見張る水夫たちが暇に飽かせて手作りしたバスケットがルーツとなっている。今は島の特産品として小さな工房で製造され、俗にナンタケットバスケットとも呼ばれる。美しく手編みされた小さなバスケットの蓋にはスクリームショウ(水夫が手慰みに鯨の骨などへ施す飾り)が付けられ、製作のすべてをひとりの職人が手がけたものは蓋に職人の名と製造年月日が記される。高価なものはン百万円もするという。

 さらに最近はナンタケットブレスレットも、日本のセレクトショップなどが輸入し、ひそかな人気を呼んでいる。船で使う細いロープを編んだ素朴なブレスレットは、船乗りのお守りとして使われたものらしい。ナンタケットレッドを代表にするこれらのアイテムは、いわば裕福なWASPを象徴するもの。しかしクラス意識の希薄な日本でなら、もっと自由な気分で楽しめるのではなかろうか。

 それにしても太くてオッサンっぽいナンタケットレッドのパンツ。どこぞの服飾メーカーが今どきのシルエットにアレンジして売り出してくれないだろうか、と筆者は1983年以来願っているのである。


Navigator
遠山 周平

服飾評論家。1951年東京生まれ。日本大学理工学部建築学科出身。取材を第一に、自らの体感を優先した『買って、試して、書く』を信条にする。豊富な知識と経験をもとにした、流行に迎合しないタイムレスなスタイル提案は多くの支持を獲得している。天皇陛下のテーラー、服部晋が主催する私塾キンテーラーリングアカデミーで4年間服づくりの修行を積んだ。著書に『背広のプライド』(亀鑑書房)『洒脱自在』(中央公論新社)などがある。

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