ICON OF TRAD

Vol.08 インディアマドラスにまつわるブリーディングな物語


Jun 26th, 2013

Text_Shuhei Tohyama
Illustration_Yoshihumi Takeda

アイビーリーガーのアイコンとも言える、マドラスチェックのルーツとは? 今月も遠山周平さんが独自の目線で紐解きます。

インディアコットンの悲劇

 夏の定番であるインディアマドラスの物語は、約400年前に英国で誕生した東インド会社まで溯らなければならない。  東インド会社は最初、お茶ブームに沸く17世紀のヨーロッパの需要を目論んで設立されたという。しかし中国茶の利権はすでにオランダが押さえていたため、代わりにインドから綿織物の輸入をする計画を立てた。

 当時のインドは世界一の綿織物技術を誇っていた。職人たちは、まだ湿気の残る早朝から約300番手もの超極細綿を手で紡ぎ、その糸でモスリンやキャラコを織り上げた。極上で希少なインドの綿織物は、ヨーロッパの上流階級の間でステータスになったのである。  しかし18世紀の半ばに産業革命が起こると、英国は貿易方針を一転させる。綿織物の輸入をやめ、代わりにインドから安い綿花を輸入。自国の近代技術を駆使して安価な綿織物を大量生産し、逆にインドへ輸出したのである。

 このとき資本家の邪魔になったのが、機械織りでは決して生み出すことができなかったインドの職人の手工芸的綿織物だった。すでに貿易会社というより植民地の権力施行機関へ変貌していた東インド会社は、なんとダッカ高原に多く暮らしていた職人たちの両腕を切断し紡ぎ仕事が続けられないようにするという、信じられない蛮行に出たのである。

 この結果、約15万人いた職人は2万人へ激減。インドの手紡ぎ糸・手織り綿産業は衰退したのである。後年、インド独立の父といわれるガンジーが手紡ぎに使う糸車を抵抗運動の象徴として使用したのは、こうした悲劇が背景にあったからといわれている。

 しかし最近の研究では、インドの綿手工業は植民地支配によって深刻な打撃を受けたが、逆に市場競争によって形を変えて生き残ったという説も出てきたのである。たとえばマドラス地方では、品質のばらつきがない英国産の綿織物製品に対して、粗布の生産に重点を移していくことでサバイバルしたという。

 こうした粗布は最初、貧しい地元の労働者たちの衣料用に使われていた。しかしその素朴な風合いが、「逆にイケてるのではないか」という数奇者な貿易商が現れ、これを欧米へ紹介。これがなんと、エキゾチックな夏用のシャツ地として注目を浴び、インディアマドラスコットンと命名されたのである。

柄のルーツはタータンチェック?

 インディアマドラスコットンが初めてメンズファッションシーンに登場した1920年代は、デタッチャブルカラー式のドレスシャツに代わってボタンダウンシャツが登場し、注目を浴びたエネルギッシュな時代だった。マドラスのシャツ生地は白地にブルーの縞というオーソドックスな柄が流行したという。

 さてここからは筆者の勝手な想像だが、この成功に気を良くした数奇者の貿易商は、次々に新しい柄をマドラス地方の工場で生産させたのではなかろうか。  そのなかには英国の伝統柄であるタータンチェックも含まれていたに違いない。しかしタータン柄のマドラス綿は、衣料用に使うには当時あまりにアヴァンギャルドだった。つくったはいいが需要がなく、工場の奥深くにしまわれたり、テーブルクロスになったりしたに違いない。

 だが1950年代に入ると、より自由なアメリカンカジュアルウェアが流行する。そんなときたぶん別の数奇者が、あの奇妙なチェック柄のマドラス綿が「イケる」と直感。当時流行の先端を牽引していたアイビーリーグ校周辺のメンズクロージングストアを巻き込んで、マドラスチェックはファッションの表舞台へ登場したのであろう。

30年ごとに人気が再燃する

 インディアマドラスが夏に歓迎されたのは、単糸で粗く織り上げた生地であるために通気性に優れていたからである。
 また大胆なチェック柄は、1950年代後半から60年代前半のアイビーリーガーの遊び心を刺激した。彼らはマドラスチェックのボタンダウンシャツだけでなく、この生地をショーツやジャケットへ転用したモノにも飛びつき愛用した。さらにパッチワークのマドラスチェックは、クレイジーマドラスと呼ばれ、マニアにウケたのである。

 不思議なことにインディアマドラスは、約30年ごとに人気が再燃する。最初は1920年代のストライプマドラス。次は1950年代のマドラスチェック。そして1980年代のマドラスに火をつけたのは雑誌『GQ』だった。

 1979年5月号のサマーファッション特集でバルバドスロケを敢行し、マーゴ・ヘミングウェイ(あの文豪の孫娘)をデビューさせ大好評を博した『GQ』は、翌年夏の撮影もブルース・ウェーバーに一任しバハマで行った。

 このとき登場したのが暗い色調のマドラスチェックシャツだ。別荘のテラスで、日焼けした肌の上にダークマドラスシャツを羽織った男たちが、夕陽を浴びながらたたずむ写真は、なんとも新鮮で格好よかった。

 この2本の撮影によってブルース・ウェーバーは、複数の男女による冒険あり恋愛ありのピクトリアル(絵物語)形式の撮影という手法を完全に確立。さまざまな大手ブランドからカタログ撮影の依頼が舞い込み、巨匠の地位を手中にするのである。

本物のインディアマドラスはどこに

 1980年代のダークマドラスの流行から、はや30年。そろそろマドラスチェック復活の時期なのに、本物のインディアマドラスがなかなか市場で見つからない。

 じつは、これには理由がある。マドラス地方で現在製造されている生地は、手紡ぎでなく機械で紡績された糸を使用した、機械織り。染めも、ベジタブルダイでなく化学染料を使用している。

 インディアマドラスは、それらすべての工程が稚拙で、しかも旧式な機械を使用しているから、生地に傷や織りむらが出る。また単糸で色が芯までしみ込みにくいうえに、染料も安定感がないので、ひと夏着ると色が泣き(ブリーディング)やすい。

 これらの欠点は、インディアマドラスの独特な味わいでもあるのだが、この独特な魅力も、現代社会ではなかなか通用しない。縫製工場はミシンが汚れるといって縫製を嫌がるし、小売業にとって、生地の傷や色褪せは返品の対象だ。
 今日、本物のインディアマドラスチェックを市場で見つけたら、それは服好きのバイヤーやらメーカーの企画者たちが根性を入れて工場に頼み込んで作らせた、汗と努力の賜物と考えて間違いはない。

 消費者の皆さん! そんなときは、財布のひもを優雅な手つきで緩めてあげてほしい、と筆者は願うのである。


Navigator
遠山 周平

服飾評論家。1951年東京生まれ。日本大学理工学部建築学科出身。取材を第一に、自らの体感を優先した『買って、試して、書く』を信条にする。豊富な知識と経験をもとにした、流行に迎合しないタイムレスなスタイル提案は多くの支持を獲得している。天皇陛下のテーラー、服部晋が主催する私塾キンテーラーリングアカデミーで4年間服づくりの修行を積んだ。著書に『背広のプライド』(亀鑑書房)『洒脱自在』(中央公論新社)などがある。

ナンタケットを知らずして夏のプレッピーは語れない

パーキンスとハミルトンがアイビーの先生だった。


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