Vol.51 トラッドな春夏スーツ服地の知識を蓄えれば仕事も快適にこなせる。
サマースーツの定番服地となるウールトロについて、ニューヨーカーのチーフデザイナーの声と共にその特徴を予習。今シーズンのス...
ICON OF TRAD
60〜70年代、映画雑誌からファッションを読み解いていた時代にアイコンだった、ムービースターについて考察します。
バイブルは『映画の友』
日本におけるトラッドファッションの先駆者だった石津謙介は、1966年発行の雑誌『映画の友1月号・臨時増刊スターメンズモード』の対談でこんなことを語っている。
「日本人は洋服のことを知らないから、何かで勉強しなければいけない。映画見るとか、雑誌を読むということだけれども、僕自身は外国のスタイルブックを見ない。洋服のいろいろなことを吸収するのは何かといえば、映画雑誌ですよ。ファッションはもっと生活的なものでなければいけない。その生活的なものは何かといったら映画ですよ。だから私の家のデザインルームにある雑誌は映画雑誌が3分の1。映画と映画雑誌、これがバイブルだと思う」
『映画の友』というのは近代映画社から1946年に創刊された映画専門誌だった(現在は廃刊)。後年映画評論家として知られる淀川長治が長らく編集長を務めた(1948年~1967年)こともあり、単に映画批評だけでなく『プレスリーVSビートルズ』といった新しい切り口で、『キネマ旬報』や『スクリーン』とは異なる人気を集めていた。
この『増刊スターメンズモード』にしても、シナトラ、マックイーン、マストロヤンニ、ケイリー・グラント、アラン・ドロン、ショーン・コネリー、ベルモンドといった映画スターたちの日常生活における着こなし写真を一冊にまとめて紹介。いわば流行の『セレブのファッションスナップ』の先駆けとなるイマドキな編集に挑戦した。同年5月にはその第2集が臨時増刊されるほど、お洒落に関心の高い人々の支持を受けていたのである。
パーキンスVSハミルトン
そんな雑誌の『もっともアイビールックが似合う映画スター』といった読者アンケートなどで、圧倒的な人気を博したのがアンソニー・パーキンスとジョージ・ハミルトンという対照的な個性をもつ、二人の俳優であった。いわばパーキンスはバンカラなアイビー。いっぽうハミルトンは正統派。
カジュアルな着こなしで比較すると、パーキンスはよれよれのコットンパンツをはいて、クルーネックのシェットランドセーターの上にシワのよったコーデュロイのジャケットをひっかける感じが身についている。他方ハミルトンは、同じシェットランドセーターの着こなしでも、ニットの下はきちんとアイロンをかけたドレスシャツを合わせ、センタークリースの入ったウールパンツに磨きあげたコインローファーが似合った。
アメリカ映画の伝統的な2枚目スターは、どこかに英国紳士風の包容力のあるエレガントさを漂わせると人気が出る、という既製路線があった。髪型を常にきちんと七三に横分けし、かつて英国王室が使用した年代モノのロールスロイスを若いときから愛用していたジョージ・ハミルトンには、「正統派路線を受け継ぐ美男子スターは俺だ」という自覚があったのではなかろうか。
そんな保守的なお行儀の良さとは無縁のところにいたのがアンソニー・パーキンス。スレンダーなボディに長い手足と首、そして小さな頭部。スーパーモデルが居並ぶ現代のキャットウォークに登場させても遜色の無いプロポーションを誇るパーキンスは、質実剛健だが、ズン胴のシルエットで野暮ったく見えてしまうアイビースーツを、粋なモードへ変えてしまう力を持っていた。だからだろうか、お金はないけれど新しいファッションに敏感なデザイン学校の学生たちには、パーキンスファンが多かったように思う。
ハミルトンのダブルブレストブレザー
アイコンとは、その時代がもつ特有の格好良さを身をもって表現し、大衆の憧れをかき立てる存在のこと。では、当時もそして今でも通用するアイコン的アイテムを、このふたりから引き出してみることにしよう。
ジョージ・ハミルトンの場合は、映画『ボーイハント』が印象に残る。彼はこの映画のなかでブラウン大学の学生を演じているのだが、そのときに着ていたブレザーが観客の心を捕らえた。というのも当時のブレザーは、シングルブレストの3つボタンしかなかったのだが、ハミルトンのはダブルブレストのうえにボタンが4つしか付いてない。これを観て某洋服メーカーの企画部はさっそくこのタイプのブレザーを『ニューポートジャケット』と命名して売り出したほどだから、その影響の深さが分かろうというもの。
さてこの服のディテールだが、色は黒に近いミッドナイトブルーで、素材はモヘアウーステッド。前合わせはダブルブレスト4つボタン下一つがけで着るのが特徴。衿はピークドラペルで5ミリのステッチ入り。背には浅めのサイドベンツが切られている。袖口のボタンは2つで、本セッパの本格仕立てだ。
ダブルブレストの上着は毎年流行る、といわれながら流行線上に浮上しなかったもの。しかしこれは4つボタンだからダブル特有の重々しさがない。さらにメタルボタンを白蝶貝に変えて白いパンツを合わせれば、この春夏にふさわしい雰囲気が出るはすだ。
パーキンスのホワイトバックス
パーキンスの代表的なアイビールック映画は『のっぽ物語』がある。このなかで彼は、とても素敵にホワイトバックスを履きこなしている。
ホワイトバックスといえば、ブリックレッドのラバーソールのモノがお馴染みだが、パーキンスのご愛用はグッドイヤーウエルトの革底(おそらくアンライン仕立て)という本格モノ。
彼はこのお洒落な靴をレタードカーディガン、シェットランドクルーネック、シアサッカージャケットに合わせているのだが、よほど気に入ったのか、プライベートでも愛用していた。それが『増刊スターメンズモード』の表紙を飾った写真である。
コーデュロイの5ポケット・スリムパンツに厚手の霜降りニットを1枚だけかぶるという、じつに無造作な組み合わせであるけれど、これが素晴らしい。
ホワイトバックスは盛夏にジャケットスタイルできちんとお洒落するための靴、という印象が強いが、もっとラフに着たほうが気障っぽさが緩和されることを、パーキンスは身をもって表現してくれたのである。
たとえば6月の梅雨寒どきや、夏の終わりの海岸近くのリゾート地などで、パーキンスのようセータールックでこの靴を履き倒したいと願うのは、筆者ひとりだけではないはずだ。
Navigator
遠山 周平
服飾評論家。1951年東京生まれ。日本大学理工学部建築学科出身。取材を第一に、自らの体感を優先した『買って、試して、書く』を信条にする。豊富な知識と経験をもとにした、流行に迎合しないタイムレスなスタイル提案は多くの支持を獲得している。天皇陛下のテーラー、服部晋が主催する私塾キンテーラーリングアカデミーで4年間服づくりの修行を積んだ。著書に『背広のプライド』(亀鑑書房)『洒脱自在』(中央公論新社)などがある。
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