ICON OF TRAD

Vol.46 マカロニ、みゆき族、ジャズマン、モッズ。不良ルックがトラッドに与えた影響とは?


Oct 4th, 2016

Text_Tohyama Shuhei
Illust_Yoshifumi Takeda

一見するとファッションの流行からかけ離れたアイコンだと思われやすい不良ルック。しかし時として、ファッションシーンの先駆けとなることがある。

ファドがモードを生み出した

ファド(fad)とは美術用語のひとつで悪趣味な流行のことを指す。美術史の本流から見ると気まぐれで一時的な流行だから、長い間取るに足りないものとされてきた。しかし、ファドだと思われていたポップアートが世の中に認められ始めると、次第にかつてファドだと軽視されてきた過去のムーブメントが、もしかして前衛芸術であったのではないかという見直しが起こったのである。

ファッション界にもこれと同じ現象が起きた。長い間不良の風俗にすぎないと思われてきたものが、じつはモードを先取りしていた。その代表的な事例が、18世紀のロンドンで突然に流行したマカロニである。

18世紀の英国ではグランドツアーが流行していた。グランドツアーとは貴族の若様が高名な学者を家庭教師につけて、欧州の主要都市を1~2年かけて巡る卒業記念・遊学旅行のこと。

マカロニ・ルックは、パリやナポリで最新ファッションにかぶれた若様たちが帰国して、突然に始めた奇妙な着こなしだ。イラストのように、極端に細い袖のビロード製の上着にレース付きのシャツで飾り立て、おまけに重さ約2kg、高さ20cmほどもある巨大なとうもろこしのようなかつらをつける奇態なスタイルである。

18世紀の英国は産業革命の勃発期。新しい産業で裕福になったブルジョワジーや戦争で手柄をたてて恩賞を得た地方豪族(ジェントリー)が台頭してきた時代である。昔ながらの貴族は肩身が狭くなっていく風潮の中、自分たちの存在意義を再びアピールしようとしたのが、ちょっと不良な若様たちが発明したマカロニ族ファッションだったのだろう。

奇態すぎて人々の嘲笑を買ったマカロニだが、英国ファッションの長い歴史を俯瞰すると、これが最初のファッションムーブメントだったことが解る。伝統のなかにダンディズムとスノッブさと露悪趣味を共存させる独特の英国スタイルはここがルーツだった、という専門家もいるくらいなのだ。もしもマカロニ族が出現しなければ、ボー・ブランメルもラウンジスーツも誕生しなかったであろう。

前置きが長くなってしまったが、今回は不良が及ぼしたトラッドスタイルへの影響について考えてみることにしよう。

コメ袋を持ったオリジナル・みゆき族

東京オリンピックを10月に控えた1964年の夏。突然、銀座のみゆき通りに同じような格好と髪型をし、カーキ色の紙袋を抱えた若者たちが出現した。彼らは、通りに面した風月堂やジュリアン・ソレルといった喫茶店に長時間たむろしたり、洋品店の洒落たショーウインドーに寄りかかりながらくわえタバコでポーズをキメるから、老舗の店主は何事がおきたかと慌て始めた。築地警察署もオリンピックを間近にしていることもあって、急遽出動。これが新聞ネタになって、若者はみゆき族と命名された。

新聞記事によると、「男はつんつるてんのズボン。女はロングスカートに茶色のストッキング。紙製の大きな袋を小脇にかかえている」となっている。つんつるてんのズボンとは、パイプドステムと呼ばれるアイビールックに欠かせないコットンパンツ。彼らはこれを短めの丈ではいて、足首の細さを強調していたのである。大きな紙袋は、じつはおコメを収納して運搬するためにミシンで補強したカーキ色の丈夫な袋だった。VANやJUNの袋を持つ者も少数いたが、彼らの多くはオリジナル性を尊重し、コメ袋や麻袋を誇らしげに小脇に抱えたのであった。

オリジナル・みゆき族たちは、セツ・モードセミナーや文化服装学園に通うセンスの良い学生や、上野のアメ横などでいち早くお洒落に目覚めた下町の若者だった。前者の学生らは、授業などで習ったパリやミラノにあるお洒落な町並みに似た場所を日本に求め、みゆき通りを見つけたのだろう。この通りは、両側に洒落た洋品店が点在し、クルマの通りが少なく、反対側の歩道へすぐに渡れるところも欧州の一流ショッピングストリートに似たところがある。みゆき族の仲間や先輩には、イラストレーターのBOWさんやニコルの松田光弘さんなどもいたらしい。

パンツの丈を短くして足首を強調した着こなしは、セツ・モードセミナーの長沢節先生直伝のスタイルだと思う。最初はマスコミの批判の対象となったが、翌年に本場アイビーカレッジの着こなしを満載した写真集『TAKE IVY』が出ると、批判は終息した。みゆき族は、丈の短いパンツをはいたアイビーリーガーの着こなしを先取りしていたからだ。

大きなコメ袋にしても最近はジル・サンダーらのハイブランドが頑丈な紙袋のバッグを商品化。みゆき族の先見性を証明している。

ジャズマンが進化させたジャイビーアイビー

1950年代中盤、激しいバップジャズの流れが弱まると、ジャズは知的でモダンな方向へ傾く。それに伴って黒人ジャズプレイヤーの着こなしも、ゆったりしたズートスーツからタイトなアイビー調へと変化するのである。

ただし遊び心あふれるジャズマンが、アイビーカレッジの優等生が着るスーツをそのまま取り入れるはずがない。彼らは、3個ボタン上2個がけのスーツを、4個ボタン上3個がけにしたり、ボタン間隔の極端に広い2個ボタンの上着にするアイデアを思いつき、ハーレムなどにあるテーラーでオーダーメイドしていたのである。

肩幅の狭い上着に細みのパンツ、斬新な色柄のボタンダウンシャツにナローな黒いネクタイ、そして上着の袖口にターンナップカフスを加えたりする。こうしたエクストリーム(極端)なアイビースタイルは、ジャイビーアイビーと呼ばれ、スレンダーな黒人たちにすごく良く似合っていた。やがて彼らの着こなしは、ブルーノートのアルバムジャケットで全世界に広まり。さまざまな若者に影響を及ぼした。あご髭を生やし、ハンチングをかぶった若き日の菊地武夫さんも、ジャイビーアイビーの信奉者だった気がする。

ジャイビーアイビーのアイコンといえば、『死刑台のエレベーター』の映画音楽を担当した頃のマイルス・デイヴィス。そして筆者はアート・ブレイキー、ホレス・シルヴァー、ケニー・ドーハムらを擁するジャズ・メッセンジャーズの着こなしが好きだった。

英国初のユースカルチャーがモッズだった

スウィンギング・ロンドンと呼ばれた1960年代、ジャズやR&B、そしてダンスといったクラブシーンと、カーナビー・ストリート発信のファッションが結びついた、英国初のユースカルチャーがモッズだった。

ブライトンでの、モッズVSロッカーズの抗争事件によって不良グループの烙印を負ったモッズであったが、彼らの仲間にはアートスクールに通う学生も多く、センスは抜群だった。たとえばアイビールックを彷彿させるタイトな3個ボタンスーツにスポーツウエアであったフレッドペリーのポロシャツを組み合わせたり、黒のニットタイ&ポークパイハットというドレッシーな装いに米軍放出品のM51パーカをミックスするなど、斬新なストリートルックをいくつも提案している。

1980年代にはスカを取り入れてツートーンズとして復活したり、ポール・ウェラーの白いステンカラーコートの着こなしなどは、トラッドファンの間でもいまだに評価が高い。

つまり不良ルックとはカウンターカルチャーだったのである。そういえばジュンヤ・ワタナベの2017SSコレクションもテーマは東欧の不良少年でしたっけ。


Navigator
遠山 周平

服飾評論家。1951年東京生まれ。日本大学理工学部建築学科出身。取材を第一に、自らの体感を優先した『買って、試して、書く』を信条にする。豊富な知識と経験をもとにした、流行に迎合しないタイムレスなスタイル提案は多くの支持を獲得している。天皇陛下のテーラー、服部晋が主催する私塾キンテーラーリングアカデミーで4年間服づくりの修行を積んだ。著書に『背広のプライド』(亀鑑書房)『洒脱自在』(中央公論新社)などがある。

バブアーとベルスタッフ、英国のワックスジャケットは頑固で味がある。

いい男は優れたスーツ地を選ぶ目を養っている。


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